コンソールに視線を巡らせ、ボタンやスイッチ類に指を走らせる。
問題ない・・・・・・こういった航空機の操縦は熟知しているつもりだ。
油圧正常。エンジン異常なし。
飛べる。
コックピット内に、エンジンの躍動が響き始め、メインパネルのモニター類から正常に起動したことを告げる電子音が鳴り響いた。
システムの奪取により一度機能を失ったはずのVTOLが、命を吹き返した瞬間だ。
『デル!早く離陸しろ!!撃たれるぞ!!』
タイトの機体から無線が入る。どうやら向こうもまともに飛べているようだ。
背後には、あの巨大なABLが迫り、こちらには機銃の弾丸が豪雨のように降り注いだ。
何発かが機体に着弾し、痛々しい音を立てるが、ガナー席のヤミがガトリングガンで飛来する弾丸を迎撃している。
とにかく一刻も早く、ここから離脱しなければならない。
どこへでもいい。どこか、遠くに。
スロットルレバーを押し込むと、エンジン音が高鳴り一瞬の浮遊感に包まれた。
機体が陸から一定以上離れたら、少しずつ可変翼を九十度方向転換し、機体の後方を向くように調節する。
そして、徐々に機体が前へと進み始め、見る見るうちに速度が上がっていく。
「よし、行ける!!タイト!離脱するぞ!!」
『了解だ!』
俺とタイトの機体があの怪物に背を向け、一気に加速する。
「逃がさんッ!!!」
後ろからは、翼の生えた重音テッド、そして巨大ABLがその二本足で立ち上がり驚くべき速度で追跡してくる。
夜の山間は視界が悪くい、しかし上昇すると、いい標的だ。
V字の渓谷が眼前に迫り、俺達はその中へ突入することを余儀なくされた。
『くそ、狭いな・・・・・・デル!隣に並ぶな。十分な合間を取れ。』
「分かってる。」
渓谷の幅は、輸送機が一機入るかどうかの隙間しかない。
その上、やたらと曲がりくねり、隆起も激しい。
背後からは迫りくる怪物と弾丸がある。ここで山間から頭を出すわけにはいかない。
次の瞬間、コックピット内にけたたましいアラーム音が鳴り響いた。
レーダー後方に、小さな反応が複数、これは・・・・・・。
『ミサイルだ!!』
「死ねぇぇえええええ!!!」
奴の怒号が響いた瞬間、バックミラーに白煙の尾を引くミサイルの群れが見えた。
「くそッ!」
『デル、フレアだ!』
前方を行くタイトの機体から眩い光を放つ焼夷弾のような球体が射出された。ミサイルの誘導を妨害する防御兵器だ。
同じく俺もフレアを射出し、渓谷の斜面に沿って大きく急旋回した。
こちらを追跡していたミサイルは、俺の機体から軌道が逸れ、渓谷に激突した。
よし・・・・・・!
だが、また第二波が背後から迫ってくる。
「バラバラになるがいい!!!」
執念深い奴だ。
「タイトどうする!!こいつ永遠に追いかけてきそうだ!!」
『それはないだろ。諦めてくれるまで逃げるしかない。ちょっと待て、レーダーに新たな反応だ。』
レーダーを見やると、九字方向から大量の小型反応と、目を疑うような巨大な機影がこちらに迫ってきている。
小さいのは敵の増援として、この巨大な反応は・・・・・・。
「こいつらを全部巻けってのか。」
『他に手段があるのか?』
「ない!」
再び背後から数発のミサイルが迫り、フレアを発射して回避。だが弾丸の豪雨は避け切れず、俺の背中に鈍い音が鳴り響く。
そのとき、今まで執拗に俺達を追跡していた重音テッドとABLがその場に停止し、大きく跳躍すると山間の中に消えていった。
「諦めてくれたか・・・・・・。」
『いや、よく見ろ!』
正面にも、カラスにも似た翼が幾つも連なり始め、俺達の行く手を阻んだ。
よく見ると、人の形をした何かがその背中に翼を生やしているのが見えた。
こいつらは・・・・・・空軍の空中戦闘用アンドロイド!
こんなものまで・・・・・・!!
『スピードを落とすな!蹴散らすぞ。』
「ああ!!」
俺は容赦なくそのアンドロイドの中に激突し、群がる敵を一気に吹き飛ばした。
『デルさん。私が援護射撃します。』
ヤミがガトリングガンで掃射を開始すると、前方で武器らしきものを構えようとしていた一体が火の手を上げて墜落した。
「やるじゃないか!」
『ありがとう。デルさんもロケットミサイルで道を開いてください。』
俺も主翼に内蔵されたロケットを発射し、行く手を阻むもの全てを蹴散らした。
これだけの数に囲まれてしまったら明らかに不利だが、この狭い渓谷内で岩壁に激突する奴も少なくない。それに、ヤミの腕も確かだ。
行ける・・・・・・生き残れる!
