ここは暗くない。
電灯、建物の明かり、お店の明かり。
静かでもない。
傍を通り過ぎる人達、お店から流れる音楽、道路を通る車。
暗くも、静かでもない。この街。
明るくて、活気にあふれている。この街。
わたし達の街、水面。
「へぇ・・・・・・これが水面都かぁ。」
ミクオが辺りを見回しながら呟いた。
わたしと違って落ち着いて気楽な声だ。
ミクオは顔を隠してない。
まだテレビとかに出ていないからか。
ときどき制服を着た女の子達が見て何かをささやいていたり、横を通り過ぎる人たちが、ちらっと見るだけ。
わたしは帽子を深くかぶっているのに。
それにしても、いったいいつまで歩き続けるのだろう。
「ミクオ。」
「なんだい。」
「どこへ、行く気なんだ。」
「ちょっと前に、いい公園を見つけたんだ。そこへ行こうと思ってね。」
「後どれくらい歩く?」
「もうすぐさ。あと十分。おしゃべりはそこで。聞きたいことはいくらでもあるだろう?」
・・・・・・。
ミクオの気持ちは、全く分からない。
何を考えているのか。わたしのことをどう思っているのか。
ちゃんとした場所で話せば、それが分かるかもしれない。
今は、ミクオについていくことだけを考えよう。
あと・・・・・・あと五分だ・・・・・・。
「よう畏月。お疲れ。」
「いやーツアーは大変だよ全くよぉ。明日ぐらいは休暇にしてほしいぜ。」
「休暇の許可は出ている。だがその前に俺に付き合ってほしい。」
「何だよ。このクソ疲れている時に。」
「ミクオだ。話は聞いているだろう。」
「・・・・・・!ああ。」
「そいつを今から尾行する。お前も来い。」
「何だって?明介はどうしたんだ。」
「今連絡が取れた。遠距離から監視しているらしい。」
「お前は今どこにいるんだ。」
「ヤツの三十メートル真後ろだ。西区、ナカノバーガー駅前店近くにいる。海岸沿いの公園に向かっている。もうすぐ到着だ。」
「分かった。」
「急いでくれ。一人でも多いほうがいい。俺と明介はレーダーに映るが、ヤツはレーダーに映らん。しかも、あの雑音ミクと一緒にいる!」
「何だって?まずくないか。ソレ。」
「だから急いでくれ!」
雑音と初音ミクオを尾行して行き着いた先は、海沿いの石畳の公園だった。
手すりの向こう側には、大きな月がきらきらと海を輝かせている。
商店街とは違って、ここは静かだし、人はまるでいない。
あたしはとりあえず適当な雑木林に身を隠した。
雑音に貸してもらった腕時計を見ると、十一時を回っていた。
二人は、立ち止まると、ゆっくり離れた。
そして、向き合った。
「ミクオ!」
公園の静けさを破ったのは、雑音の声だ。
「ん?」
「どうして生きているんだ!」
雑音の言葉に、急に背筋が寒くなった。
雑音に借りたコートが暖かいはずなのに、身震いが止まらない。
「必要だから。じゃないかなぁ。」
「だって、君は確かに・・・・・・!」
「そう。殺された。雑音さん・・・・・・君の一刀によって、僕の望みどおりに。」
え・・・・・・?
どういうこと・・・・・・?
「それでも死に切れず、自爆に及んだ。」
「・・・・・・。」
雑音は何も言わない。
「でも、なぜか生きていた。僕が次に意識を取り戻したのは、クリプトン本社の一室だ。ほんの二週間前の話だよ。」
「でも君は本当に!自爆して跡形もなく・・・・・・!」
「頭が生きていたんだ。」
「!?」
「僕の自爆も頭までは及ばなかった・・・・・・。」
雑音が、初音ミクオを・・・・・・。
嘘でしょ・・・・・・?
自爆・・・・・・・?!
