※注
 悪ノPさまの「悪食娘コンチータ」をほのぼの感動系に
 解釈できないものかしらと挑戦をした末の小説です。
 原曲のイメージを愛している方には読む事をお薦めしません。





 母のいない、そのような日常が続く中、コンチータは確実に焦りを覚えて始めていた。思いつく限りの食材は口にしているはずだ、考え付く限りの料理は試しているはずだ、それなのに何故記憶の中の料理に行き着かないのだろう。父と母がいた。そして「何か」を食べていた。かつて「美食を極めた」と言われたコンチータの味覚は誰よりも優れている。「美食」に関わる記憶もまた同じだ。いつか口にした「美味しい料理」のことは、誰よりも色濃く、鮮明に覚えている。それなのに何故かその食事のことだけは思い出せないのだ。

 満たされない餓え。苛立ちは今まで全て「悪食」へと向けられていた。この世には誰も口にした事の無い食材がある、ならば記憶の中にある料理もその「未知」の中にあるのかもしれない、そう思えたからだ。だがもう何年経っただろうか?どのくらいの「未知」を「既知」に変えた?―――全ての「未知」が「既知」になった時、それでもこの飢えが満ちていなければ?

( …バニカ。………笑って。笑うの )

 笑っている。私は笑っている。どんなおぞましいものを目の前にしても笑ってフォークを突き立てている。

( …残さず、食べなさい。……そして、 )

 残したりはしなかった。「美味しい」ものを残すことはないにしても、「美味しくない」ものだって何一つ欠片だって残しはしなかった。それだというのに何故私は満たされない。何故物足りないままでいる。 過去の「美味しかった」、ただそれだけの記憶がコンチータを苛立たせ、不安を煽り、更なる無理な「悪食」へと掻き立てた。

 流石にそれは、とメイドや召使い、コックが止める、その言葉すらコンチータには悪魔が飢え死ねと宣告しているように感じた。誰にもわかるまい。この苦痛を。この飢餓感を。この不安を。―――恐怖を。

 積み重なった苛立ちはとうとうコンチータに「その言葉」を言わせてしまった。強くテーブルに叩きつけた拳。跳ねる皿。震える空気。しんと静まった食卓と、燃えるような目をしたコンチータの、怒声。



「―――私の邪魔をするのなら、全員出て行って!」



* *


 ―――そして、館には誰もいなくなった。

 妙にがらんとした館に響くのはコンチータの靴音ただひとつ。業務用の、大きな冷蔵庫に残っていた料理を貪りながら廊下を歩き回ってもメイドが文句を言うことはないし、何処かで何かがゆれる音がしてもそれは決して召使いが何かをうっかり壊した音などではないし、キッチンからいつも響いていた調子っ外れな鼻歌も聞こえてこない。

 誰もいなくなった。

 食べるばかりだったコンチータは、今更ながらどうやって食材を調理していいのだろうかと今更問題に気づいた。邪魔をする人間はいなくなった。だがそれこそがまさに「邪魔」となってしまった。

 ため息をついてコンチータはただ一人しか居ないテーブルにつき、新鮮さだけは一級品の名前もわからない毒々しい青色をした食材にかじりつきながら考える。―――「未知」などすでにこの世にはないだろう。しかし恐れていた通り、私は餓えたままだ。食べた事の無いもの。父と母。遠い記憶の糸を辿るが、そのたびに出てくる答えは「美味しかった」という漠然とした充実感だけだ。手元にはない喜びをどうやって復元しろと?

 コンチータの視線は我知らず右手の指輪へと向けられていた。エメラルドの輝きはどこまでも澄み切っている。(笑って、)過去母を父の隣へ導いた指輪。幸せを見届けた指輪。恐らくはコンチータの記憶の中にしかないあの「食事の瞬間」をも知っているであろう、沈黙を守る指輪。(残さず、)嗚呼、嗚呼。母は食べろと言ったではないか、残さず食べろと、この指輪をはめながら。そうすれば過去のあの充実が得られるのだと。もしかしたらそれはこの指輪を―――食えと言う事か?