そのとき、何体かのアンドロイドがこちらに向けて発砲しキャノピーの一部分が抉り取られた。
「うぉッ!!」
やはり機体の損傷が激しい。このままでは・・・・・・持ちこたえられない。
『デル!このままじゃ機体が持たない。あの中に入るぞ!』
正面に今よりはるかに細い渓谷が見えた。
多分この機体が丁度入る程度しかないだろう。
「分かった。後に続く。」
タイトの後ろに付き、俺達はその谷間の中へと入り込んだ。
やはり狭い。翼端が両側の岩壁を擦りそうなほどだ。
航空機の操縦が専門でもないのに、どうしてこんな場所を飛べるのか自分でも不思議なくらいだ。
俺を追跡していたアンドロイドの数体が岩壁に激突したが、それでもまだ追ってくる奴がいる。
『排除します!』
ヤミがガトリングガンの砲身を真後ろに旋回させ、追跡するアンドロイドを叩き落していく。
「上手いな。」
『任せて!』
それを最後に、俺達を追いかけてくるものはなかった。
だが、まだレーダーに反応がある。あの巨大な機影だ。
「タイト。この巨大な反応、何だと思う?」
『恐らく奴らが保有している空中空母だろう。ストラトスフィア級の空中空母だ。』
ストラトスフィア・・・・・・あの空中空母が。
『谷を抜けるぞ。』
渓谷の中を抜けると、既に山間はなく、なだらかな丘が広がっていた。
もはや爆音も銃声も、重音テッドの叫び声もなく、静かな風景がそこにはある。
「終わった、のか?」
『いいや・・・・・・。』
再び、コックピットに警報が鳴り始め、レーダーが巨大な反応で埋め尽くされた。
「何だ?どこにいるんだ!!どこに・・・・・・。」
見上げると、そこには黒く、巨大な何かが月の光を反射し、輝いていた。
まるで、大きく翼を広げた鳥のように見えるが、X字に羽が、重なっているように見える。
その中では、幾つかのランプが光を点滅させている。
『なんと、真上にいる・・・・・・なんてデカいんだ!』
「あれがストラトスフィア?」
『そうだ・・・・・・横幅全長七百メートル。縦三百メートル。通常の空母三隻分はある・・・・・・。』
だが、特に攻撃を仕掛けてくる様子はない。
『・・・・・・君達二人に告ぐ・・・・・・・この通信が、聞こえるか。』
突然無線の中に着たいことのない声が割り込んだ。
少女のようだが、この据わったような声・・・・・・。
「誰だ。」
『私の名はクリプトン・フューチャー・ウェポンズ実験部隊幹部、重音テトだ。先程は私の息子が世話になったな。』
攻撃的なものではない、淡々とした口調だ。
「息子だと?」
『テッドと戦ったのだろう。あれは私自らが胎内から生み出したのだ。』
「馬鹿な。奴は自分のことをキメラと言っていたはずだ。」
『そうだ。私もキメラだ。クリプトンが開発した寄生虫UTAUによって生み出された。元は人間だったがな。』
フランクな口調で話されると、こちらの調子が狂う。
一体何が目的なのか。
「それで、何のようだ。」
『君達に救済の手を差し伸べよう。現在、この日本の全軍事力は我々がPiaシステムを奪取し再起動させたことで、完全に沈黙している。こちら側にはそれに匹敵する数のゲノム、強化人間兵部隊、無人兵器、そしてこのストラトスフィアがある。もはや君達に勝ち目はない。そこで君達が、今すぐこちらへ投降すれば、我々は喜んで君達を迎え入れよう。だが拒否すれば、後々公開することになる。ここで拒否したこと、そして私の息子に傷をつけたことをな・・・・・・。』
何かと思えば、またそんなこととは。
一体いくら俺達を勧誘すれば気が済むのだ。
「断る。死んでも貴様らについていくつもりはない。」
俺は何の躊躇もなしに即答した。
『そうか・・・・・・交渉決裂だな。ではこれ以上言うことはあるまい。君達は近いうちに、私と直に合間見える時がくる。覚悟しておくことだ。』
その言葉を最後に無線が終了し、ストラトスフィアが頭上から遠ざかっていった。
その姿は夜の闇に紛れ遂に見えなくなり、レーダーからも反応が消えていた。
「タイト・・・・・・なんとか振り切ったようだが・・・・・・。」
『ああ。これからどうするか、だな。』
システムの起動によって体内のナノマシンが機能停止し、網走博士との連絡も取れなくなった今、俺達には基地に帰還する術がない。
手元にあるレーダー端末も、電源すら入っていない。
この機体こそ起動しているが、それも不思議な現象だ。
今から、どうすればいいのだろうか。
近くに町らしきものは見当たらない。もしあったとしても、易々とこんなものを着陸させるわけには行かない。
燃料が切れるのを、待つしかないというのか・・・・・・。
『タイト・・・・・・デル・・・・・・聞こえるか。』
次に耳に入ったのは、ミクの声だった。
『ミク!?』
「どうやって無線を使っているんだ?」
『それは・・・・・・言えない。でも、今博貴とセリカに連絡とって、道を示してくれるそうだ。』
何故だ?彼女のナノマシンも沈黙しているはずだ。無論それに必要な軍事衛星も、PLGも。
それなのに、何故。
彼女は一体・・・・・・。
『二人とも、聞こえるかい。』
「博士!」
『すまないけど、こちらの機材もほとんどがだめになってしまった。復旧させた幾つかの装置で、何とか君達の位置を特定できたけど、PLGが動かなくなった今、正確な誘導ができないんだ。ごめん。とりあえずそこから三時の方向に向かって、無線が聞こえたらそれを頼りにしてほしい。その方向には幾つか軍事施設があるはずだから。』
「・・・・・・了解。」
博士の声に従い、俺達は、三時方向へと機首を向けた。
まずは一息・・・・・・だが、あの重音テトの行っていたとおり、再び俺達は出撃することになるだろう。
今からでも、覚悟しておく必要がある。
恐らく・・・・・・最後の出撃に向かうために。
そのときは・・・・・・必ず・・・・・・。
水平に広がる平原の先には、長い夜に終りを告げる光が差し込んでいた。
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