姫さまは恋をした。
彼女の周りにいるのは大臣達とお付きのたくさんの侍女。
自分とかわらないくらいの男性は僕だけだった。
そんな姫さまが恋に落ちたのは海の向こうの青い国の王子。
優しげな眼差しと暖かい声を持った王子に姫さまは恋に落ちた。
「ねぇ、レン。カイトはね、緑の国の市場が好きなんですって。」
私も行きたいわ。
僕は渋った。大臣もだった。
先ずは治安を確認するために僕は少し質素なドレスを着て、緑の国に向かった。
緑の国の市場は治安が行き届き、活気に満ちていた。
緑の国は農業と物流の発達した国で、市場にはまるで宝物みたいなおもちゃから、美味しそうな野菜まで売られていた。
噂どおりのいい国だな。
予想以上だ。
うちと違って乞食も少ないし、安全だろう。
僕がそんなことをかんがえながら歩いていると、街角に子供が集まっていた。
見世物でもあるのかと思い、好奇心から僕はそれに近づいて見てみた。
そこにはまるで天使か妖精かと錯覚するほど可憐な女の子がいた。
彼女は葱をマイクみたいに持って歌って踊っていた。
時に子供の手を取り、笑うその笑顔に高鳴る心臓から、僕は自分の恋を知った。
彼女を見るだけで、僕の心臓はめちゃくちゃに騒ぎ立てる。
まだ出会ってすらいない、僕の一方的な恋。
君は僕の存在すら知らないのに僕は君を知っているなんていうことが、途端に悲しくなって、でもなんだか自分だけの宝物を見つけたみたいな誇らしさになる。
はしゃいでいたら彼女の宝石みたいにきらきらした瞳が僕を映した。
心臓は狂ったみたいにばくばくばくばく。まるで耳に心臓があるみたいな錯覚。
「あら、見かけない子だね。お名前は?」
「あ・・れ、レン。」
僕は言った後自分の姿を思い出してはっとした。
「へぇ、素敵な名前ね。」
「ありがとう。素敵な踊りね。貴女は?」
「ミク。ねえ、レン。あなたも一緒に歌いましょう?楽しいよ。」
「い、いいえ、人を待たせてるから・・ありがとう。」
「そう、残念。また、今度。」
「ええ、また。」
彼女と話せて嬉しい気持ちとこれだけで終わってしまったもったいなさがぐるぐると廻って、僕は後ろ髪をひかれる気分で別れると、
目の前から見たことのある青い髪の男がぼんやりとこちらに来るのが見えた。
慌てて人込みに紛れて彼をうかがうと、彼は僕のいた子供の群れのなかに吸い込まれた。
お腹のなかにもやもやとしたなんとも言えないしこりがぽつんとできた気がした。
まるで隠した自分だけに価値ある宝物を自分よりも似合う誰かが見つけてしまったような。
・・・でも、危なかった。
僕は胸を撫で下ろす。
そういえば彼は明後日城に来る予定だった。
城に帰り、姫さまに緑の国に行く許可が出たことを伝えた。
「丁度カイトも来るし明後日一緒に行きたい!」
姫さまがはしゃぐので僕は嬉しかった。
胸のしこりは消えないけれど、ときめきも燦然と輝いていた。
「では王子に書状を出しておきましょう。」
これが全ての過ちだった。
王子は姫さまの誘いを快諾し、当日、数名で緑の国に出かけた。
王子は、実に素直で鈍感な人だった。
「実は昨日も一昨日もここに来たんだ。」
「そんなに!なにを買いに来たの?」
「いや、実はね。」
王子は一昨日会った少女の話をした。うれしそうな話し振りから王子が彼女に一目惚れしたことは誰にでもわかった。
僕はそれが彼女だと知っていた。
王子はさらにとんでもないことを口にした。
「調べたら彼女は緑の国のお姫様だったんですよ。」
僕は絶句した。王子はその後彼女が緑の国の王の私生児で、可哀想な身の上だと話したが、姫様には届いていなかった。
浮かれた王子は姫様の絶望等には気付かない。
僕は焦った。
「女王様、顔色がすぐれませんね。ご無理をなさらないでください。休憩をいたしませんか?」
「あぁ、申し訳ない。休みもうか、リン。本当だ。顔が真っ青じゃないか。」
「え?えぇ、ありがとう。」
休んだところで姫様の顔色は治らない。
当然、か。
王子も心配して、その日はそのまま城に戻った。
「ごめんなさい。」
「いえいえ、つれ回したのが悪かったね。また、体調の良いときに一緒に行こう。彼女ともリンなら仲良くなれる。」
「…えぇ。」
翌日、姫様は大臣と僕を呼び出した。
その目は泣き腫らし、真っ赤に腫れていた。
まるで母親を亡くしたあの日のように。
「緑の国を滅ぼしなさい。」
ダメだ、リン。
苦しまないで。
それは君の役目じゃない。
「レン、ねぇ、お願い。緑の娘を消してしまって。いいでしょう?」
僕の姫様は笑った。
痛々しい笑顔に、僕は思わず頭を垂れた。
「仰せのままに。」
大臣たちは止めた。
正当な理由もない戦争など起こせない。
緑の国は物流の要でも有るから、経済が混乱する。
しかし姫様は笑った。
「強い国が弱い国を滅ぼして何がいけないの?