 怪しく輝くエメラレルドの色に魅せられ、コンチータの目には既に白くしなやかなその右手しか見えなくなってしまった。ぶれる世界の軸。飢渇。辛うじて残されていた常識も、母親の笑顔も、堪え切れない飢餓感に押されてぼやけて霞む。繰り返し繰り返す、“残さず食べなければ”。そう、食べなければ。食べなければ。全てを食らいつくしてしまわなければ!
 
 母が父と添い遂げると決意した時からずっと母の指にはまっていた指輪、そして、母が亡くなってからずっとコンチータの指にはまっていた指輪。いとも容易く白い指から抜け落ちたそれは、きらりと一度瞬いてから、本来の居場所では無い所へ飲み込まれる。食べ物ではないものは喉の奥でごろりと転がり、今までの何とも違う、味ともいえない味が広がり、―――呼吸を止めた。 喉を掻き毟ることもせず、失われてゆく酸素ともがいても何一つ掴めないもどかしさの中で、コンチータはまるで他人事のように思った。



 ――― ああ、これも違ったのか。



* *



 暗闇の中にいた。そこにはなにもない。何も掴めない。 死にまでしても続くのは飢餓感かとコンチータは悪態をつきながら、仕方が無いので左手に噛み付いた。思いのほかあっさりと手の肉は千切れ、口の中に生暖かく柔らかい感触が満ちる。数々の美食を口にし、数多の食材を血肉にしてきた体は、けれどあまり美味しいとは思わなかった。だがひと齧りするたびに何故か狂おしいほどの切なさを覚え、コンチータは更に己の肉を食らい続ける。左腕がすっかり無くなった時、父が甘いものが好きでよく母に内緒でお菓子を買っては食べていた事を思い出した。唇に指先をあてて、悪戯に目を輝かせて、秘密だよと囁きながら一緒に口にした甘酸っぱいレモンパイの味。 もぎとった左足は初めて連れて行ってもらったレストランで食べた肉の味を。緊張と、館の中にいる時より格好よく見えた両親の姿に、食べたものの味など全くわからなかったはずなのに。 右足は涙の味がした。そう、父が突然に亡くなった時、全身の水分が無くなるかと思う程に泣きくれた。けれど母の目は私以上に赤く充血していた。 美食を知り尽くした胴体は決して美味しいものではなく、食べるたび息苦しく、そして悲しい思いをした。母の笑顔があの時より鮮明に蘇る。美しかった母。幸せそうに笑う母。最期の間際には、骸骨に皮を貼り付けたような顔になってしまった母。―――それなのに、あんなに優しい笑顔を浮かべた母。きっとあの指輪は、飲み込めなんていう意味ではなかった。

 そうして最後に残ったのは頭部と右手。当然、闇に浮かぶ白い右手にあの指輪は嵌っていない。消え失せた胴体の中にあったのか、それともまだこの頭部に残っているのか。わかりはしなかった。だからコンチータは最後に残ったものを何の躊躇も無く喰らう。白い指先に歯を突きたて、骨をも噛み砕き、最初で最後になるであろう味覚を焼き付けるように貪る。

 母が指輪をはめてくれた右手。最後まで残った頭部。喰らった時思い出したのは、ずっとずっと、記憶の中にしかなかったものだった。求めても届かなかった、朧にかすんだ過去だった。 ―――母と父と、三人で囲んだ食卓。不恰好なケーキに、ぐちゃぐちゃの料理。絆創膏だらけの指をお互いに笑い合いながら食べた料理。 あれは。 そう、あれは。



 三人で初めて作った、誕生祝いの料理だった。



* *



「―――さま、―――チータ様!」

 強く肩をゆすぶられて、ぐらぐらと脳味噌が揺れる感覚を嫌という程味わいながらという、最悪の目覚めを経験しながら、コンチータは呻き声をあげて重い目蓋を持ち上げた。闇ではなく色の溢れた目の前の景色の中で、メイドと召使い、コックが今にも泣き出しそうな顔をしてコンチータを覗き込んでいる。何故ここにいるのか。出て行ったのではないのか。聞こうとしても喉がやけに痛み、出るのは乾いた空気ばかりで、何度か彼女は咳き込んだ。

