「女王陛下からの招待状っス。確かに渡したっスよ。」

ひらひら、と『庭師』はパールに向かって何も持っていない手を振ってみせる。

「そろそろ仕事に戻らにゃならんっス・・・鋏を取ってもいいっスか?」

言いながら、答えを聞く前に『庭師』は鋏を手にしている。
このマイペースぶりがパールの気に触るのだろうか?青筋が増えている。

「まぁ、鋏なんて単なるお飾りっスけどね。薔薇の世話に鋏はいらない。ただ、持ってるのがルールなんっスよ。」

鋏をエプロンのポケットに仕舞った『庭師』が、左袖を捲り上げる。
一瞬、その腕に無数のムカデが這っている錯覚に襲われた。
よくよく見れば、その腕を飾っているのはムカデなどではなく、眼を背けたくなるほど無数につけられた傷痕であることが判る。
まるで無数の有刺鉄線を巻きつけて引き絞ったような傷痕だ。

「さぁ、『餌』の時間っス。」

次の瞬間、僕の想像がそれほど外れてはいないことを知った。
ぞろり、と。
無数の薔薇の蔓が生垣から伸び、その左腕に巻きついたのだ。
棘まみれの蔓は、まるで雑巾でも絞るかのように左腕を絞り上げる。

「ぅう・・・ぅぁ・・・。」

『庭師』の唇から苦鳴が漏れるのもお構いなしに、左腕だけでは物足りないのか、全身に巻きつき、引き絞る蔓。
人の声とは思えない、金属じみた絶叫が耳を突き刺す。
既に『庭師』は植物の一部のようになっていた。
それと同時に・・・。

「薔薇、が・・・。」

淡雪のような純白の花弁が、恥らうようにほんのり朱に染まっていた。
そして、みるみるうちにそれは深紅へと変遷する。

「白い薔薇に『餌』を与えるのが『庭師』の役目っス。女王陛下は紅い薔薇がお好きっスから。白薔薇は望まれていないっスよ。」

ようやく満足した様子で離れていく蔓を見ながら、『庭師』が呟く。
衣服のあちこちが破れ、擦り切れて、ほぼ全身が紅く変色していた。

「痛いっスよ。痛くて痛くて泣きたくなるっス。自分の望みのためじゃなくて、他人の望みのために自分を削るっス。それが嫌で抗ったら、今度は周りが直接攻撃してくるっスよ。お蔭でほら・・・・・・・・・ずたぼろっス。」

自嘲気味に、彼女は両手を広げてみせた。

「でも、ウチはそれを誇ってるっスよ。何を吹き込まれようと叩き込まれようと、ウチの内側は絶対に侵食できない。知ってるっスか?月隠 凛歌は、対人関係でイヤな事があると、自分の腕に爪を立てるっスよ。爪を立てて、ゆっくり力を入れていくっス。力を入れていって、最初に痛みを感じる場所が『自分自身』の境界。ここから内側は、何者にも侵食されない。この痛みさえあれば自分は自分を保っていられる・・・・・・そう思ってるっスよ。どうしようもないっス。どうしようもなくお馬鹿っス。それでも誇っているっスよ。」

自嘲の色を滲ませて笑うその虚ろな眼は、果たして失血のためだけなのか。
『庭師』が俯いた瞬間・・・・・・。
ざわり

『来タヨ・・・』

かさり

『猫・・・』

かさこそ

『・・・ちぇしゃ猫・・・来タ。』

かさ

『気ヲツケテ・・・気ヲツケナイト・・・。』

かさ、こそり

『・・・猫ハ、気ヲツケナイトイケナイ。』

どこからともなく聞こえてくる、薄紙を擦りつけるような音と歪な囁き合いがあたりに反響した。

「薔薇が喋るのが珍しいっスか?」

『庭師』が平然としているあたりを見ると、この話し声の主は薔薇であるらしい。
そして、薔薇が喋るのは当たり前のようだ。

『帯人・・・ちぇしゃ猫・・・。』

『聞イテ、聞カナイトナラナイ・・・。』

『一番目ア・・・乱暴・・・
 む・・・た手に不思・・・に
 会・・・全てをた・・・せ
 女王・・・に・・・着いた
 ・・・アリスは・・・いに
 薔薇の・・・に囚われ・・・
 棘の苦痛にさ・・・がら
 報いの痛みを知る・・・なる』

歌。
薔薇達は歌う。
不吉に、謡う。
かさこそと葉をさざめかせながら。

『二番・・・スは片目猫
 兎に・・・れ・・・の国
 彼・・・スを探すた・・・
 心の欠・・・集め・・・た
 そんなアリスは死・・・る
 イカレた男・・・殺され・・・
 ・・・手の娘に・・・て
 薔薇・・・て進んでゆく』

『さ・・・目アリスは読・・・子
 猫とい・・・に不・・・の国
 猫の旅に・・・って
 ひっそ・・・を護っていた
 そん・・・スは国の外
 本の頁・・・書をして
 猫の運命・・・た・・・
 代・・・とし・・・びていった』

『気ヲツケテ・・・』

それきり、薔薇は沈黙する。
指先でつついても、何も反応を返そうとしない。
何か、違和感があった。
今の『歌』についてもだ。
メロディは『人柱アリス』に酷似しているが、歌詞はまったくの別物だ。
それ以上に・・・・・・。

「配役が、違う。合わない。」

招待状を受け取るのは、『双子』で『黄色いハート』のスートを持つ、『四番目アリス』のはずなのに、『青いスペード』のスートを刻印された僕に、招待状が渡されている。
そして、招待状の送り主は『幼い娘』で『女王』になった『緑のクラブ』のスートを持つ『三番目アリス』のはずであるが、『緑のクラブ』のスートを持つアマルは、ここにいる。

「『女王』は、誰?いや、それよりも・・・。」

一番目と、四番目は、誰だ?

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

欠陥品の手で触れ合って・第二楽章 25 『Dolore』

欠陥品の手で触れ合って第二楽章・25話『Dolore(ドローレ)』をお送りいたしました。
副題は『痛み』です。
『庭師』が体現するものは、『痛み』なのですね。
そして、今回は喋る薔薇が出てきます。
彼らの『歌』は今後の伏線となっています。
それでは、ここまで読んで下さり、ありがとうございました。
次回も、お付き合いいただけると幸いです。

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投稿日:2010/12/01 23:21:12

文字数:2,213文字

カテゴリ:小説

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