低い駆動音を鳴らしながら、静止する空中戦艦『破壊者《デストロイア》』。



その船の中では、『TA&KU』の四人が余裕綽々とした様子で操縦を行っていた。


「くく……この船をまともに飛ばすのはかれこれ5年ぶりだが……思ったよりまともに動いているじゃねえか、安治よ?」


田山権憎に声を掛けられた安治怒羅介は、スキンヘッドにトレードマークのバンダナを巻き直しながら不敵に嗤った。


「ったりめえよぉ。毎日の整備は一日たりとて欠かしたことがねえからな。この船はそう簡単に狂いはしねえさ」


機器整備を全て受け持っている安治。『破壊者』が完成した当初から常に整備を続けている彼にとって、この巨大戦艦は下手をするとリュウトたちよりも大切な存在であるのかもしれない。


「どうやら一撃目の粒子砲は防いだようだが……ふん! 二撃目を防ぎきる力はないだろうよ! ……宇野! 側部粒子砲はあと何分で発射できるようになる?」


続いて宇野恨太郎に向かって叫ぶ田山。呼びかけられた宇野は窪んだ眼でモニターを睨みつつ、静かな低い声を出した。


「……20分は必要だ。クールタイムがなければ砲身が吹き飛ぶからな」

「20分か……まぁ、その程度の時間では奴等には何一つとしてできんだろうがな! ハハハハハハハハハハハハハハッ!!」


田山の下衆い高笑いが艦内に響いた。


―――――――――――――――その時。





「……!! 高エネルギーの生体反応が超スピードで向ってくるわ!!」


久留須飽花が鋭く叫んだ。一瞬で4人の間に緊張が走る。


「このエネルギー反応は……初音ミクよっ!!!」

「な……何―――――――――――――――」


全員が臨戦態勢を取ろうとした瞬間――――――――――





――――――――――――――――――――船が大きくかしいだ。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



『ぬぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおりゃあああああああああ!!!!!!』



船の外では―――――地上から一気に『Light』で加速したミクがその拳を外壁に思いきり叩き付けようとしていた。

しかしまるで見えない壁に邪魔されるかのように弾き飛ばされる。

―――――いや、実際にそこには見えない壁が存在していた。


(バリアか……! それもマッハ5の突撃でも破れないほどの強靭な……! ……というよりも、恐らく正面衝突の衝撃に強いタイプと見た!)


強靭なバリアは音速を超えた突撃にも軽く揺らめいている位でしっかりと耐えている。恐らく打撃では破壊できないであろう。

……となれば答えは決まっている―――――斬撃だ。


『『Light&Solid ソニックブレード!!!』』


金色の髪と灰緑色の光が鮮やかな軌跡を描き、ミクの両手に生成された刃がバリアを切り裂いた。

小さな傷口が口を開けるが、あっという間に閉じていく。再生能力も非常に高いようだ。

だが切れないわけではない―――――そう判断したミクはさらに追撃を開始する。


(もっと……もっと早く!!)


加速。加速。加速。加速。―――――加速。


どんどん加速しながら刃を叩き込んでいく。マッハ5の『打撃』は全く通用しなかったバリアが、マッハ5の『斬撃』で切り裂かれていく。

勿論再生もする―――――が、それよりも速く刃を喰いこませ、傷を広げていく。


こんなことをしたところで船自体にダメージを与えられるわけではない。バリアを切り開き、船そのものに刃を打ち込まねば何の意味もないことは、ミク自身もわかっていた。

だがミクが今やっているのは『敵の注意をひきつけること』―――――とにかく敵の眼を自分に向けさせることが必要だった。


『でえええええええええええりゃあああああああああああああああ!!!!』


更に加速したミクは、今度はバリアを艦首から艦尾側へと縦に切り裂いた。巨大な割れ目が開く。

その傷口が閉じ切る前に刃を投げつけ、船に突き立てた。

大したダメージにはならない。だが、それでも相手の注意を引き付けていられるならば。


再び刃を生成したミクは加速しながら想う。

自分がこうして戦っていられる時間は短い。あと15分ほどもないだろう。

だがその短い間だけでも時間を稼げば、戦う準備を整えることも、逃げる準備を整えることもできる。

自分の戦えるだけの時間を使って、町が少しでも救えるならば。



(最後まで……最後まで戦い抜いてやるっ!!!!)



