...嗚呼、やっと私も天に召される時が来たのね...。そう、もしも...
もしも、生まれ変われるならば...
...?あれ?
眼下に広がるのは、思い出の海。昔、アレンとよく遊びに来てたっけ...
っじゃなくて。どういうこと?私は確かにさっき、修道院長リンとして死んだはずだ。
これが走馬灯ってやつだろうか?それとも夢?
試しに頬をつねってみる。
「痛たたっ」
うん、痛い。夢を見ているわけではなさそうだ。...というか、この小さな手、小さな足、シンプルではあるが、かわいいワンピース。
どうやら私の身体は、五~六歳頃の年齢に戻っているようだ。
うーん...まさか、時が巻き戻っているとか?
「リリアンヌ!何してるの?」
突然聞こえてきた声。
振り返ると、そこにいたのは私にそっくりな男の子。私が、ずっとずっと、会いたかった人。
「アレン!」
私は思わず抱きついた。アレンのぬくもりが伝わってくる。
本当に、時が戻っているのなら...
アレン、あなたのことは私が守る!
「リリアンヌ?大丈夫?あと、アレンって?」
はっ、そうだった!アレンというのは、彼、アレクシルが養子に出された時の名だった。
「えっと、こっちの方が言いやすくない?」
「そう?リリアンヌがそう言うんなら、アレンでもいいよ」
「あ、ありがとう、アレ...ン?」
そこで私は、アレンが何かを持っていることに気がついた。...嫌な予感がする。
「ねぇ、アレン...ソレ、何?」
「ああ、これ?」
アレンは手に持っていたソレを私の眼前に持ってきた。
見覚えのある、小さな黒い箱。
「!!」
それ、それ!それ!!それこそがすべての元凶!その箱を開けたら悪魔がああぁぁあ‼️
「さっき、砂の中から見つけたんだ。リリアンヌと一緒に開けようと思っ」
アレンの言葉を最後まで聞くことなく、私はアレンからその箱を奪い取った。そして...
「えぇいっ!」
海に向かって、思いっきり投げ飛ばした。
ボチャンッ
ふう...危ない、危ない。後ろの方で、誰かが膝から崩れ落ちるような音がしたが、別に気にする必要はない。
「えっ?」
アレンはキョトンとしている。
「あ...ごめんねアレン。私...えっと、本...そう、絵本でみたの!黒い箱から悪魔が出てきて、呪われちゃうお話!だから、つい...」
「そ、そうなの?僕知らなかったよ。ごめんね、リリアンヌ...」
アレンがしゅんとした声で言った。
うぅっ、本当にごめんね!私はアレンを悲しませたかったわけじゃないのよ‼️
とにかく、浜辺は危険だ。
「ねぇアレン、もうお城に帰りましょう」
「え?今来たばかりなのに...」
「え、えっと...おやつが食べたくなったの!」
「さっき食べたでしょ...」
「あーもうっ!とにかく帰りたいの!帰るわよ!」
「えー...」
私は半ば無理矢理、アレンとお城に帰ることにした。
「アレン、怒ってる?」
帰り道の森の中で、私はアレンに尋ねた。
遊んでいたのに、無理矢理帰らされているのだ。普通なら、怒ったり、拗ねたりするだろう。
「ううん、リリアンヌが帰りたいんなら、別にもういいよ」
アレンはさらっとそう言った。
ああ、そうだ。アレンは昔からこうだった。いつも、私の事を一番に考えてくれた。
そして、あの日も...。
ドレスを着て、悲しそうな目で、優しく笑ったアレンの顔...。もう、あんな思いはしたくない。
...ううん、させたくない!
「あのねアレン、何か、思っていることがあったら何でも言ってね。私、ちゃんと聞くからね!」
「?うん、ありがとう。急にどうし...!?」
アレンの顔が、突然険しくなった。
「どうかしたの?」
ドンッ
「きゃっ」
私は茂みの中に突っ込んだ。アレンが私を突飛ばしたのだ。...何で!?
すると、私達が進もうとしていた方向から、何人かの男が現れた。
「ん?またガキか。こいつもアジトへ連れて行け」
そのうちの一人が、アレンを見ながらそう言った。その瞬間、アレンは男達と反対方向に走りだした。
「あっこら!待ちやがれ‼️」
男の一人が追いかける。アレンはあっという間に捕まってしまった。
アレンに気をとられているからか、ここが茂みの中だからか、男達は私に気がついていないようだった。
「いい加減、放すッス~‼️」
「うるせぇ!」
今度は、女の子の声が聞こえてきた。よく見ると最後尾にいる男は、サイドで巻いた赤い髪の女の子を抱えていた。
やがて男達は、森の奥へと消えていった。
...どうしよう。アレンがさらわれてしまった。身体が動かなかった。
アレンを守ると誓ったのに、これでは同じだ。あの時と...。
ガサッ
また身体が凍りつく。近くの茂みに、誰かいる。まさか、男達の仲間?
お願い!こっちに来ないで‼️
ガサガサッ
しかし、私の祈りも虚しく、その人物は姿を現した。
「え?女の子?」
私とその人物が同時にそう言った。
赤いワンピース、肩から剣をかけた、短い茶髪の女の子。
「私はジェルメイヌ、あなたは?」
「あ、えっと...リン...です」
「リン、ね。はじめまして」
こんな時だというのに、お城を抜け出しているのがバレる事を恐れて、ついそう名乗ってしまった。
そして、同時に思い出した。この子は、レオンハルトの娘。革命の英雄、ジェルメイヌだ。
「リン、シャルテット見てない?...えっと、赤っぽい髪で、くるくるの」
あー‼️そうだ!シャルテット!
男が抱えていた女の子。見覚えがあると思ったら、あれは、かつてのルシフェニア王宮のメイド、シャルテットだ。
「何か知ってる?」
「えっと、実は...」
私は事のあらましをジェルメイヌに説明した。
「はあぁ!?連れ去られたぁ!?」
ジェルメイヌが声を荒げた。
「うーん、よし!わかった!リン、一緒に探そう!アジト!」
「うん、あの...ありがとう」
子供とはいえ、その申し出はとても心強い。
「?お礼なんていいよ!ホラ、早く!」
「わ、わかった!」
こうして、私達は森の奥深くへと、足を踏み入れた。
「うーん...こっちも違うみたい」
前を歩くジェルメイヌがつぶやく。
探し初めてから、もう軽く一時間は経っただろう。アジトは見つからない。
そもそも、この広大な森を、子供二人で探すのは無謀な行為だ。
しかし、あまり森の奥にアジトを作っても、よほど森に詳しくない限り、一度森から出れば二度と戻れなくなるだろう。...それにしても
「ジェルメイヌ、よく迷わないわね...」
「私はよく来るからね。といっても、エルフェゴートの方までは分からないけど」
そう言って、ジェルメイヌは肩をすくめて見せた。
一緒に探すとは言ったものの、正直、私はいつもの通り道を少し外れただけで、周りの見分けがつかなくなった。
...要するに、ジェルメイヌの後ろをついていってるだけなのだ。
あ~!もう!!どうして私はこういう時に何も出来ないの!?
「リン、大丈夫?少し休憩しようか?」
よっぽど挙動不審だったのだろう。ジェルメイヌが心配そうにそう言ってきた。
「大丈夫、大丈夫!ちょっと、考え事してただけ...ん?」
その時、足元に白い何かが落ちている事に気がついた。しゃがんで近くで見てみる。
「どうしたの?」
ジェルメイヌも興味深そうに覗きこむ。
森の道に落ちていた物。本来ならば、あるはずのない物。
「貝殻?」
私とジェルメイヌは同時に声をあげた。
「あ、あっちにもあるよ!」
ジェルメイヌが指差した方を見ると、確かに十メートルほど先...いや、そのもっと先の方にも、貝殻が点々と落ちていた。
「何でこんなものがここに?」
ジェルメイヌは不思議そうにしていたが、私には分かった。
これはきっと、アレンがくれたメッセージ!
「ジェルメイヌ!この貝殻を追って行きましょう!この先にきっと、男達のアジトがあるはずよ!」
さっきまでとは違い、今度は私が前に立ち、貝殻を追って進んで行った。
あれからさらに、数十分は経っただろうか。
アレンは一体、何個貝殻を隠し持っていたのかと気になってしまうほどだ。
「!...あった」
やっと見つけた、男達のアジト。
それは、ボロボロの小屋だった。
窓からは、アレンの姿を確認する事が出来た。
「間違いなさそうね」
しかし、ここからどうすれば...
バキッ
「へ!?」
突然の破壊音。小屋の窓が壊されている。というかジェルメイヌがいない。一人で突入したのだろう。
...私に何が出来るか分からない。でも、今は行かなきゃいけない!
