発想元・歌詞引用:U-ta/ウタP様 『創世記』
「サナファーラ」
目を閉じたまま、誰かに呼ばれた気がしてサナファーラは意識を取り戻した。
「あたたかい。気持ちいい」
さらりと乾いた感触が、手と素足に伝わってくる。
「あたし、風になれたのかな」
「サナファーラ! 」
確かに声がした。
はっとサナファーラが目を開けると、昨日菓子を渡してくれた巫女の顔が飛び込んできた。
「え! 巫女さんも風になったの!」
さすが巫女だ。生きながら風になれるとは。
そう思ったサナファーラの手を巫女がぎゅっと握った。
「よかったぁぁ」
手?
気がつくと、サナファーラには手がある。足もある、体もある。つまり、まだ生きている。
激しく、落胆した。
「なぁんだ、まだ、生きてる」
「なぁんだ、じゃないよ! 心配したんだから!」
おさげの髪を振り、巫女がぎゅっとサナファーラをにらんだ。
「村中総出で探したんだよ! 祭りどころじゃなかったんだから!
大樹の根元にずっといたなら、あなたを捜している太鼓の音、聞こえたでしょう?」
サナファーラはうつむく。
「あたし、風になりたかったのに」
「そんなの、いつか絶対なれるじゃない! 」
「今すぐなりたかったのに! 」
がばっと顔をあげたサナファーラに、巫女がはっと目を見張る。
サナファーラの、鳶色の瞳と、巫女の群青の瞳がぶつかった。
しばらく、互いの目を見つめあった。
そういえば、と、サナファーラは気づく。巫女に握られている自分の手は、爪の間もきれいにされている。
薄い掛布からはみ出した自分の素足も、泥に突っ込んでいた筈なのに、そんな形跡はみじんもない。
「サナファーラ。私、あなた好きよ」
へ?
唐突な巫女の言葉に、サナファーラは声を失う。
「全然、話したこともないのに? 」
「うん。私、あなたが好き」
へ?
サナファーラの頭は混乱だらけだ。
「風になるの、邪魔して悪かったけど、風になっちゃったら、もう『サナファーラ』じゃなくなっちゃうじゃない。
生きている時にどんな人であっても、死んだらみんな、『土』。『風』。
そんなのつまんない。
だからサナファーラ。私のために、ちょっとだけ寄り道して。
ね? いいでしょう? 風にはいつかきっとなれるから……ね?」
サナファーラは、口をへの字に曲げた。
なんてわがままなんだ。この巫女は。
そう言ってやると、巫女は、あははと笑った。
「サナファーラの顔、おもしろい」
「ちょっと! 」
ついに怒ったサナファーラが、ガバリと体を起こした。
寝かされていたベッドを飛び降りた瞬間、おなかがぐうっと鳴った。
「う……」
改めて、生きていることを思い知らされたサナファーラは、目を伏せてうつむいた。これで決定だ。あたしは、風になれなかった。あまりにもみじめだ。
「あ、そうよね! ちょっと待って! 」
サナファーラの表情に何を勘違いしたのか、巫女がだっと駆け出した。ばたんばたんといくつかの扉が開閉される音とともにすぐさま音を立てて戻ってきた。
「はい! 」
びっくりして巫女を見つめるサナファーラ。
巫女の手には、半分欠けた昨日の菓子が乗っていた。
「取り返したから! 」
どうだ、といわんばかりの巫女の笑顔に、サナファーラはあきれた。
「あ、ごめんね? 全部は、間に合わなくて」
サナファーラのあきれ顔を、全部取り返せなかった落胆と勘違いした巫女が、心配そうに謝る。
「……ちがうって」
ついに、サナファーラの顔に笑みが浮かんだ。
「巫女は、神様の言葉はわかるのに、人の心はあんまりわかんないんだね」
サナファーラがついにくすくす笑い出した。
「え? え? 私、なにか、おかしい?」
巫女がきょろきょろとあたりを見回すもので、サナファーラはますます笑った。
「うん。とっても。……巫女さんの、顔が」
「顔ぅ? 」
あはははと、ついにサナファーラが声をあげて笑い出す。
菓子を巫女の手から受け取ると、半分に割って一方をほおばり、もう一方を巫女に返した。
「取り返してくれたから。お礼」
もぐもぐと言いながら菓子を渡すと、巫女はきょとんとしながらも受け取った。
「お礼、受け取ったの、初めて」
「変?」
サナファーラは尋ねたが、巫女はわかんない、と首を振った。
「おいしいね」
「うん、おいしい」
二人の子供は、くすくすと笑った。
サナファーラは、菓子を受け取ったときに気づいた。しろい巫女の手の爪が、黒い泥に汚れていた。この子が、自分の手足を洗ってくれたのか。
「……手、洗わなきゃだめじゃん」
ついそんなことを言ってしまったサナファーラに、巫女は返した。
「サナファーラの手を洗ったから、いいんだもん! 」
サナファーラは、不思議な気持ちが芽生えるのを感じた。
面倒くさいが、この巫女に付き合ってやらなければならないような、気がした。
自分を土のなかから引っ張り出して生かしたことに対しては、素直に礼をいう気にはなれなかったが、とりあえず寄り道してやることにしようかと思った。
「仕方ないな。巫女さん、名前、なんていうの」
「ミゼレィ、よ」
「そのまんまじゃん」
ミゼレィ。それは祈り、という意味。
「生まれたときから、決まっていたんだって」
名前というものはそういうものだろう、とサナファーラは巫女にあきれ顔を向ける。
「ミゼレィさま! サナファーラは起きましたか!」
部屋の外から声がした。巫女の世話をする人のようだ。
「はーい! 今起こしました! 」
ミゼレィが元気に叫び返した。
「では、二人で朝食に来てください。そのあと、サナファーラには仕事を説明してあげるんですよ」
「はあい! 」
にこにこと入口に向かって返事を返すミゼレィに、サナファーラは首をかしげた。
「仕事? 」
「うん! 」
ミゼレィが元気にうなずいた。
「サナファーラは、今日から、私のお付きだからね!
一緒にご飯たべたり、洗濯したり、遊びにいったりするんだからね」
それは、お付きとはいわないのでは、とサナファーラは思ったが、黙っておく。
「じゃあ、ミゼレィさま、って呼ぶの?」
ミゼレィが激しく首を振った。
「ミゼルって呼んで! 子供同士で様は変だよ!
ミゼレィは、大人が私を呼ぶ時につかうの!
サナファーラは? どう呼ぶの?」
「サナ、でいい。サナがいい。どうせなら」
全部呼ばれることは、仰々しくて嫌いだ。全部名を呼ばれるときは、叱られる時と、からかわれる時ばかりだったサナファーラは、ついに願いを口にした。
「おかしい、かな?」
どきどきしながらミゼレィを見ると、ミゼレィは瞳をきらめかせてサナファーラをのぞきこんだ。
「ううん! 呼びやすくってとっても素敵!」
ミゼレィがにこっとわらってサナファーラの手を引っ張った。
「早く行こう! サナ! 朝ごはんだって!」
「うん、……ミゼル」
駆けだすミゼレィの軽い靴音に、サナファーラのつっかけの音がぱたぱたと響いて去っていった。
子供たちに知らされることはなかったのだが、サナファーラの両親は、体力のないサナファーラを巫女たちに預けたのだ。
「走り回ってばっかりのミゼレィさまに、鍛えてもらいたい」
ミゼレィは幸いサナファーラを気に入っているようだったし、二人がともに暮らせば、まじめなサナファーラに影響を受けて、ミゼレィもおとなしくなるのではないかと、巫女側もサナファーラを快く受け入れた。
形はミゼレィの付き人として受け入れられたのだが、そういう大人の思惑もあり、ミゼレィとサナファーラは、二人肩を並べて過ごすことになったのだった。
続く!
小説 『創世記』 4
発想元・歌詞引用:U-ta/ウタP様 『創世記』
音楽 http://piapro.jp/content/mmzgcv7qti6yupue
歌詞 http://piapro.jp/content/58ik6xlzzaj07euj
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