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ズン、と船に震動が響く。バリアで守られていると言っても、そのバリアの座標は戦艦に固定されているのだ。バリアが攻撃されれば船にも衝撃が走る。


「な……なんてぇ力だぁ……バリアにここまでダメージを与えるたぁなぁ……」

「感心してんじゃねえ安治っ!! 何とかしろ何んとかっ!!」


思わず感嘆の声をあげる安治に荒れた声を投げつける田山。だが田山以外の3人はいたって冷静だ。


「落ち着きなさいよ。バリアが切られてると言っても、消し飛ばされているんじゃないんだから」

「……その通りだ」

「その通りだ、じゃねえっ!! おい安治!! 撃てよこの野郎!!」

「あんなんに追いつけるかボケ!! エネルギー兵器はまださっきの粒子砲の反動で使えんし、実弾を無駄にしたくねえんだよ!!」

「く……ならバリア硬度をあげろっ!! バリアの強度を上げて奴を跳ね返せ宇野!!」


宇野に向かって激しく叫ぶが、その彼はただ静かにモニターを見つめるのみ。


「おい宇野!! 命令が聞こえねえのか―――――――――――」

『落ち着かんか田山!!!!』


いきなり大声をあげた宇野に、思わず田山がたじろいだ。

その窪んだ眼には小さな怒りが灯っている。


「……このぐらいの戦況すらも見抜けんのか。ならば大人しく座っていろ」

「な……」

「そうだろう? 久留須」

「まぁ、このぐらいならね」


データ解析を終えた久留須が、静かにメガネをはずしながら振り向いた。


「バリアの強度、再生速度、それと船の装甲、あと初音ミクの実質的な攻撃力なんかを考えると、十分耐えきれるわね。あの音の刃は御覧のとおりバリアを吹き飛ばすほどの火力はなさそうだし、万一船に切りかかってきてもその瞬間に主砲でもぶっ放せばいいわ。……それよりも気になるのが……これ」


指さしたモニターには、タイマーが表示されていた。残り12分と少しだ。


「あいつ、どうも体内のデータ解析にエラーが起きて、本来ならば収まりきらないはずのデータ量を誤認しているみたい。だけどあと12分もすれば、そのエラーを解決するでしょう。すると今度はメモリ不足でエラーを起こして、動けなくなるはずよ」

「そ、そうか……よ、良し! 体勢を立て直して12分耐えろ! 安治はいつでも主砲を撃てるように準備しておけ!!」

「はいはいっと……」


苦笑しながら主砲を起動させる安治。3人は常日頃、田山権憎という男はリーダーの器としては小さな男であると考えていたが、ここにきてそれが露呈していたようだった。

だがそんな些細なことは大して影響しない。久留須の解析通り、ミクの音波にはバリアを吹き飛ばすほどの火力がなかった。せいぜいちょっとバリアを傷つける程度―――――装甲も頑丈なこの船であれば、12分ほどであれば十分耐えきれる。

それよりも彼らが気になっていたのは『下からの援軍』だ―――――彼らが知る限りの『C’sボーカロイド』の中には、この程度のバリアであれば簡単に吹き飛ばしてしまえるほどの力を持った者がいたはずだった。


だが―――――その『バリアを簡単に吹き飛ばせるほどの力を持った者』は―――――



自分の無力さに震えながら、空を睨みつけることしかできていなかった。





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『カノンっ!!』


グミの凛とした声と、空気を揺るがすような轟音が重なった。

超火力と超重量を与えられた空気弾は雲を貫いて船に向かっていく―――――が、バリアに弾かれて消えた。


「くっそ……届く……届くのに……っ!!」


苛立ちを隠せないグミ。地団駄を踏んで再び空を見上げる。

グミの『サウンド・ウォーズ』は元々遠距離型の兵器。届くことは十分届く―――というよりも、撃ち出された時の威力が殆ど弱まることなく直撃するのだが、バリアを貫通するほどのダメージを与えられていなかった。


「何で破れないのさっ!!? ミクちゃんは破ってるんだよね、メイコさん!?」

「……ええ」


メイコはグミの後ろで耳につけたネル製ヘッドセットから、ミクの様子を聴き取ろうとしている。声や斬撃の音からして、バリアに傷をつけることができているのはわかっていた。

グミの音波が弱いとは考えられない。むしろ純粋な火力だけで言えば、『カノン』はメイコバーストをも超える。

『Append&Extend』が極端に強いのか、グミの裏切りを知った奴らがバリアに対し何かしらの対策を施したのか。どちらにしても、最大級の火力とトップクラスの射程を持つグミの攻撃が聞かない以上、地上からできることは何もなかった。


