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int m@in<void>{
pre∫ent();
壁越しに、シャワーの音が聞こえる。
どこか軽快にさえ感じるその音は、寝室の中で転がり、跳ね回っているみたい。
シャワーを浴びているのはトワだ。疲れた様子のトワに「先に寝ていいよ」と言われた私だが、どうにも目が冴えてしまって、ベッドのシーツをつま先でくしゃくしゃにいじりながらぼうっとしている。
……終わりにしなきゃ。
でも、どうやって?
……どうやってでも。
そんな不毛と言う事すら馬鹿げているような堂々巡りを、ずっと続けている。
「はぁ……」
ため息をついたところで、このモヤモヤが晴れるわけもなかった。
これからどうすればいいか分からなくて、ただあてもなく視線をさまよわせる。
寝室には、この少し大きめのベッドの他に大したものはない。
ベッド脇のキャビネットと本棚、後は安物の姿見と開きっぱなしのクローゼット。それで全部。私はほとんど外出しないので、下着の他にはジーンズとシャツが数着あるくらいだ。私の服は、クローゼットの隅に置いた衣装ケース一つすら持て余す程度しかない。クローゼットにかかっているのは、せいぜいトワのスーツくらい。
「――あれ?」
そのクローゼットの奥に目が留まる。
上の棚に、何か見慣れない物が見えた。
近づいて、手を伸ばしてみる。
「んっ、くっ……」
背伸びをすると、指先がぎりぎりそれに触れる。が、つかむ事までは出来そうになかった。
「むー」
届かないと余計に気になるもので、私はなんとかして確認しようと頭をひねる。
クローゼットの隅に置いた私の衣装ケース。これを利用しない手はない。私は自分の衣装ケースを引きずって、真下に持ってくる。これを踏み台にすれば届きそう。
「これで……」
足をかけてみるが、簡単にたわんでしまう。体重をかけたらすぐに壊れそうだ。……衣装ケースの角の部分なら、大丈夫かな。
そんな事を考えながら、改めて足をかけると、思い切ってジャンプするみたいにして、再度手を伸ばした。
手の平がその“何か”を捉える。
しかし、それをつかんだ瞬間、踏み台にしていた衣装ケースがずるっと滑った。
「あっ――」
――なんて口にする暇もあればこそ。
私はお尻から床に、どすん、と音を立てて落ちた。
痛い、なんて思うよりも先に、手からこぼれた“何か”を視線で追っていた。
紺色の、小さな箱だ。
それはくるくると回転しながら宙を舞い、床に落ちる。
こつん、と軽い音を立てると、その箱が落ちた衝撃でパカッと二つに割れた。
……いや、壊れたんじゃなくて、元々そんな風に開くようになっていたんだろう。
中から何かが出てくる。
小さな、金属製の輪。
それが床の上をころころと転がっていく――。
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conTact{}
succes$ !!
cπcuit konstruction()
sμccess !!
extrΔct(vieω,sθund){}
succεss onlλ h@lf !!
recollεction()
mεmory Ξrror !!
sθund σηly !!
