手紙が来ないと言う事を理由に、私は彼を忘れることにした。手紙をすべて処分して、彼が居たと言う痕跡を全て、徹底的に処分した。残ったのは記憶の中の彼だけであった。胸の奥が空っぽになったようで、でも不思議な重さがあった。深夜になっても眠気はやってこない。それでも電気を消して、布団に潜り込んだら、涙が止まらなかった。
――すべて消してしまえるか。記憶は消せない。消せないものがあるなら、全て残しておくべきだったと後悔した。彼の残したものは多かった。手紙とともに送られてきた写真、気に入った絵葉書に書いて送ってきた近況――。
彼の中で埋没したかった。彼の心の中で、ありふれた存在になりたかった。食事の時にふと手に取るコップのように、自然な存在でありたかった。そうなれなかったのだから――私の中で彼を埋没させてあげればよかったのだ。
私はそれで救われたのだ――救われた気がする、きっと救われたろう。自分の愛する人の首を絞めるような行為を、後悔しないものがいるだろうか。
私は彼を忘れるきっかけが欲しかったにすぎないのだろう。心よ枯れろと、唱えたかっただけなのだろう。
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sunny_m
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はじめまして。sunny_mです。
product16さんの文章、読ませていただきました。
くっきりと輪郭を切り取った影絵のような、状況の切り取り具合がとても鋭利で綺麗で、おおお!となりました。
このお話の苦い思いを抱いた女性も素敵ですが、フラーレンより複雑。の語り口の男の子の感じも好きです。
いつか、景色の断片だけではなくひとつの連なった物語も読んでみたいです。
それでは。
2010/02/10 22:55:51