侵略してその物流を私の国が握れば国が強くなるじゃない。
国が栄えるのよ。これがいけないことならどうやって国は大きくなるの?」
僕らは知っていた。
彼女が教えられてきた歴史は、道徳はそれを肯定していた。
僕らは過ちを自覚する。自覚も後悔も遅すぎた。
大臣たちは、緑の国との友好関係を崩してまで手に入れることではないと主張する。
戦争にかかる金銭の主張もした。
「戦に勝てば国が手に入るのよ。お金は入るし、足りなければ税をあげればいいわ。
友好関係なんていつ崩れるかわからないじゃない。
緑の国の市場があれだけ栄えているのよ?いつこちらに牙を向けるかわからないわ。」
「しかし…!」
「これは命令よ。緑の国を滅ぼしなさい。」
この国は絶対王政。彼女が黒と言えば砂糖も雪も雲も生クリームも黒いのだ。
その夜、一番戦争に反対したある大臣は首を吊った。
彼は母王の最も信頼した賢い忠臣であった。
僕はその日緑の国の市場に出かけた。髪は下ろしてボサボサにした。
ボロを着て、汚い靴をはいて、顔を汚して、よく切れる安いナイフをもって。
夕方まで彼女を見守った。
足が震えて動けない。
彼女はまた子供達と歌っていた。
日が暮れて、子供達に別れを告げた彼女は一人帰路についたようだった。
僕は彼女についていくのがやっとだった。
ポケットのなかのナイフを握りしめる。
彼女が人通りのほとんど無い道に入った辺りで、頭のなかにぱっと愛しい姫さまの泣き腫らした顔が浮かんだ。
そうだ。
僕は走りだした。
ナイフを取り出して、後ろから彼女に突進する。
手応えと、彼女の温もりに僕は絶望した。
彼女は小さくうめいて、その可愛らしい声でひゅーひゅーという呼吸とともにつぶやいた。
「・・カイ・・・ト。」
僕はナイフを抜くことすら出来ず、そのまま走りだした。
彼女が崩れ落ちる音も聞こえない。
無我夢中で走った。
息が苦しくて呼吸もうまくできない。
苦しい
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい
どうやって城に帰ったかは覚えていない。
気付いたらベットの上で、手には僅かに赤黒くなっていた。
ナイフを抜かなかったから大した出血じゃなかったんだ。
ぼんやりとそう思うといきなり現実感がわいて、心臓が苦しくなった。
堰を切ったように涙が流れた。
苦しい過ぎてうまく呼吸もできなくて何度も深呼吸。
ひゅーひゅーと喉から聞こえる音に、彼女の最後が浮かんでまた苦しくなった。
叫びたかったが叫んだらとまらなくなる気がしてシーツを噛んだ。ふーふーと動物みたいに息をして、涎でシーツを濡らし、それさえもわからなくなるほど涙が出た。
そうだ。
これは僕の役目だから。
彼女が苦しまないように僕は彼女の何倍も苦しむべきだ。
【二幕】悪ノ物語【悪ノ召使独自解釈小説】
悪ノ召使のあくまでも偏見による独自解釈の二次創作です。
あくまでも一つの妄想ストーリーとしてお楽しみください。
出来るだけ美化しないように書いているつもりです。
また、作品としては人間らしく汚くて、綺麗で、もがいて苦しんでいる彼らの様が伝わればうれしいです。
レン視点で進めているのでレンが知り得る事しかかけていません。事象は矛盾しないようにしていますが、感情は矛盾だらけで沢山彼が苦しみます。
なお、時代背景はファンタジーではありますが、なまじそれっぽい(歴史っぽい)流れがあります。作者の不勉強故、おい、おかしいよ!という部分はあるとは思いますが流してやってください。すみません。
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