「ちょっと目を離した隙になんですか!? 何であれを、指輪を、飲み込むんですかっ!? 赤ん坊じゃあるまいし!」
「というかコンチータ様、この果実食べたんですかっ!? これ生食で食べると強迫妄想に駆られるだとか幻覚をみるだとかちょっと危ない作用があるって聞いたんですが!」
「ンだとこの野郎なんでそんなもの仕入れておくんだよ目の届かないところに置きなさいよ!やっぱりサバく!サバいてやるッ!!」

 涙目のコックに喚き散らすメイドを余所に、召使いはコンチータの背を擦りながらそっと彼女に何かを手渡した。―――涎だとか胃液だとか、決して好ましくはない液体に塗れたエメラルドの指輪。飲み込んだ時には妖しい魅力をたたえていた輝きも、今は全く違うものに感じられた。 コンチータ自身が焦っていたこと、そしてコックの言うようにあの青色の果実を生食で食べてしまったことが、指輪を見る目を変えたのだろう。 毒を飲んでも平然としていられたはずだろうにとため息をついたコンチータに、召使いはにこりと微笑んで「あの果実美味しかったですか、コンチータ様」と言った。 あまりにも場違いで素っ頓狂な発言にメイドとコックは凍りつき、そしてコンチータは三人が戻った理由を問う気力を根こそぎ持っていかれた。 酷く、疲れていた。そして酷く悲しかった。死に近づいた事で思い出した記憶は、この先どれだけ「未知」を探しても決して手に入ることはないと知ったから。

「あ。そうだ。コンチータ様、食事の用意が出来ていますよ」

 またしても脈絡のない発言に流石に眉を顰めた彼女は、それを断ろうと―――滅多に無いことだが、断ろうとしたのだ!―――口を開いたが、ふと召使いの指先が絆創膏だらけになっていることに気づき、言葉を飲み込む。そういえばメイドの手にも見覚えの無い火傷のような痕がある上、コックからは甘ったるい匂いが漂ってくる。メイドとコックは「あ、」とお互いに間抜けな声をあげ、後ろを振り返った。続いてコンチータも彼らの後ろを見やる。

 恐らくはコンチータが倒れていることに気づいた時に落としたのであろう。床の上で無残に潰れ白いクリームを撒き散らしている、やけに巨大なケーキがそこにあった。見た事の無い変わったフルーツが飾られていたが、それも「飾り」としての役目を果たす事無くばらばらに飛び散っている。 そこでコンチータは思い出した。そういえば今日は―――

「お誕生日おめでとうございます、コンチータ様」

 昨日慌てて食材を集めてみんなで作ったんですよ、と話す召使いの声は嬉しそうに弾んでいた。苦い顔をしていたメイドとコックもやがて笑顔を浮かべ、召使いに続いて祝いの言葉を口にした。 誰もいなくなったわけではない。彼女に隠れてこっそりと、秘密裏に祝いの用意を進めていただけだった。コンチータはしばらく三人の顔を眺めていたが、そっと立ち上がると崩れたケーキを拾い上げ、遠くに転がっていた銀の盆に丁寧に盛った。

「い、いや、コンチータ様、ヤバいですよそれは作り直しますよ、ねえ」
「…今更床に落ちたケーキがヤバいってこともないでしょう? それに今はこのケーキが食べたいわ、とても、とても」

指についたクリームを舐めながら笑ってみせる。メイドは諦めのため息をつき、苦笑を浮かべながら其々の皿を用意し始めた。普段使用人が主人と共に食卓を囲むことは無いが、床に落ちたケーキなどを主人一人に食べさせるわけにはいかない。召使いと、それからコックには一際大きな皿を押し付けて「コンチータ様より多く食え」と無理難題を課した。ぐしゃぐしゃのケーキを、滑稽なほど美しい食器にのせてゆく。誰からともなく零れ落ちる、不恰好さへの笑い。 何て不釣合いな組み合わせだろうか。

「えーと。それじゃ改めて。 お誕生日、おめでとうございます、コンチータ様」
「おめでとうございます」
「おめでとうございます。…にしても酷いなあコレ。本当に僕、コンチータ様より多く食べなきゃ駄目?」
「当然でしょうコンチータ様に床に落ちたものを食させるなんて冗談じゃない」
「え。僕は…?」
「コンチータ様と比べることさえ失礼だわ」
「酷!」