「ルカ! ミクのタイムリミットまで、あと何分!?」


メイコの隣で座り込んでいるルカが、袖のパネルを覗き込む。


「……あと5分……ううん、3分もない!」

「んですって……!?」


愕然としたメイコがヘッドセットのマイクを口元に寄せて叫ぶ。


「ミク!! そろそろ限界よ!! 戻ってらっしゃい!! ミク!!」

「ミク!! もういい、早く戻って来い!!」

「ミク姉っ、早くぅっ……!!」

「ミク姉っ!! 聞こえてるのかミク姉っ!!?」


総出でミクに向けて通信を飛ばすが、返事は帰ってこない。

通信が途切れているわけではない。聞こえていないわけでもない。


―――――『聞いていない』のだ。ミクは今、家族の声を全力で無視している。


そうまでしてミクが戦おうとする理由―――――メイコたちもわからなくもなかった。

今ここで戦うのを止めれば、邪魔者がいなくなった『TA&KU』は砲を町に向けるだろう。

カイトの絶対バリアですら揺るがす強力なレーザー―――――あれを町に撃ち込まれたら、恐らくレーザーの軌道上には塵も残るまい。

シェルターに入っている町民は護られるかもしれない。だが確証はない上に、メイコたちの16年間の思い出の詰まった町は全て消し飛ぶ。

特に幾度も町のあちこちを歌い歩いたミクにとって、それは何より辛い事だろう。だからこそ引かない。退こうとしない。

その気持ちだけは辛いほどわかっているメイコたちだからこそ――――必死で叫びかけ、呼び戻そうとする。


何故なら―――――ミクを失うこともまた、何よりも辛く哀しいことなのだから。





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『はあああああああああああああああああああああああっっ!!』


重く鋭い斬撃がバリアを裂く。余りに速く、故に連続的なミクの攻撃により、バリアの傷はかなり大きくなってきていた。

もう止められない。ミクの頭は、もはや攻撃を止めて地上に戻ることなど考えていなかった。


『ここまでくれば……これでっ!!』


片手で斬撃を続けながらも、もう片方の手で小さめの『Vivid・Shield』を数枚生成する。

そしてそれを――――――――――


『ハッ!!』


バリアの傷口に向かって投げつけた。大きく空いたバリアの穴の縁に張り付いた6枚の紫色の盾が、バリアの再生を止める。

準備は整った―――――後は船を、研ぎ澄ませた『Light・Stick』でぶち抜くだけ。




船の中では、鋭く尖った金色の槍を生成するミクをモニターで見て、完全に挙動不審になった田山がいた。


「畜生、やっぱり駄目じゃねえか!!」

「まだだ……もう少しで……!!」

「あと少しなのに……!!」


宇野と久留須も悔しそうな声をあげるが、安治だけは諦めていなかった。


「……俺の『破壊者』は……こんなところでやられる船でもなければ、この程度の逆境跳ね返せない船でもない!! そうだろう……!?」




――――――――――ミクの『Light・Lance』は完成していた。

普段の『Light・Stick』を遥かに超える鋭さと、撃ち出されれば何よりも速い弾丸と化すであろう流線型のボディ。

そしてそれを構えるミクの姿勢は―――――プロの槍投げ選手にも劣らぬ美しいフォーム。


積み上げられた基礎力と。天才的な応用力。

町を守るための力を惜しみなく使って。





―――――――――――――――――――――――――振りかぶった。





『喰らえっ……!! 『Light・Lance』―――――――――――――――――――――――――』










―――――――――――――――ドクン―――――――――――――――










『――――――――――っ!!?』


全身の力が抜ける。『Lance』や『Shield』が消える。

身体がぐらりと揺らぐ――――――――――



(しまっ……た……20……分…………)





「タイム・リミット!!!!!!」


地上で、ルカの悲痛な声が響き渡った――――――――――。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

輝く鏡、拡がる音 Ⅳ~ミク、孤軍奮闘~

限界まで戦い抜いたミク。その末路は。
こんにちはTurndogです。

うちのミクさんは誰よりも町を想う。
ネルがレンに恋焦がれるように、ミクは町に恋をしているようなもの。
だからこそ町を守るために全身全霊で戦う。

その結果がこれだよ!!
救世主はいないのか!! ゆるりー`sがっくんとかさぁ!(ふざけてる場合か

閲覧数:148

投稿日:2014/08/05 00:16:05

文字数:5,689文字

カテゴリ:小説

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