45.海の見える場所

 丘を上ったところに、緑の王族の眠る墓地がある。他の国の王族とは違い、この国の王は才能の競争の中で選ばれる。墓も平民とともに眠る。

 海に開けた丘は、展望は一級だったが、その墓石は名と簡単な言葉を刻む、質素なものが多い。海を渡りゆく先祖をもつ緑の民は、大地へのこだわりは今でも薄いのだろう。ミクの墓となる場所は、今にも鳥となって飛び立つことのできそうな、見晴らしの良い高台であった。

 海から吹き上げた風に、ハクは思わず目をつぶる。
 棺が下され、まるでベッドのシーツをかけていくように、やさしく土が掛けられていくのをハクはじっと見つめていた。ミクは本当に愛された女王だったのだなと、今更ながらに感じていた。
 そして今回の葬儀の進行役、緑の髪をした壮年の男ツヒサに促され、ハクは集まっていた人々に向かって一言二言、挨拶をした。ミクとの刺繍の思い出と、そして、今生きていること、今後も生きようと思っていること。
 集まった人々は、だれも石など投げはしなかった。ミクの墓と、祈りをささげるハクに挨拶をし、ときおり子供たちの頭をなでて、静かに墓所を去っていった。

「……終わったな」
 場を仕切ったツヒサも去り、人の気配が消え、だいぶ経った後、ハクのとなりに、男のひざまずく気配がした。迎えにきた兵士とは違う、身なりのよい服装である。しかし、その髪は緑ではなかった。赤みのかかった茶色の短髪である。
「……ここは、良い眺めだな」
 男の深い声音に、ハクはそっと目をあける。
「ハク、さんと言ったか。あんた、ミク女王さんの付き人だったんだってな」
 ハクがうなずく。

「じゃあ、もしかしたら、……ネル、という娘を知っているか」

 はっとハクの目が見開かれた。

「ね……」
 それ以上に声がでない。気がついたらハクの手が男の服の胸のあたりを掴んでいた。

「ネル、ちゃん……! 」

 やっとのことで声を絞り出すと、男はふっと眼を細めた。
「その様子だと、知っているみたいだな。……残念だな」
 男の手が、すっとミクのとなりの石を指さした。
 そこに、真白な石がひとつ、そして小さな木が植えられていた。
 石には名前が刻まれていた。
 ネル、と。

「ネル、ちゃん……! 」
 ハクのかすれた声が風にかき消えた。そのままハクは飛びつくように石に近づき、這いつくばって身を乗り出す。
「ち、ちが、うよ! 違うよ! よく、ある、なまえ……! 別の……!」
 男の手が、ハクの肩を押さえた。
「**という街で、俺が見つけた。大通りの真ん中に、……倒れていた」

 忘れようもない村の名前を正確に聞き取り、ハクが思い切り振りむく。男はそのままハクの両肩を正面から押さえ、続けた。

「その娘は十七歳ごろで、黄色の髪を二つに結んでいた。進軍中にリン女王のもとへ伝令に来たのを、黄の国の辺境の雇われ軍隊の隊長だった俺が、天幕で休ませたこともある」

ハクの脳が、残酷にも判断を下す。それは、ハクの良く知る、あのネルに間違いないと。

「……緑の国の人間だと、俺は知っている。可哀そうに、髪の色で間違えられ、パニックになった連中にでもやられたんだな。俺たちが攻め込んだせいで」

 海風よりも強く、ハクの悲鳴が響き渡った。

「おい馬鹿、やめろ! 」
 ネルの名の彫られた石をどかし、土をつかむ勢いで突進したハクを、とっさにその男が地面から引き剥がした。そして、暴れるその体を思い切り抱きしめた。

「親しいやつだったのは解る! だけど……おい、爪、切れちまうぞ! 」
「いやああああ」
 ハクの声があたりの空気を引き裂き、その手は暴れて男の髪をつかみ、腕を回したその背を殴る。

「なんで、なんで、緑の国の人にネルちゃんが殺されるの! なんで、私は緑の国の、しかもヨワネの人に殺されそうになったの! 捕まったらひどい目にあわされるのは、敵の野蛮な黄の国の人たちに、でしょう! なんで、どうして……! 」

 男の茶色の目と、ハクの真っ赤な瞳があった。
 暗く赤い炎がハクの両目で涙をたたえて燃え上がった。 

「どうして、黄の国の人がヨワネの人を埋めてくれるの?!
 どうして、黄の国の人が私を惜しんで、迎えてくれるの!
 どうして、敵に生きろと言われるの! 
 ……もっと穏やかな時には、もっとさびしかったときには、緑の国の人からは一度も、優しい言葉なんかかけて貰えなかったのに、なんで……!」

 ハクの声があたりをつんざき、振りまわす腕が男の頬に引っかき傷をつけていく。それでも男はハクを離さない。

「やめて。あなたも黄の国の兵隊なんでしょう。敵よね。元凶なのよね? ヨワネの職人が捕まるのを恐れて自殺するほどの、恐ろしい黄の兵のはずよね?」

 ハクの声が割れて響いた。

「……なら、もう優しくしないで! 私は緑の国が好きよ! 緑の国が好きなのに、これ以上、緑の国の人を嫌いにさせないで!」

 どん、とハクが男を振り払った。その瞬間、よろけて転んだハクの頭に、ごつんとネルの石がぶつかった。
「おい! 大丈夫か! 」
「天使……ハクさん! 」
「ハクさん! 」
 遠くなるハクの意識に、男と子供たちの声が聞こえた。

         *         *

「……気がついたか」

 ハクがうっすら目をあけると、ヨワネの一番ちいさな女の子が、ぎゅっとハクの上に乗ってきた。
「……みんな」
 ぼんやりとした視界が晴れて行くと、子供たちの顔がひとりひとり見えてきた。みな、泣きだしそうな顔でハクを見ていた。よく見ると、泣いた跡を眼尻に残したままの子供もいる。起き上がろうと身じろぎすると、後頭部が地面に触れた。
「痛い」
「ああ、大事無いが、コブになっているんだよ。せっかく横向きに寝かして居たのに」
 茶髪の男が苦笑する。この男も、ずっとそばに居たようだ。
 ハクはそっと起き上る。ハクの頭は、埋められたばかりのミクの墓の盛り土の上に寝かされていたのだ。

「……夢を、みたの」

 ハクが、ゆっくり体を起こし、口を開く。
「……ミクさまが、膝枕、してくれる夢」
 ハクの頬を、雫がひとつ航跡を描いてすべりおちていった。

「ハクさん」
 年長の少女が、ハクの手に、そっと触れた。そして、きゅっと握った。

「ハクさん。帰ろう。ヨワネへ」

「帰ろう」
「ハクさん……ハク!」
 子供たちに囲まれて、ゆっくりと立ちあがるハクを、茶髪の男がじっと見つめていた。そして、彼もやおらに立ち上がった。
「じゃあな。ハク」
 背を向けて手を振り、丘を降りていく彼に、ハクは静かに礼を捧げた。

 ひゅっと、山の方から海へと風が吹いた。涼しい風が、秋の匂いをかすめていった。

         *        *

 黄の女王、リンは、緑の国の王宮の奥で、ツヒサから葬儀が終わったことを知らされた。
「そう。暴動もなく、無事に終わったのね」
 リンはとうとう一度も、ミクの葬儀には顔を見せなかった。自分が現れたら緑の民の感情を逆なですることを理解してのことだった。
「そう、職人代表は、かつて王宮でミク様とも親しかった、ヨワネのハク様に挨拶をお願いしました。短い挨拶でしたが、静かな、染み入るような言葉でした」
 リンはちらりと傍らに視線を飛ばした。傍に控えた召使姿のレンが、ふっと視線を床に落とした。
「……そう。ではそのハクさまにも、よくお礼を言って頂戴ね。御苦労さまでした」
 ツヒサが静かに一礼し、退室した。陽が傾き、部屋に差し込む光が赤味を帯び始める。それは、夏の終りの光の色だった。
 リンが窓枠に近寄り、そっとその格子に触れた。まるで牢獄のような窓格子の影が、赤い光とともに部屋いっぱいに描き出された。
「レン」
 光の格子の中で、リンは振り向いた。
「黄の国へ、帰るわよ」
 レンも、格子の中で、リンを見つめてうなずいた。
「はい、リン女王様」

 ミクの葬儀が終わって数日ののち、黄の国の女王と軍隊は、一部を残して黄の国へと帰って行った。緑の国には、黄の国の辺境、ユドル地方の兵のまとめ役だったセベクが残った。黄の女王の代理統治という立場であるが、実質は黄の中央と緑の市長たちとの仲介役であった。

 にわか兵士の多い黄の軍隊に、すでに緑へ進軍してきた頃の勢いは無かった。
 ミクの葬儀のために、緑の国から得た戦利品をほとんど費用として使い果たした。
 黄の国の王都へ向かう道すがら、一団、また一団と、もぎ取られるように人が抜けていく。無一文となって故郷にたどりついた黄の軍は、戦勝の凱旋というよりも、まるで幽鬼の群れであった。

 そうして、リン女王は、久方ぶりに、黄の王都へたどりついた。王宮前の広場に、彼女を迎えるものは誰もいなかった。
 リンが王位に就き、緑の国へと進軍を始めてから、わずか二十日ほどの出来事であった。