 声も高らかに言い合う二人を余所にケーキを食べながら「このフルーツ俺が切ったんですよコンチータ様、ちょっと血液だとか皮膚片だとか混入してるかもしれませんけれど大丈夫ですよ盲腸にはなりませんから」と何処か問題点のズレたことを言う召使い。聞いていたメイドとコックは顔色を変えて「何で言わなかった!?」と叫ぶ。 ―――先程までの静けさが嘘のような賑やかさを見つめながら、コンチータはフォークに刺したケーキの残骸を一口、口に運ぶ。

(―――、あ…)

蘇ったのはあの日の味、だった。 ―――ぐちゃぐちゃで形もわからないような食べ物だというのに、意味も無く美味しいと思った、あの時と同じ感覚。クリームでべたついた指先でそっと唇を撫でれば、浮かべた覚えの無い笑みを自然にしていたことに気づく。 笑う事。そして、残さずに食べること。母がその後に言いたかったことは途切れて言葉にならなかったが、恐らく、きっと、答えは今目の前にあるものだろう。 彼女はふっと息を吐き、呟く。

「悪食は、最後にするわ」
「え?」

「“私”って、あまり美味しくなかったもの」

いいものを積み重ねてゆこうと思う。いつか再び「バニカ・コンチータ」という体を喰らった時、思い出すものが「美味しかった」と思えるものであるように。 言葉の意味を理解出来ず小首を傾げるメイドたちを余所に、彼女は笑顔を浮かべながらケーキを口に運ぶ。広がる味は暖かく、そして何よりも心を満たすものであると刻み付けるように、ゆっくりと。





 ――― 敬い讃えよ、我らが偉大なコンチータ。
        この世界の食物は、全てが貴女のためにある!





End .

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

コンチータ様 ほのぼの別解釈してみた(後編)

終了です。
過激なコンチータ様が大好きなので、
元々の歌詞に背かないよう気をつけました。
最後まで読んでいただいてありがとうございました。

閲覧数:3,458

投稿日:2009/07/03 10:17:37

文字数:5,769文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

  • 関連動画0

  • 漣弥

    漣弥

    ご意見・ご感想

    初めまして。
    ほのぼの解釈とあったので、ギャグちっくな感じかと思って読み始めたんですが、原曲の歌詞やキャラ設定に忠実に、それでいてハッピーエンドにもっていく書き方に感動しました。
    どんな高級食材よりも、みんなで仲良く楽しく食べる食事が一番おいしいよって事ですね。
    きっとこれからコンチータとみんなはずっと一緒に和気あいあいと食事の時間を過ごすんだろうという幸せそうな明るい未来が見えて、すごくよかったです。
    描写も丁寧で読みやすくて、いい作品にめぐりあえたことを嬉しく思います。
    他の作品も読ませて頂きますね。

    2010/07/14 21:19:55

    • 雨鳴

      雨鳴

      初めまして、雨鳴と申します。
      コメントありがとうございました!
      歌詞に忠実にしようとするとアレになるし、かといって歪めたくもないという矛盾に
      四苦八苦しながら書いたものなので、そう言っていただけると嬉しいです。
      食事は大人数の方がいいですよね。取り合いになってもそれもまた良しで。

      他作品はだいぶオリジナル色が強いものが多いので、
      お嫌いでなければ是非読んでやってくださいませ。

      2010/07/15 09:35:56

  • 雨鳴

    雨鳴

    その他

    初めまして、雨鳴と申します。
    コメントありがとうございました!
    原作がいい意味で強烈なので、負けないくらい強烈なほのぼの目指して頑張ってました(笑)
    お陰ですっかり対照的な雰囲気になりましたが、にも関わらず楽しんでいただけてよかったです。
    次何か思いついた時にはまた愛読していただければ幸いです。

    2009/07/11 22:27:50

  • 雨鳴

    雨鳴

    その他

    はじめまして、雨鳴と申します。
    コメントありがとうございました!
    無謀な挑戦小説を最後まで読んでいただいてありがとうございます。
    連載、大変でしょうががんばってくださいね。

    2009/07/06 11:12:48

ブクマつながり

もっと見る

クリップボードにコピーしました