私が屋上に着くと、話すのに邪魔にならない様にするためか、初音さんは丁度荷物を置いているところだった。私が来た事に気付き、振り向きつつ笑顔で声を掛けてくる彼女。
「あ、早かったね。」
「他に用事も無かったから。それで、ゆっくり話したい事って何かな?」
まだ最悪な気分を引きずっていた私は、早く終わらせてしまおうと考え、彼女に用件である『私とゆっくり話したい事』とやらの内容を聞く。すると彼女は再び先程教室で見せた真剣な表情になり、
「あの、この前はごめんね。わたし、菊音さんの事も考えずに勝手に話進めちゃってたから、怒るのも当然だよね。ほんとごめんなさい。」
と言って頭を下げて謝罪してきた。私はそれを聞いて思わず、え、と間の抜けた声を出す。

 実は私は、彼女があまりに真剣な表情だったために、一体何を言われるのだろうかと身構えていたのである。それなのに、いざ聞いてみたらその内容がこの前の謝罪だった、という事に拍子抜けしたのだ。だから
「なんだ、その事ならもう気にしてないからいいよ。私が部活に入りたくないっていう事はちゃんと分かってもらえたみたいだし。話したいって事がそれだけなら私帰るね。それじゃ。」
と笑顔で言った後、彼女に背を向けすぐにこの場から立ち去ろうとした。しかし、その後の彼女の言葉に、思わず歩みを止めて振り返る。
「待って! 話したいのはそれだけじゃないの。あのね、実はわたし、あなたがなんでそこまで部活に参加するのを嫌がるのかがどうしても気になって、少しあなたの過去を調べてみたの。」
「っ! …それで? 何か面白い事でも分かった?」
私のそんな皮肉を込めた言葉にも、彼女は怯まず続きを話す。
「そしたら、中学時代のある時を境にあなたが辛い思いをした事、それが終って高校に入ってからはあなたが周りに対して以前と全く違う振る舞いをし始めたり、他人と距離を置く様になった事が分かって…。正直ここまで調べるのも結構苦労したの。あなたがかなり完璧に自分の存在を周りから遠ざけてたから、当時と今のあなたを両方知ってるっていう人が居なくてさ。だからこうしてあなたと話すのも遅くなっちゃって。」
そこまで一気に言うと、彼女は少し話し疲れたのか、一息ついてからゆっくりと言葉を紡ぐ。
「わたし、自分の基準でしか、考えてなかった。あなたに何があったか知らなかったとはいえ、あんな風に言ってごめんなさい。」
そして言い終わると同時に先程よりさらに丁寧に頭を下げる。

 私はただ無表情で黙って話を聞いていた。だが、しばらくして彼女が顔をあげたのを機に
「言いたい事はそれだけ? だったら用は済んだでしょ。私もう帰るね。なんか気分悪くなったからさ。じゃね。」
と不機嫌を露わにした状態で吐き捨てるように言った後、再び背を向けて帰ろうとする。しかし、
「まだ話は終わって無いよ! ここからが本題。」
そう言った彼女に手を掴まれ、強い力で引き留められたのでそれは叶わなかった。そして彼女はそのまま私を自分の方に引き寄せて顔を向き合わせる形にした後、その翡翠色の綺麗な瞳でしっかりと私の目を見つめながら話し続ける。
「あなたは人と関わる事で辛い思いをしたかもしれない。でも、だからって『一人で居る方が良い』なんて考えは、わたし、やっぱり間違ってるって思うの! 人は一人で居るよりも、嬉しい事や哀しい事を誰かと一緒に分けあった方が楽しめるんだよ? あなたも昔はその楽しさを知ってたんじゃないの? もう一度それを思い出して、楽しんでみようよ! これからもずっとそのままじゃ、寂しすぎるよ…。」
そこまで言い終わると、少し哀しげな顔で黙ってこちらをじっと見つめる彼女。どうやら私の返事を待っているらしい。

 そんな彼女に対して私は、いつもの演技をする事をやめて完全に素の自分に戻り、フフ、と冷たい笑みを浮かべながら、
「ま、確かにキミみたいな誰からも好かれる人にとってはそうかもね。そして私も昔はそう思ってた。でも今ではそう思わない。【あの時】、集団のわずらわしさを嫌というほど思い知らされたから、ね…。だから私は決めたの。これからはずっと“独り”で過ごしていくって。」
と正直に話していく。彼女が私の過去を調べてすでに知っているのなら、演技しても無意味だと考えたからだ。そして最後に無表情に戻ってから、
「別に私は一人で平気だし、もう寂しいとも思ってない。むしろ今はその方が好きな位だよ。余計な同情なんていらないから、放っといてくれない?」
と締めくくって突き放す。

 そう、私は中途半端な同情なんて大嫌いだった。私の苦手な集団というものでもよくあった事だからで、そんなものは自己満足の偽善であると感じていたのである。しかし、どうやら彼女の場合それとはまた違っていたようで、強い調子で私に言い返してきた。
「放っとけないよ! これは同情なんかじゃなくて、『あなたと一緒に部活やってみたい』っていうわたしの気持ちから言ってるの!」
「またその話? しつこいなぁ。だから、私は一人で居る方が」
「それは嘘だよ。」
なんだ、まだ諦めていなかったのか、と多少呆れながら私が言いかけた言葉は、彼女がきっぱりと放った一言によって遮られる。そして異論を唱えようとした私に口を挟ませずに、彼女はその理由を語っていく。
「だって菊音さん、なんだかんだでわたしに付き合ってくれてたじゃない。もしほんとにそうだったら、ただ無視すれば良いだけのはずでしょ? ここから先はあくまでわたしの推測だけど、本当はあなたも誰かとふれあっていたかったんじゃないの? でも同時に、『また自分が否定されるかもしれない』という事が怖くもあった。だから、『自分は一人で居る方が好き』と言い聞かせて他人から遠ざかる事を選んだんじゃない? 違う?」
「っ!? 違う、そんな事、ない…。」
私は俯いて力無くそう言うのが精一杯で、あとは何も言えなくなる。
もっと強く否定したかったが、できなかった。なぜなら、彼女の話にここ数日私を悩ませていた疑問の答えがある事に気付いてしまったからだ。
 いや、本当は自分でもとっくにその答えに気付いていたのかもしれない。ただ、それを認めてしまうのが嫌だったから、ごまかしなんかじゃないと思いたかったから、気付かないふりをしていただけで…。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

闇を照らす光 7 ~本当の気持ちは・後編~

お、終った…。やっと投稿できたよぅ(T-T)
途中風邪でダウンしたりもしましたが、自分で「なんとかまとまった」と思える所までこれたので投稿です。
あぁ、でもまたラストまで書けなかったよ…orz 次こそ最終話になる、はず(^_^;)

引き続き完結に向けて精進します…。

最後までお読み下さり、ありがとうございました!

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投稿日:2010/07/19 13:56:11

文字数:2,611文字

カテゴリ:小説

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