何も、私は最初から同性の血を求めていた訳ではない。
他のヴァンピール達と同様に、私も最初は人間の男性の血を求めていた。
それが普通の事だと思っていたし、それ以外の選択肢を私は教わっていなかった。
ところが、その当たり前の事が、二ヶ月前から出来なくなってしまったのだ。
理由は至極簡単で、要は男性恐怖症になってしまったのだ。
付き合っていた男のヴァンピールと酷い別れ方をした事が、その原因なのだと思う。
自分では何とも思っていないと強がっていたのだが、長年付き合い続けて来た相手が、いともあっさり自分を捨てて別の女の方へと流れていったのは、想像以上に私を痛めつけた。私はその男にとって「都合の良い代用品」だったのだという事実を突きつけられる事は、本当に辛いものだった。
それ故、なのだろう。
男に捨てられてから、私は幾度か人間の男を誘惑し、その血を吸おうとしたのだが、後少しの所で、いつもストップしてしまうのだった。
それどころか、今では男性の匂いを、たとえそれが男物の香水で隠されていても、間近で嗅ぐだけで、耐えられない嫌悪感に苛まれるまでになっていた。ヴァンピールという種族の嗅覚の鋭さを、初めて呪ったほどだ。
けれど、ヴァンピールは血を吸わなければ生きて行けない。血を吸わずに居続ければ、いつか干上がってしまう。
実際、血を吸わない日が一週間も続くと、私は耐え難い空腹に襲われていた。
男の血が吸えないのならば、女の血でも良いだろう。そんな考えを妥当だと思ってしまう程に、私は切羽詰っていた。
初めて人間の女性の血を吸った時には、自分の持っている服の中から、男性が着ていてもおかしくない様な服を選ぶのに本当に苦労した。実際、危うく犠牲者にも、もう少しで女性だとばれてしまうところだったのだから、これは大げさな話ではない。
それ以降、私は男物のスーツを通販で購入し、それを隠れ蓑にして女性に近づく事にしたのだった。胸潰しは、最初はいらないとも思っていたのだが、段々と気になり始めて、女性の血を吸う様になって二週間目には購入していた。
男物の香水を購入したのも同じ時期だ。これなら、女性としての匂いも、またヴァンピールに特有の死人の様な臭いも消せると考えたし、実際、それはかなり成功していたのだと思う。
女性の血を吸う事には、勿論抵抗はあった。けれども、最初の犠牲者の血を吸ってしまってからは、もうどうでも良くなってしまった。血は、誰の血でも同じなのだ。
そう考えるのは、箍が外れているからだろうか。
もともと、私には異端の気質があったのかも知れない。
ヴァンピールという異端の集団の中でも、異端を受け入れやすい、そんな性質が知らず知らずの内に育まれていたのだとしたら、おかしな物だと思う。
案外、自分の事を一番理解していないのは、自分自身なのかも知れない。
そう考えるより、他には無さそうだ……。
フッと暗闇の中で目が覚める。
自分が闇の中で独りなのではないかと心配になって、ソッと横の空間に手を触れる。そこには、はっきりとした膨らみがあったので、社長がちゃんと居るのだという事が判った。
その事に安堵はしたのだけれど、私はこのままもう一度眠れそうにもないなと思って、静かにベッドから降りると、洗面所へ向かった。
洗面所の小さな窓から、月の光が差し込んでいた。
私はその光を浴びながら、目の前にある鏡の前でホウッと溜息を吐いた。
社長にトイレで介抱されて、二人でお互いの血を吸い合った時、私は今までに感じた事がない程の甘美な感覚に襲われた。
それは麻薬の様に、私を抱いて離さなかった。
社長が私の事をどう思っているかは判らない。もしかすると、重宝する編集者が一人増えたと思っているだけなのかも知れない。所詮、私は社長のテイスティングに偶々合格しただけなのかも知れない。
けれど、私はもう既に、社長が居ないと生きて行けない。勿論、そんな事を彼女の前では口が裂けても言えないのだけど。
「同性同族の血を吸う事を、異端者だと言う者はいるだろう。どの世界にも、妙な事を純粋だと思っている輩は沢山いるんだから。でも、そんな指標が本当に私達ヴァンピールにあるのかな?」
あの夜、誘われるがままに社長の出版社兼自宅で、自分の中に蟠っていた物を吐き出すと、彼女はそんな事を言った。
その言葉をゆっくりと反芻しながら、私は月光に照らされた自分の身体を見つめている。
初めて社長と出会った時から、髪を短くするのは止しているので、今では肩の辺りまで伸びている。
あの男に捨てられた時と同じくらいの長さになっているのが皮肉だけれど、特に惨めな気分にはならない。
洗面所の鏡に映る一糸纏わぬ姿は貧相で、顔もどこか冴えない。けれど、男装をしていた頃よりも幸福そうな顔付きにはなっている。
私はその顔を鏡に近づけて、フゥッと吐息を吹きかけてみた。
吐息は鏡に当たって、僅かながらに跳ね返る。すると、先程まで吸っていた社長の血の残り香が僅かに漂った。
その香りを嗅ぐと、何故かとても興奮した。その事実が恥かしくて、私の頬は火照る。
「君は、思った以上にウブなんだね」
ある時、社長が呆れた様に言っていたが、実際そうなのかも知れない。多分、私は何千何万回と社長の血を吸っても、ウブなままなのだろう。
私はきっと、社長に恋をしてしまっているのだ。それこそ、少女小説の主人公か何かの様に。
「でも、それで幸せなんだから、良いんじゃないかな……」
私はポツリと呟いていた。
自分で信じたい事を信じ続ける事は大変な事だ。
けれど、今、目の前にある幸せなら、何とか信じられる様な気がした。
「この幸せな時間が、ずっと続きますように……」
祈りにも似た口調で、私は唱えていた。
途端に、後ろから声が聞こえた。
「勿論、ずっと続くさ」
社長の声だと判ったのと同時に、後ろから手が伸びて来て、優しく私の左側の乳首を摘んだ。
その心地よい感覚を味わいながら、私はそっと、目を閉じた。
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