まだ短かった尾を折り畳み、幾筋の青い長髪の束が貝殻の櫛によって整っていく。心地好く、穏やかな時間だった。
あの時は自分で髪を結えなかったので、お気に入りの真珠の髪飾りをしかと握って、既に支度を終わらせているであろう姉の部屋にそろそろと入り、かみむすんで、と、たどたどしい言葉でお願いしたものだ。
姉は世話好きで、妹の私を慈しみ、愛しているのは肌でも感じ取れた。仕方ないわね、と弾んだ溜め息にのせて、私の髪を繊細に扱う。
きっと私は、その雰囲気の温もりに浸かって、甘えていたのだろう。自力で全ての身支度を出来るようになってからも、何日も、何年も、毎朝姉の部屋に通い詰めた。姉も柔らかい文句と包み込むような叱咤と共に、私が髪を結ってもらう時に使用する椅子をそっと置いた。
物識りな姉。たった一つの、生きている本。今日は何を教えてくれるのか、何を話してくれるのか。抑えきれない好奇心が私の身体を揺らす。
そう、あの日もそうだった。
「ミク、貴女の髪の色は海に縛られているようね。」
ゆっくりと、儚げに、頭の上からそんな言葉が舞い降りた。はてな、と首を傾げつつも、椅子にもたれて尾を伸ばした。姉は更に続ける。
「海にも、人魚にも愛されている証拠よ。貴女になら安心して、任せられるわ。」
暫くして、人魚宮殿第一王女はこの世界を永久追放された。国王、お父様がおっしゃるには、人間と『愛』し合った罰であり、罪であるとのことだ。
慎重派とも言える姉が犯した禁忌。それは波に消えることなく、突如として私と姉の別離を生み出した。
コメント0
関連動画0
ご意見・ご感想