「その後、僕の頭は何者かに回収され、新たなボディに据え付けられた。そして、今の僕がいるんだ。」
「どうして?!誰がそんなことを!」
「それは分からない。一つ言えることは、僕を生かしておく必要があったということ。それはつまり、今後僕は何かのために使役されるということ。」
「・・・・・・!」
雑音の声が出ない。
何も言い返せないんだ・・・・・・。
あたしにも何がなんだかワケ分かんない・・・・・・。
「雑音さん。君の体内にあるナノマシンは、恐らく完全に機能が停止しているかもしれない。」
「?」
「機能していれば、レーダーに映るから。でも、君は映らない。これがどういうことか分かる?」
「・・・・・・。」
雑音が首を横に振るのが見えた。
「おめでとう。君はもう二度と兵器になることはない。君の中にあるナノマシンは、戦闘目的で造られたものだ。それが機能していないということは、君は戦う必要がなくなったということだ。君は平和な歌を人々に送り続けるボーカロイドで有り続けられる。」
えっ・・・・・・。
じゃあ雑音、もしかして・・・・・・。
雑音は固まったまま動かない。
「だが、あくまでそうなれたのは君だけ。」
「どうして!君だってボーカロイドになれたじゃないか!」
「君の体内にあるのは、既に停止した旧世代の試作型。だが、僕の体内にあるのは最新型の高性能型なんだよ。軍事用のね。」
「!」
「これはつまり、僕はまだ兵器だということ。今はボーカロイドだが、いずれきっと、戦う時が来る・・・・・・。」
「そんな・・・・・・。」
雑音は、か細くて、弱々しい声を出すのが精一杯だった。
「雑音さん・・・・・・僕は、結局戦うことを止められないんだ。君と違い、元々が兵器として生まれた僕は、やっぱり、兵器でいるしかない。これからも、僕はこの呪われた宿命を背負い続ける・・・・・・ボーカロイドなんて一時の夢。しかも今でさえ僕に開放の時間は無い。監視の下に束縛され、自爆機能も取り上げられ、死ぬことすらできない。君にこの苦しみが分かるか?」
ミクオは言い続けた。
何も言えない雑音を攻めるように。
「これからも僕は、戦うことを強要され、以前に君が味わった苦しみよりも、より多くの苦しみを得るんだ。」
「だからって・・・・・・あんなことを・・・・・・。」
「あの時の僕は、ほぼ半狂乱だったかもしれない。何もかも消え去ってしまえば良かった、みんな死んでしまえば、いやみんな殺してやると思っていた。」
「でも、そのせいでたくさんの人達が死んだんだ!わたしの・・・・・・大切な人まで・・・・・・君のせいで!!」
雑音が、夜の公園に響き渡るほどの大声を上げた。
・・・・・・涙声だった。
「そうだ・・・・・・今では反省している。だが許してほしいとは言わない。」
「・・・・・・。」
二人とも黙り込んでしまった。
あたしは、まだその姿を見続けていた。
まだまだ、話を聞きたかった。
「雑音さん・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「さっき言った通り、僕は戦いのために生かされ続けている。だから、僕の生きる意味は、戦うことにある。そうでなければ僕の存在は不要なんだ。」
「・・・・・・。」
「僕は・・・・・・君に一度殺されるまで、戦いそのものを嫌悪していた。ただ僕の心を痛めつけていると思った。」
「・・・・・・。」
「だが君に殺され、再び目覚めた自分を見て、知ったんだ。戦うことが僕の生きる理由なのだと。戦わない僕は僕じゃない。そう信じて疑わないよ。」
「・・・・・・。」
「だから、雑音さん。」
ミクオが、雑音のほうを向きなおした。
・・・・・・いやな予感がする。
次の瞬間、ミクオの姿が消えた。
そして、雑音の目の前に、飛び掛るミクオの姿が、一瞬だけ、目に映った。
君から受け取りたい。僕は生きているという、実感を。
・・・・・・ミクオ・・・・・・!
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