24.鼓動…… 目覚めの予兆
慌てふためくトラボルタとは対照的に、ミクは変わぬ表情で目の前のソレを見ている。
それは彼女の静かなる意思表明だったのだろうか。
老人も本当はわかっていた。”逃げる”という選択など無い事に。
それは、力量差により逃げる事が不可能。という事もあったが、
もしも、運よく逃げられたとしても、ノイズはつまり自分たちを追って来るだろう。
大切な人たちの暮らす”クリプトン”まで……。
なんにせよ、デッドボールが最凶最悪の兵器を出してきたその瞬間、退路は断たれていた。
「崖っぷち……じゃな」
思わず口から漏れ出た言葉は、皮肉にも現在の状況を的確に比喩していた。
雑音と名がついた兵器は、封印の隙間から、ほのかに光る少女の姿を捉えた。
縫われた口が微かに糸の緩み分だけ動き、ぎしぎしと筋肉が動く音が聞こえる。
わずかに開いた口からは、冷たい息と音が地面に向かって、漏れてきた。
頑丈に拘束された表情だが、その場にいる者は皆一様に理解できた。
――笑っている
だが、それは好意的なソレではなく、好奇心――
まるで、赤子が目の前のおもちゃを見つけた時のような……。
あれ程注視していた恐怖の対象の姿が、一瞬でその姿を消した。
トラボルタは、条件反射的に背筋に悪寒がはしる。
ただの一文字も浮かぶ暇もなく、
自分の直近に立っていたミクが右後方へ吹き飛ばされるのが見えた。
ノイズは老人と子供には目もくれず、自分の遊び相手になりそうな少女を追っていく。
当のデッドボールも目の前で、少女が吹き飛ばされた光景に驚いていた様子だった。
すっかり冷めた頭で、凶気の人は必死に思い出そうとしていた。
――なんで、俺、あんなモン持ってたんだっけ? あれ?
さっき殴られたせいか……? でも、自分の名前も覚えているし、
あれは、確かに”ノイズ”だ。何度か見た事は……ある……はず……
あれほどの事態が目の前で起こっていたにも関わらず、それに目もくれず、
頭を抱えているデッドボールに違和感をおぼえながらも、
老人は、とりあえずは、ミクの容態の方が圧倒的に気がかりだった。
仲間たちとは少し離れた場所で、土ぼこりをあげながらも、
ミクはなんとか体勢だけは保っていた。
圧倒的な速度の初撃も、圧倒的な反射神経で見事にガードしたものの、
体重の軽さが故に、地面にとどまりきれずに、宙を舞うに至っていた。
にわかにプレッシャーを感じ、視線を上にあげる。
月の光を浴びながら、こちらに向かって来る”悪魔”の姿がはっきりと見えた。
後方へと飛びあがり、なんとか衝突は免れたが、悪魔の目は依然少女を捉えて離さない。
電撃をまとった少女も、折れた刀を構えて、臨戦態勢を整えた。
すさまじい衝撃音が、辺りに響いた。
――ミクさん!!
少年は、遠くから衝突する二つの光を見つめながら、少女の名を祈り続けていた。
少年の耳には、依然として心が揺らぐような雑音が、届いている。
言うまでもなく、あの悪魔から発せられている音である。
だが、そこに新たに、別の音がわずかながら混ざって聞こえてくる。
それは、小さく、拙いが、まるで鼓動しているかのような…… 音。
音階が浮かぶ。旋律も――。
かろうじて、悪魔の攻撃をしのいでいるようにも見えるミクであったが、
その細い体には、いくつもの傷が次々と新たに刻まれていった。
もはや人間離れしたその戦いに、老人は助けに割って入ることもできずいにいた。
「ミクは本当に信じられんほど、よく戦っている。しかし、時間の問題じゃ……。
くっそー、もう詰んでおるのか? 終わりなのか?」
「トラボルタさん!! トラボルタさん」
隣から聞こえた声で、我に返った老人は、少年の方を見た。
「なにか…… なにか様子が変です。音が……」
「音?」
少年が最後に口にした”音”の変化には全く気付けないが、
確かにノイズの様子の変化は、目視でしっかりと確認できた。
あれほど激しかった攻撃の手を、ピタリと止めてしまっている。
目の前には、傷だらけのミクがで膝をついている。
――なんじゃ? このわずかな間に何があった?
「……怯えて……いる?」
すぐ隣から聞こえてきた少年の声に、老人は耳を疑った。
――怯えておるじゃと? そんなはずはない。奴らにそんな感情など……!!
トラボルタにあるひらめきが。
――おなじ……なのか? やつらも……
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