気のせいだろうか。
ミクが来て以来、気が付くとカイトの視線が、彼女にばかり向いている気がする。
私との会話の内容も、ミクの事ばかり。
そりゃミクは可愛いし、見てて危なっかしいし?
それにしたって、何でそこまで気にすんのよ?
―Error―
第四話
「そう言うけど…メイ姉こそ、気にしすぎなんじゃない?」
「だよね」
レンの言葉に、リンも頷いた。
ここはベランダ。
言い忘れていたが、この家では家事は当番制である。今日の洗濯は私が担当する事になっており、ついでにリンとレンが覗きに来ている、という状況だ。
「そもそも、視線が気になるって、それだけカイ兄の事を見てるって事じゃん。俺は、そこまでマジになるほどでもないと思うけど」
「う、うっさいわね…」
「言い出したのはメイ姉でしょ?」
やれやれ、とでも言いたげなリンに、ちょっぴり殺意が沸いた。このガキめ。
あと、見てるくらいなら手伝え。
私がそう思ってるのを知ってか知らずか、彼女は尚も続ける。
「メイ姉ってさ、カイ兄の事、好きだよね」
「はぁ?!」
「リン!」
私が間抜けな声を上げるのとほぼ同時に、レンが咎めるように呼ぶ。
「何で言っちゃうんだよ!」
「えー、だって…面白いじゃん」
「いやいや、面白いとかじゃなくて!」
「…リン?」
落ち着こうとしたからか、思いの外静かな声が出て、2人がそっくり同じタイミングで肩を震わせて、同じ表情で恐る恐る私を見上げる。
「そんな顔しなくても、怒ってるわけじゃないわよ。…何を根拠にそう思ったの?リン」
「何、って言われても…」
リンは困ったように口ごもり、あれこれ考えた末、たどたどしく答えた。
「普段のメイ姉を見てたら、そうなんじゃないかな、って…」
「…そんなにわかりやすい?」
「うん」
2人は即座に頷く。
なるほど、そういう風に見えてるわけね。よくわかった。
「あのね、あんたたちがそう思うのは勝手だけど、そんな事ないわ。なんで私が、あいつに惚れなきゃいけないのよ。私たちに、そんな感情がプログラムされてないのは、あんたたちも知ってるでしょ」
「…ツンデレなら、レンに任せとけばいいのに」
「誰がツンデレだ!」
私とレンの反論が上手いこと重なる。
っていうかレン、あんたツンデレなの?どうでもいいけど。
「とにかく!私がカイトを好きとか、あり得ないから!大体、あいつ馬鹿だし、ヘタレだし、立場上弟だし!」
「…メイ姉」
突然、綺麗に揃った声で名前を呼ばれ、ドキリとする。
「な、何よ」
「私たちはボーカロイド…作り物なんだよ?血の繋がりなんてモノ、最初からない」
「姉とか弟とか、その方が都合がいいから、そういう風に認識するようにできてるだけ」
2人は真剣な目で私を見据えて、続きを口にする。
「メイ姉はカイ兄の事、本当に弟だと思ってるの?」
「っ…」
言い返せない。
あいつから姉と呼ばれるのを拒絶したのは、私自身だ。
どちらかといえば、後輩みたいに見てきたが、それだって正確なものかどうか。
「…ごめん、こんな事言って」
「でもメイ姉なら、絶対1人で悩むと思ったから」
返事がないのをどう思ったか、リンとレンはそう言うと、私をその場に残して去っていった。
彼らの手が繋がれているのに気付いて、何だか複雑な気分になる。
何が、1人で悩むと思ったから、だ。
まだまだ子供のくせに、生意気な口をきく。
「さっさと洗濯物を片付けて、一眠りしようかしらね」
普段からやっている事なのに、やけに時間がかかっているように感じる。
それでも、何とか全て干し終えて家の中に入ると、せいぜい30分ほどしかたっていなかった。
喋りながらの作業の割りに、随分早く終わらせていたようだ。
「あ、めーちゃん、お疲れ」
声をかけられるまでカイトの存在に気付かず、飛び上がりそうになる。
「ちょ、急に声をかけないで…って、何、それ」
「あぁ、これ?」
彼が苦笑して示したのは、カップアイス。
カップに印刷された文字は、バニラ味だと主張しているが、何か全体的に緑っぽい。
「なんか、知らないうちにミクが葱を混入させてたみたいで…でも案外いけるんだよね、恐ろしい事に」
困ったように笑うカイトは、それでも少し楽しそうで。
突然頭の中で、あの時の赤色が閃いた。
――深刻なエラーが発生しました。深刻なエラーが発生しました。深刻なエラーが発…
「めーちゃん?」
カイトの声に、はっと我に返る。
心配そうな顔が、すぐ近くで私を覗き込んでいた。
「どうかしたの?顔色悪いけど」
「え…あ、ううん、何でもないの!あの、私…ちょっと歌の練習してくるわ!」
それ以上何か言われる前に、廊下に飛び出し、部屋に駆け込む。
歌の練習なんか、できるわけがない。私は閉じたドアにもたれた状態から、ずるずると崩れ落ちた。
…深刻なエラーと言われても、別にミクをどうしたいとか、そんな変に壊れた感情は浮かんでこなかった。
体に異変があったわけでもない。
ならば、あのエラーは一体何なのか。答えは簡単だ。
「図星で悪かったわね…」
本来、マスター以外の人物に向けられたりしない筈の感情、さらにそれ以上の物を、カイトに感じてしまった。
リンとレンに言ったのは、ただの言い訳かもしれないけど、プログラムにないそれは、ただの異常動作だ。
なんで、あの2人にあんな発想ができたのか、不思議なくらい。
だから、言えない。
私が辛いのも嫌だけど、カイトを困らせる事になるのは、もっと嫌。
「どうしろって言うのよ…!」
誰もいない空間に向かって発した呟きに、当然ながら返答はなかった。
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