「今日はさ、これを、渡そうと思って」
「ちょっと、これ……」
「受け取って、くれないかな」
「そんな、出来ないよ」
「――」
「――」
「僕の事、嫌い?」
「そんなわけ――」
clθse "rεmember" fuηctiσn();
pre∫ent();
不意に思い出した会話に、私は硬直してしまう。
その視線の先で、落ちた指輪がベッドの下へと消えていく。
「あっ――」
お尻の痛みさえ忘れてあわてて駆け寄るけれど、すでに指輪は見えない。ベッド下をのぞき込んでみるが、ホコリやゴミに隠れてどこにあるか分からなかった。手を突っ込んでガサガサとかきまわしてみたものの、どうやら手の届かない所まで転がっていってしまったようだ。
床にペタンと座り込み、指輪を落とした事と、思い出した会話との両方に呆然とする。
思い出したやりとりは、だけど、どこか断片的だった。
でも、それだけでも色んな事が分かる。
あの会話をした私は、たぶん、まだ記憶障害なんてものになる前の私だ。それは明らかに私とトワの会話だったけれど、今の私とトワの二人にはない親しさがあった。
……その時の私は、トワにいったいなんと答えたのだろう。
トワの差し出した指輪を、受け取ったのだろうか。
でも、もし拒否していたのなら、ここまでしてトワが私と暮らそうとするだろうか。
分からないけれど、きっと私は――。
「グミ!」
私の思考をさえぎって、知らない人が――トワが寝室に入ってくる。
「トワ……ちょ、ちょっと」
振り返り――トワの姿を見て、あわてて視線をそらす。
私がお尻を打った音を聞いて、すっ飛んできたのだろう。トワは下着とバスタオルしか身にまとっていなかった。
「グミ、大丈夫? 何があったんだ。また倒れたのか? 頭を打ったりしてない? 意識ははっきりしてる? めまいとか吐き気とかない?」
「大丈夫。大丈夫だから。ちょっとお尻打っただけ。心配しすぎだって」
放っておくといつまでもまくし立てて、救急車さえ呼びそうな勢いだったトワを、そう言ってなんとか抑えようとする。が、トワは止まらない。
「何言ってるんだ! グミは一度頭を打って記憶をなくしてるんだぞ! 何があるか、次はどうなってしまうか本当に分からないんだ。今よりももっと酷い障害を負ってしまったらどうするつもりなんだ!」
トワの言葉が引っかかる。
――今ヨリモモット酷イ障害ヲ負ッテシマッタラドウスルツモリナンダ!
それは、トワが今の私に“障害者”だとレッテルを貼って、見下していたという事だろうか。
――違う。トワは、ただ私の事を心配してくれているだけだ。障害があるとかどうとかに関係なく、ただ、私を好きでいてくれてるから。
それだけ。それだけの事で、トワに他意なんてない。
そう思ったけど、心が急激に冷めていくのを止められなかった。
「グミ、これ……」
トワが、床に転がった小さな箱に目を留める。
「あの、その……上に置いてあるのが見えて、何なのか気になっちゃって、それで――」
「――それで?」
私の言い訳を、トワはすげなくあしらった。
「それは……」
「……それ、で?」
言いよどむ私を、トワは静かに直視してくる。彼の声は、冷え冷えとしていた。
「あの、落ちて……ベッドの下に……」
「……ふうん」
「探したんだけど、手の届かない所みたいで、ベッドを動かしてみないと……」
「――別に……別に、いいよ。大して大事な物でも……なかったし」
トワは、何かを吐露するみたいにそんな事を言った。
いや、もしかしたら、吐露するのを我慢した結果、そんな受け答えになったのかもしれない。
「何……言ってる……の……?」
その答えに愕然としたのは私の方だ。
私は、……私は“思い出した”のだから。
はっきりと思い出したわけではないけれど、それでも、その指輪が誰の為に用意されたのかを、思い出してしまったのだから。
「そんなわけ、ないじゃない。そんな、どうでもいい理由で指輪なんか……」
私自身の全てを知った上で、私に指輪を用意してくれたトワ。その思いが、偽りであったはずがない。そう信じたい。
そう、思っていたのに――。
「もう、いいんだ。どうせ、君の知らない事なんだから。僕が好きだったのは――」
その、私にとって致命的な一言を口にしてしまった事にハッとして、トワは口をつぐむ。けど、もう手遅れだ。
その言葉は“私”に届いてしまった。
「あ、いや、今のは――」
「――そうね。トワが好きだったのは、記憶を失う前の私よね。今の私は、トワが好きだった“グミ”には遠く及ばない」
瞬間的に、答えが出ていた。
トワが――永久ではない、十和田さんが、反論しようと口を開くのを、さえぎる。
「ちが――」
「――私は、貴方の望む“グミ”には、一生なれないわ」
思い出した事を――思い出せた事を彼には告げないまま、涙を浮かべて私は言う。
「今までありがとう。でも、もう……一緒には居られないわ」
「貴方の為にも」という言葉もまた、彼には告げられなかった。
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