息を切らして電車に飛び乗る
遅刻はどうやら免れそうだ
視線を座席へ向けると
貴男が友達と話していた
一目惚れなんて過去にないから
最初は自分に半信半疑だった
今日は高校の入学式
春の暖かさが鬱陶しい四月初旬
貴男は別の高校だった
電車に乗っていても
毎日会えるワケではないから
溜め息を深くついてしまう
逆に会えた時は頬を染めて
小説で顔を隠しながら
貴男をちゃっかり見つめる
中間考査が始まる五月中旬
豪雨の中で走る電車
いつも友達と一緒だった貴男が
一人で浮かない顔をして
電車のドアの外を見つめていた
いつもと違う変化に気付いた
黒いリストバンドをしている
良く見てみると一筋の線がある
悲劇の始まりが梅雨の六月下旬
息を切らして電車に飛び乗る
遅刻はどうやら免れそうだ
息を整えてフト横を見ると
貴男がたまたま隣にいた
私が焦ってアタフタしていると
貴男は真後ろに倒れた
私と貴男の目が合った数秒間
貴男は哀しい眼をしていた
あの一筋の線はいつの日からか
黒いリストバンドを優に越えて
二の腕にまで拡がっていた
私が何とかしなければ
こんな時に限って声が出ない
貴男は立ち上がると
私を置いて次の駅で降りた
七月十九日の終業式の朝
翌日、ニュースが知らせてきた
「尚、手首から二の腕まで刃」
貴男がホームから飛び降りたと
「物の様な傷が残っており、」
推測ではなく、確定事項
「警察では苛めが原因の自殺」
貴男はこの世からいなくなった
「と見て捜査を進めています」
私は家にずっと引きこもった
そして自分を責め続けた
暫く一面に載り続けた貴男を
忘れようとしていた
「これは白日夢なのだ」、と…
「何もなかったのだ」、と……
あれから一年、五年、十年……
ニュースは今も私を苦しめ続ける
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