覚悟を決めて、小屋に飛び込んだ。
「...へ?」
「あなた達には、まだ未来があるッス!だから、こんなところで盗賊なんかしてちゃダメッス!」
「そうだよな...俺達間違ってたよ」
「ありがとう!目が覚めたよ」
シャルテットが俺達を改心させている。
ジェルメイヌ、それにアレンも、あっけにとられて、ただ眺めている。
「ようし!近くの村で、真面目に働いてみるよ!」
「そのいきッス!」
何だかよくわからないが、とりあえず二人は無事なようだ。良かった...。
ふと、一人だけ、うつむいている男が目に止まった。
「えっ!?」
その男が急に立ち上がったかと思うと、こちらに向かって猛スピードで近づいて来た。
「!リリアンヌ‼️」
私は男に抱え込まれた。
「ふざけるな!ここまで来て、今さらやり直せるか!!」
シャルテットの言葉は、この男には届いていなかったようだ。
「お、おい!もうよせよ!」
仲間の男がそう言っても、その男は聞く耳を持たない。
「フン!お前ら!ついてくんなよ!」
そう叫ぶと、男は私を抱えたまま森へ飛び出した。
「待て!リリアンヌを放せ!」
後ろからは、アレンとジェルメイヌ、シャルテットが追いかけて来ていた。
「チッ」
男は舌打ちしつつ、アレン達をどうこうすることなく、森を走り続けた。
普通の道ならば、大人の走るスピードに子供が敵うはずはない。だが、この男はあまり森に慣れていないようだ。常に一定の距離で、アレン達が見え隠れしていた。
「!行き止まりかよ...」
男は運良く、森から出ることが出来た。しかし、そこは戯れの湖と呼ばれる大きな湖だった。
「おっと、それ以上近づくなよ」
男が追ってきたアレン達にそう言った。
アレン達はその場で立ち止まる。
...私、何処かへ売られるのかな?
小屋からここまで、あっという間で何も考えられなかったが、急に怖くなってきた。
助けて...助けて!神様...‼️
そう、一心に願った時だった。
「もう!だめじゃない!こんな事しちゃ!」
どこからともなく、そんな綺麗な声が聞こえてきた。
「みんな悲しむよ?もうやめなよ」
その声は、まるで湖から聞こえてくるよう...いや、湖の上で緑色のコマドリが飛んでいた。声は、その鳥から聞こえていた。
「ま、まさか...精霊!?す、すみませんでしたああぁぁあ!!!!」
男はそう叫び、私を地面に放り出して、一目散に逃げていった。
...た、助かった。
「リリアンヌ!大丈夫!?」
すぐにアレンが駆けつけて来る。
「うん、大丈夫よ」
アレンが胸を撫で下ろす。私の無事を確認した後、その場にいる全員が、一斉にコマドリの方を向いた。
「良かった!無事みたいで!」
コマドリはまた喋った。姿はどうみても、ただのコマドリだ。男は精霊と言っていたが...
「ミ~カ~エ~ラ~?」
また、後ろから別の声がする。振り返ると、今度は人間...いや、禍々しい妖気を放つエルルカが、そこにいた。
って、ミカエラ?この鳥が?
「ミカエラ、ここは来てはいけないってエルドに言われたんじゃなかったの!?」
「ご、ごめんなさい!あの、この子達が...連れ去られそうになってて...」
「え?」
そこでエルルカは初めて、私達がいることに気がついたようだ。
「リリアンヌにアレクシル?それにジェルメイヌ...。こんなところで何やってんのよ?」
「えっと...」
連れ去られたのは事実だが、その前に私達はお城から抜け出しているのだ。
きっとエルルカも、それに気がついたのだろう。明らかに怒気を含んだ声でこう言ってきた。
「まあ、城に戻ってから、アンネにゆっくり話すことね。」
お、お母様に言うつもりかー!!
アレンの方を見ると、彼も青い顔をして、震えていた。...ま、いいか。一緒に怒られようね、アレン。
「あの、リリアンヌって?誰の事?」
ジェルメイヌが尋ねる。
「なによ、話してなかったの?家に帰ってレオンハルトにでも聞いてみなさいな」
「え?父さんを知っているの?」
「ええ、まあ...あーめんどくさくなってきた。いいから、全員帰りなさい」
「あ、あの、エルルカ様...僕ら、道分かんないんです」
アレンがまだ震えながら言った。
「はあぁ?ったく...わかったわよ、ついてきなさい!」
エルルカに連れられ、私達はお城(ジェルメイヌとシャルテットは自分の家)に、帰ることが出来た。そして...
アレンと二人で、こっぴどく叱られ、今は部屋に閉じ込められている。
「リリアンヌ、僕もっと強くなるよ。リリアンヌがさらわれた時、何も出来なかったから」
ふいに、アレンがそう言ってきた。
「え?で、でも...あのねアレン、私はアレンに、本当にやりたいことをやって生きてほしいの」
「ありがとう、でも、僕は一番、リリアンヌを守りたいんだ」
アレンはまたもや、さらっとそう言った。
「そっか...本当にありがとう、アレン」
それでアレンが幸せならば、私がどうこう言うことでもないか。
それに、きっともう、この部屋の暖炉をあんな気持ちで通ることは...ん?
暖炉の上に並べられた物の中に、私は見つけた。あの、手鏡があることに!!
「うりゃっ!」
急いで暖炉の中に放り込んだ。
このまま燃やして...いや、燃えないか。ここから出たら、エルルカのところへ持っていこう。
まったく、油断も隙もない。
アレン、やっぱりあなたの事は私が守る!
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想