僕は棺桶に横たわる親友に花を供えた。たくさんの花に包まれた親友は病気で苦しんでいたとは思えないほど、穏やかな顔をして横たわっている。
不思議と涙は出ないでいた。悲しいはずなのに。
 思えば、こいつからは励ましてもらってばかりいた気がする。元来女運がない僕が騙されていたことが発覚した時、こいつは病室で笑いながら、「いつか俺がいい女紹介してやるって。お前にぴったりなヤツ。きっとお互いに気に入るよ」とまるで目星がついているかのように言ってくれていた。だけど、こいつから紹介してもらえないまま、約束は果たされないままで…いや、約束なんてどうだって良かった。まだまだこいつに話したいことがたくさんあったような気がする。話さなくてはいけないことも。だけど、それはもう叶わないのだと思った時、その時になってようやく涙がこぼれた。
 親友に花を供えたあと、僕は何をするでもなく、タバコをくゆらせながら参列者の列を眺めていた。
僕と年の変わらない世代から、いくらか上の世代、下の世代と、幅広い年齢層が親友の式に参加し、涙していた。
その中に、彼女はいた。
次から次へと溢れる涙を隠そうとも、拭おうともしないまま列に並び、親友に花を供えた彼女は列から離れると僕とは違う場所から参列者を眺めていた。一緒にいたのは友だちだったのだろうが、その人と一緒に帰ろうとはせずに一人残り、背筋を伸ばしたまま、彼女はただ参列者を眺めながら、時折涙を流した。
 わけもなく、彼女に話しかけたくなった。自分と同様に参列者を眺める彼女には何が見えているのか。
親友に言われた「ピッタリなヤツ」という言葉が唐突に頭に浮かんだ。僕はゆっくりと歩み寄り、声をかけることに成功した。
「…えっと、この度はどうも」適切とは言い難いが、それが精一杯だった。
彼女は僕に会釈して言う。「彼の友だちですか?」
「うん。…君も?」
「はい」
会話が途切れた。僕たちは黙ったまま、その場で参列者の列がなくなるまで眺めていた。

 月命日になると、僕は入院中に酒やタバコやとよくぼやいていたあいつの墓にビールとタバコを供えた。
僕がくるより先に花が供えてあることもあったりした。なんとなく…だけど、ほぼ彼女だと確信して思った。あの葬式の日に一緒に参列者を眺めていた彼女。
親友の墓の前でタバコを吸いながら、「ひょっとして、あの人か?」なんて口に出してみたりもしたけれど、当然返事はなくて、根本まで灰になった親友のタバコを携帯灰皿でもみ消した。
 帰り道、花屋から彼女が出てきたような気がした。

 一回忌を迎えた日、僕は変わらずにタバコと酒を墓前に供えた。墓石に寄りかかってタバコを吸っていると、花束を抱えた彼女が来て僕に会釈した。
やっぱり、彼女だった。彼女が抱えていた花束は毎月供えられている花と同じで、それだけで判断するには足りないかも知れないけれど、僕には十分だった。
 彼女は花を供えて墓石に手を合わせると、「タバコ、もらえる?」と言ってきた。
一本渡し、火を付けてやると彼女は一気に吸い込んで、ムセた。ケホケホと咳き込みながら、火の付いたタバコを墓石に供え、ひとしきり咳き込んだところで落ち着いたのか、僕に向き直った。
「よくあんなの吸えるわね」
「初めてだったんでしょう?いきなり肺に入れるからだよ」
そう言って笑う僕に頬を膨らませる彼女はとても魅力的に見えた。
「でも、ありがとう
あいつ、病院でタバコ酒タバコ酒ってうるさかったからさ」
僕は一本しかやらなかったから、きっと喜んでるんじゃないかと思う。
「あら、二人とも…今日は一緒に来てくれたの?」
 唐突にかけられた声はあいつのお母さんのものだった。
たまたま一緒になったんだということを告げると、「良かったらウチに寄っていかない?二人にあの子から預かっているものがあるの」と言った。特に予定もないため、断る理由もないので言葉に甘えてお邪魔することにした。彼女も同様だったらしく、僕の後ろについて歩いた。
 家に付くとコーヒーと茶菓子を出され、ちょうど僕たち二人の間に一冊の大学ノートを置かれた。
「あの子が亡くなる前日まで何か書いてたの
今日二人が来たら渡してくれって、笑いながら言ってたわ」
 ノートには僕たち二人のことがお世辞にもキレイとは言い難い文字で左右のページに分けられて書かれていた。
彼女のことまで読んでいいのか、ためらいはしたけれど、すでに彼女は僕の項目を読んでいたのでお構いなしに読むことにした。
--不倫相手に騙されたって、流産したって、それでも信じることを辞めない人--
--浮気されて二股かけられて、男運も男を見る目もないけれど、だからこそ、大事にしてくれるヤツに出会って欲しい--
--やっぱり、二人を会わせたい。それとなく言っておこう--
 最後のページには更に汚い字でこう書かれていた。
--これを読んでるなら話は早い。二人とも、目の前にいる人をよく知ればいい。きっとお前らはお似合いだから--
 してやられたと思った。まるで手の平で転がされていたような気持ちになった。けれど、それはけして嫌な気持ちではなくて、僕は彼女を見た。
彼女も僕を見た。
「だってさ。どうする?」
「…わからないよ。けど、とりあえず、お腹…すかない?」
「あぁ、そういえばすいたね」
「彼には、来月報告すればいいじゃない」
「そうだね
とりあえず、一緒に飯でも食べに行こうか」
 あいつのお母さんにコーヒーと茶菓子の礼をして、仏壇に手を合わせた時、少し悔しかったので心の中で舌を出してやった。


 僕は墓前に花を供えた。
口にくわえた禁煙パイポと手に持ったビールを墓石に置いて、禁煙の報告と禁煙に強制的に突き合わせることを告げて、坂の下で待つ彼女のところへと歩いて行った。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

遺された想い

友人にプロット作ってもらって書いたものです。
普段、自分ではプロット書きません。

閲覧数:26

投稿日:2013/02/21 22:15:26

文字数:2,401文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました