18、金曜日

 亮は、一週間のうち水、木、金の三日間来てくれる。
 その日は完全に家では一人らしい。なので買出しをさせたり、宗助と遊んでもらっている。宗助は完全に亮のことを気に入っていて、「お兄ちゃん」と呼んで親しみを持っている。
「今日のご飯何作るの?」
「親子丼」
「やったぁ。俺丼系好きなんだよね」
 こんな会話が夫婦っぽくて可笑しくなる。
 冷蔵庫を開けると、野菜が入っていない。唯一入っているのは、ネギ、レタス、キャベツ……。この材料の面子じゃ親子丼どころか、何も作れない。
「あっちゃー」
 私は頭を抱えて、玄関に向かう。
「どうしたの?」
 靴を履いている途中で、亮が声を上げた。
「ちょっと買い物と宗助迎えに行ってくるね」
「あ、俺も行くよ」
 亮のその声が聴こえたかと思うと、パチパチっと電気の消える音がして、トタトタとっ亮の足音が聞こえる。そして、隣に亮が座り込んできた。
「買い物、荷物多くなったら大変でしょ? 宗助もいるんだしさ。俺も行かせてよ」
 笑いながらそう言う亮の顔を見ると、優しいなぁって思う。やっぱり好きだなぁって思う。
 好きな人と一つ屋根の下って結構やりたい放題なわけなのだけど、私はそんな勇気ないからやりたい放題できない。それが現状。いつか、この関係が壊れる前に想いを伝えなきゃって思うけど。この想いを伝えたら関係が壊れそうで怖いから、未だに口を開けない。恋愛は難しい。
                *
 スーパーで親子丼の材料を買って、宗助を迎えに行く。まだ残暑のある日本では容赦ない陽射しが降りそそいでいる。居間は夕方なので、日中ほど無いけれど日中は結構辛い。陽射しがギラギラと皮膚を焼いてくる。
「荷物、多くなったね」
 道路側を歩いてくれている亮が呟いた。
「まぁ、明日の分も買ったしね。家帰ったら家計簿つけなきゃ」
 私がぼそぼそ呟くと、亮が口を開く。
「大友さんってお母さんみたいだね」
 私は反射的に、亮の言葉を否定する。「は! なに言ってんの!?」
「だってそうじゃん。外とか学校では結構ゆるーく生活してるけど、家ではしっかり者だよ。平日は適当な服装してるけど、なんかそんな大友さん見れていいなぁって思うよ」
 亮はそう言ってへへっと笑う。
 こやつは無意識でこんなことを言っているのだろうか。それならすごく嬉しい。それが亮の本心ならすっごく嬉しい。
「そんなこと知ってるのあんただけなんだからね!」
「あれ? 鷲見さんは知らないの?」
「友達来たら着替えるよ」
「え、俺は友達じゃないの?」
 えらくこの言葉が胸に刺さる。友達。友達。それ以上は行かないのだろうか。

「友達よ。当たり前じゃない。それじゃなくちゃ私は亮を家に呼ばないよ」
「それも、そうだね」
 この時間は、正直誰にも邪魔されたくない。私と亮だけの時間と思いたい。水入らずの時間。それが私の幸せだから。
 向かい側から、二台の自転車がスーと走ってくる。うちの学校の二年生男子だ。その二人は私たちを交互に見て、何やらひそひそ話して私たちの横を通って行った。