続く!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

悪ノ娘と呼ばれた娘【悪ノ二次・小説】 45.海の見える丘

ハクの涙、ハクの悲しみ、そして真実が海に向って零れ落ちていく。

すべての始まりはこちら
悪ノ娘と呼ばれた娘【悪ノ娘・悪ノ召使二次・小説】 1.リン王女
http://piapro.jp/content/f4w4slkbkcy9mohk

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投稿日:2011/01/05 23:17:56

文字数:3,692文字

カテゴリ:小説

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  • 零奈@受験生につき更新低下・・・

    やっと続きができましたか!
    正直この後が気になって仕方ありません・・・
    「悪ノ娘」といいながらも、彼女が本当に「悪」なのか定かでないというのがまた哀しいです。
    とりあえず、双子の今後をひそかに見守ろうと思います。

    2011/01/06 16:29:56

    • wanita

      wanita

      >零奈さま

      メッセージありがとうございます!今年も宜しくお願いいたします!
      そうですよ?やっと出来ました!!白ノ娘で「だれもいなくなった」という部分をどうするか、ハクを苛め抜いた緑の人々に対してハクがどう感じて行動するか、相当悩みました。このネタが降ってきたのが11月、構想すること1ヶ月です。やっと書けて、じつにすっきりしたところです。
      リンが嫉妬にかられて緑の女のみをどんどん……ならもっと手早く終わったかもしれませんが、いやあ……その場合、残った緑の男達からハクがもっと酷い目にあわされそうだったので、私が辛くなってそのバージョンは脳内でボツにしました☆

      タイトルを「悪ノ娘と呼ばれた娘」としたので、リン女王が「悪」と呼ぶ人もあれば「悪でない」と呼ぶ人もあるように、書き進めていきたいと思います。
      双子の今後、次の回で幕間を挟んだのち、いよいよ黄の国に舞台を戻しますので、どうぞ最後まで見守っていただければ幸いです。

      2011/01/06 23:17:16

  • matatab1

    matatab1

    ご意見・ご感想

     こんにちは、お久しぶりです。

     ハクが来た事によって希望を持ち、たくましく生きる子ども達。敵国の兵士であるにも関わらず優しい黄の国の兵士と、その優しさを素直に受け入れられないハク。読んでいて胸が締め付けられるようでした。
     リンが墓を作る事を禁じたのもそうですが、それぞれの言っている事、考えている事が一つとして『間違っていない』と言うのが尚の事辛いです。だから大きかれ小さかれ争いが起きてしまう訳ですが。
      
     世の中では両極端に物事を分けようとしますけど、『正しいから間違っていない』『間違っていないから正しい』とは言えないよなと思う事が多いので。

     ハクの方はもう大丈夫そうですが、今度は結果的に国の疲弊を招いてしまったリンが心配です。そして、レンが何を考えてあの行動をするのかも気になります。 

    2011/01/06 16:03:26

    • wanita

      wanita

      matatab1さま

      こんにちは!今年も宜しくお願いいたします^^
      いつもメッセージありがとうございます!すごく読み込んでいただけて、励みになります。

      >世の中では両極端に物事を分けようとしますけど、『正しいから間違っていない』『間違っていないから正しい』とは言えないよなと思う事が多いので。

      なるほど!いい表現ですね!現実の世界でも、人の視点の数だけその人の『正しさ』があるところが、難しいところだと思っています。どうしても声の大きい、つまり伝達が上手で影響力の強い人や、多数派の意見が『その時の正義』になってしまいますが、その時、個人が考える気持ちというものも、また大事にしておいたほうが良いときもあるように思います。ちょうど、死にゆく人々の中で生きたいと願ったハクのように。
      また、「理解は出来るけれども賛成は出来ない」といった、職人たちへの同情の気持ちをどう整理するかも、正義とは違った感情の方向性として、分けて考えるところなのかなと思います。

      ハクはこれでひとつ、自身のトラウマである「いじめられた過去」は乗り越えましたが、残る山がもうひとつあります。白ノ娘の終盤で記された「親しい人を失った悔しさ」。今は一旦、ネルの死を知る黄の兵(セベクさん^^)と子供たちによって抑え込まれましたが、消えることの無い悲しみがあることに気づいたとき、どう行動するか……がんばって書こうと思います。

      黄の国はいよいよ切羽詰り、追い詰められた民衆が動き出します。レンの思いは、私の中のネックなので、ちょっと仕掛けようと思います。ただリンを思うだけではない、彼自身の隠された強さを描くことが出来ればいいなと思います。

      では、今年もどうぞよろしくお願いいたします!

      2011/01/06 22:43:56

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