6.『巡り』の印 隠された世界

 静かなおやつの時間が過ぎ、やがてベルの音が聞こえた。澄んだ鈴の音は、リンが帰還したというリンとレンの間の秘密の合図だ。

 無事に王女の身代わりを果たしたレンは、静かに、堂々と席を立つ。そのドレスのすそ捌きは、実に堂に入ったものだった。

        *     *

 帰ってきたリンは、市で手に入れた菓子をレンに渡しながら、品物が減ったこと、市にくる人が減ったこと、それでも市にくる人は楽しげであったと話した。
 そして、不思議な楽師と出会ったことを話した。

「どうしよう、ね。あたし、ちゃんと、将来、いい女王になれるかな」
「将来のことよりも、今心配すべきことがあると思います」

 メイコが、着替え終わったリンとレンに向かって口を開いた。

「リン『王女様』。……『青の国』の動きに注意してください。」

 え、とリンの眉がひそめられる。
 『青の国』は、黄の国から海を越えて20日ばかり離れた、大国である。
 豊かな大地と上質な水を湛える土地で、古くから黄の国の貿易相手であるとともに、あわよくば互いを出し抜こうとにらみを利かせているという間柄であった。

「メイコ。なぜ、突然に『青の国』のことなど言うの?」 
「リン様。市で出会った素敵な楽師の夢を壊して申し訳ありませんが……」

 メイコが、召使の格好に戻ったレンに視線を飛ばし、そしてリンに向き直った。

「今日、町で会った楽師。あの者は、純粋な演奏家ではありません。
私の父の代からよく知る……古くからの、情報屋です。」

 リンの目が、衝撃に見開かれる。
 レンが、そのリンを心配そうに見遣った。

「あの楽師は、黒い衣装に黒のベールという格好でしたよね。」
 
 メイコの確認に、リンはうなずく。

「ええ。でも、黒い衣装の割には、ずいぶんと印象が派手だったわ。
 胸に、不思議な形の金属のブローチなんか付けて」
 「よくお気づきになられましたね。」

 メイコはうなずいた。

「あの数字の8を横にしたようなブローチは、『巡り』の印と呼ばれます。黒い衣装に『巡り』の印は、国境を越えて活動する情報屋ギルド、『歌屋』の識別標。……ある一部の職種では有名な話です。」
「ある、一部の人たち」

 つぶやいたリンに、あ、とレンは声を上げる。

「メイコさんがご存知だということは、……国境を越える、商人、ですか」

 メイコが、「ご名答」とレンに笑みを返す。この子たちはまったく、と、賞賛と感嘆を内心でつぶやく。

「『巡り』印も『歌屋』も、表向きは、娯楽の歌を歌って諸国を回る、吟遊詩人の集団として知られています。
 しかし……彼らの本当の商品は、歌ではなく、情報。
 本当の得意先は、市や酒場の客ではなく、国をめぐって商売をする隊商や商人たち。

 奇抜な格好は、詩人にありがちな芸術家気取りだと周囲に認知させるための、目くらましです」

 リンの表情が、はっと強張った。

「だから……あんなに、みんな聞き入っていたんだ。まるで、一言も聞き洩らさないようにしているみたいに」

 普段、楽師が歌うときはヤジを飛ばしてにぎわう聴衆が、静かに囲んでいたのは、これから商売を行う地域の情報を得るため。

 浮かず沈まずの、不思議な声の通り方は、感情を揺さぶるためではなく、情報を欲する耳に自らの商品をすべり込ませるため。

 楽師に渡されていた銀貨は、情報の価値に対するシビアな評価だ。
 そうして、歌に隠された情報が、あの楽師と、聴衆となった商人たちの間でやりとりされていたのだ。

 ぶる、とリンの背が泡立った。
 自分に見えていないことは、なんと多いのだろう。

「今日、あの者の歌った幻想物語は、物語を装った伝達歌です。
 にわかには信じられないかもしれませんが……今は取り急ぎ、『青』との親交を深めておくことが得策でしょう。
 今、この国のまとまりは、非常に弱い。そして、さまざまな意味で古馴染みの『青』は、とても安定しています。

 黄の国が、『青』に、国として扱われるか、それとも単なる『資源』として使われるか、もしかしたら」

メイコが、言葉を切った。

「『青』の侵略から『黄』を、国として守ることが、リン様の、初仕事になるかもしれません」

「侵略……」

 リンの喉が、こくりと乾いた音を立てた。




つづく!

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悪ノ娘と呼ばれた娘【悪ノ二次・小説】 6.『巡り』の印 隠された世界

悪ノ娘と呼ばれた娘  1.リン王女
http://piapro.jp/content/f4w4slkbkcy9mohk

あの名曲を超曲解。

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投稿日:2010/06/14 21:59:47

文字数:1,824文字

カテゴリ:小説

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