「なんなの? あれ。性質悪いなぁ」
 私がそう言うと、亮は何の迷いも無く返答する。
「勘違いされたみたいだね」
「何に?」
 私は言葉を重ねた。
「付き合ってるって勘違いされたみたい。ひそひそ話してたのが聴こえたんだ」
 付き合っていると勘違いされた。そう思うと、頬が熱くなった。
「耳いいねぇ」
 その言葉で私の動揺を隠した。
「まぁ、大友さんだからいいんだけどね」
 亮はそう言ってまた眩しい笑顔を私に向けた。
 それってどういうことかな? 私だからいい。一番一緒にいる時間が長い女子だから? 一番仲がいいから? それとも私が好きだから? いいや。それはない。でもそう思うと、気持ちが落ちてしまう。どういうことなのかな? 私ってめんどくさい。
               *
「はい」
 出来立ての親子丼を配膳して、私は席に着いた。
「おぉー相変わらず美味しそう。ほら、宗助もおいで」
 今日の一件から少し元気が無い。体の重心が脚にあるみたいに脚が重くて、倦怠感が体を襲う。
 宗助が席に着いたとき、亮が私の顔をマジマジと見た。
「どした?」
 そう言って心配そうに首を傾げる姿は、初めて見た。
「どうもしてないよ」
「そう? なんか具合悪そうに見えたから……。体調悪いの?」
 亮が妙に心配してくれるものだから、甘えて頷いた。
「ご飯、食べれる?」
「食べれる」
「熱あるの?」
 亮はそう言って、私の額に手を当ててくる。この行動が無意識ということが本当に怖い。胸の高鳴りが半端じゃない。好きな人にこんなことされて喜ばない女子はいないだろう。
「ちょっと熱っぽいよ。後で計ってみてね。片付けとかは俺がするから。食べ終わったらソファーで寝てて」

「おねーちゃん具合悪いの?」
「ん? 大丈夫だよ」
 そう言って、宗助の頭を撫でる亮を見ると、我に変える。初めて亮の優しさに触れた。でも、亮は誰にでもこんなことをすると思うと、変な独占欲が私を打ちのめした。優しさに触れるたび辛くなっていくような感じがする。
 夕食を食べ終わって、ソファーで横になって亮の家事の手並みを拝見させてもらう。
 意外とテキパキしていると思えば危なっかしいところがあったりして、波乱万丈だ。
 そんな家事を見ていると、急に眠気が襲ってきた。私は目を閉じて、夢の世界へ旅立った。
                *
大友が目をあけて時計を見ると、自分が目を閉じてまだ十五分しか経っていなかったことに気づく。
「あ、起きたんだ」
 大友が声のした方を見ると、松江が立っていた。松江の手には、青いタオルケットが握られていた。松江が気を利かせて、大友にかけようとしたのだ。
「宗助は……?」
 大友は目を擦りながら言う。
「今、トイレだよ」
 松江がそう言うと、大友はそっかぁとため息混じりに息を漏らし、ソファーに座りなおした。
「やっぱり、疲れてたんだよ」
 松江はそう言いながら、大友の隣に座る。松江にとって、この行為は何気もないことだが、大友はそういかず、顔を少し赤らめる。「ココア飲む? さっき、洗い物してたとき見つけたんだー」
 大友は松江の言葉に頷く。松江は立ち上がり、なれた手つきで、冷たいインスタントココアを二つ淹れた。
「宗助も飲むかな?」
「牛乳めちゃくちゃ入れたやつなら飲むよ。ココア苦いときあるじゃん」
「あぁ。わかるわかる。俺も子供舌だからわかるよ」 松江はケラケラいいながら、ココアを二つ持ってきた。
「ありがと」
 大友がココアを一すすりすると、宗助が帰ってくる。
「あ、宗助。ココア飲む?」「うん! 飲みたい」
 バタバタと足音を立てて、宗助は松江に寄る。松江は笑顔で世界的に人気のキャラクターがプリントされたコップを宗助に渡した。「ありがとー」
 宗助は目を輝かせて、テレビの前に座る。今日は宗助の好きなアニメが放映されるので、宗助は楽しみにしていた。
「あ、忍者ヒロ丸今日だったね」
 松江はまた大友の横に座る。
「体調はどう?」
 松江が、ココアをすすって質問を大友に投げかけた。
「微妙かな」
 大友もココアを吸って答えた。
「熱計った?」
「計ったけど、無かった」
「なんだろうね」
 松江がそう悩んでいると、TVの中では忍者ヒロ丸が始まった。
「おにーちゃん! ヒロ丸始まった!」
「あ、ホントだ」
 松江は顔イッパイの笑顔を浮かべて、宗助に笑って見せた。その笑顔を保たずに大友のほうに顔を向ける。

「悩みとかがあるなら聴くよ」
 大友には意外な出来事だった。松江からこんな言葉が出るなど想像もしていなかったからだ。
「ほら、体育の時間でさ、体調が悪いのは精神面でもあるって言うじゃん。もしかしたらそれかなぁって思って……。なんでも聴くよ」
 松江はココアの入ったマグカップを両手で握ってニコッと笑う。
 大友は考える。ここで亮のことを話したらどうなるのだろう。いや。この案は少し試す価値があるのかもしれない。
「恋愛、悩んでるんだよね」
 大友はそう言って、ふぅと一息もらす。
「え、好きな人いるの?」
 お前だバカ。大友はそう思ったが口に出さずに続けた。
「その人はね、違う人が好きなんだ。でも、私はその人の相談を聴くばっかりで、その人はこっちを向いてくれないの。ずっと好きな人のほうばっかり見てる。まぁ、それがあの人のいいところなんだけどね」
 ここまで言ったから判るだろう。そう思い、大友が松江の返事を待っていると意外な答えが返ってくる。
「あぁ。それは辛いね」

 苦笑いと共に返された返事は、大友の拍子を狂わせた。こいつはどこまで鈍感なんだ……。腹のそこに溜まるもどかしさが大友をくすぐる。
「いっそ、自分の気持ちを伝えてみたら?」
 松江はそう言って大友に笑って見せる。
「自分に厳しすぎてもいけないよ。その人が好きな人と付き合ってないなら、別に想いを伝えてもいいんじゃない?」
 松江は続けて話す。
「そうだねぇ」
ここで、大友のもどかしさが暴走した。ずっと言いたかったことが大友の口を飛び出た。
「じゃあ想いを伝えてみようかな」
「うん。そうしなよ」
 大友は松江の返事を聴いて松江のほうを向く。松江は相変わらずにこやかな表情で大友を見ていた。

「亮。夏から好きだった。ずっと好きだった。なんで気づいてくれないの? って何度も思った。なんで向こうばっかり見るの? って思った。少しはこっちを向いてくれればいいのにって心底思ってた。私が亮を家に呼んでるのは亮が好きだから。亮じゃなかったら誰も呼んでないよ。私は亮しか見てないもん。一番仲がいい友達って聴いて、うれしかったけど悲しかった。ずっと好きだったから」

 大友の目は真っ直ぐ松江を向いていた。松江はきょとんとした顔で、大友を見ていた。事態に気づいたのか、焦りが見え始める。

「私、お風呂入ってくる」
 大友は、目に涙を溜めたまま、風呂場へ向かった。
「おねーちゃん、おにーちゃんのこと好きなの?」
 宗助が無邪気な声でそう訊いた。
「うん……。そうみたいだね」
 松江は呆然と大友の後を目で追った。
                *
 お風呂から上がって、パジャマを着て、リビングに向かう。
「おにーちゃん帰っちゃった」
 宗助がシュンとした顔で言う。
「なんか、用事があったんだよ」
 私は薄らと笑みを浮かべて、お茶を飲もうと台所に向かう。テーブルを見ると、亮からの置手紙が置いてあった。
「ごめん、今日は帰る。また来週来るかも」
 無理も無かった。私があんなこと言ってしまったから溝ができてしまったかもしれない。
 必死に作ったこの距離を。どうやったらまた埋めることができるだろうか……。

この作品にはライセンスが付与されていません。この作品を複製・頒布したいときは、作者に連絡して許諾を得て下さい。

18、金曜日

閲覧数:80

投稿日:2014/08/04 17:43:32

文字数:4,491文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました