32.君に伝えたいこと ~前編~
リントの飛行機は、まっすぐに島へ向かっていく。
リントが合計五機の飛行機の先頭を飛び、他の四機が二機ずつ、リントの両翼に従うようについてくる。
「ルカ」
リントが声をかける。
「なに、リント」
ルカの返答を待ち、リントは声をかけた。
「……レンカと、ヴァシリスさんがどうなったか、知っているか」
青い空と下に広がる海が、とてつもなく遠く感じた。エンジンの音が、世界をすっぽりと覆うように響き、耳をじわりとしびれさせる。
「リント」
やや間をおいて、ルカは答えた。
「……死んだわ」
す、と空気が冷えた気がした。ルカは、それきり口をつぐんだ。
飛行機だけが、エンジン音を響かせて空を進んでいく。かれらの、島へと。
「……そう、か。」
長い時間がたった後、リントは、それだけを口にした。
ふ、と彼の吐いた息が、雲となって青空に溶けた。
そう、ルカは思った。
静かな緊張感の中、かれらの飛行機は、島の上空まであと半時のところまで差し掛かった。現在、午後をだいぶ回り、日没までのこり二時間を残すところであった。
* *
舞い上がる白い土ぼこりの中、レンカたちの島の防衛線は激しさを増していた。
ヴァシリスとレンカが共に組んで戦い始めて、すでに数時間が経過していた。
足元の皮袋には、水が入っている。島の者が戦う者たちに、時折銃声を潜り抜けては走りこんでくる。そして、水や小さなビスケットなど、補給を置いて戻っていく。
かれらも、けが人の搬出や治療の手伝いに駆け回っているのだ。まさに、島は総力戦の様相を呈していた。
「はぁ、は、はぁ……」
レンカの息もさすがに荒い。ヴァシリスは、銃を構えて警戒していたレンカを一度防壁の下に下がらせ、水の入った皮袋を差し出した。
「んぐ、ぐ……」
レンカの喉が、水を飲み下す。口を離してわたされた袋を、今度はヴァシリスが口をつけてごくりと飲んだ。
「レンカちゃん。少し、休んで」
ヴァシリスが声をかける。
「でも、あたしはさっき休んだばかりで」
「いいから」
ヴァシリスが彼女を押しのけるようにして下がらせ、彼が警戒に入った。
レンカが、銃を下ろし、ぐったりとがれきの下に座り込む。限界だな、とヴァシリスは感じた。
初めて手にした銃、訓練もしたことのない戦闘で、いきなり数名の敵兵を葬ったレンカだが、ビギナーズラックはそう続かないとヴァシリスは知っていた。
レンカは体力もあり、器用だ。遺跡発掘と医療現場で鍛えた集中力と度胸も、そこらの兵士には劣らないと、この数時間でヴァシリスは知らされた。しかし、初めての戦闘にはかわりなく、銃は、男が持っても重いものだ。
「この広場で刑罰を受けていたのも、昨日のことだもんな……」
今朝方、島の子供たちがレンカをとりまいて看病にいそしんでいたとおり、身体も本調子ではないのである。
島の中心の広場は、爆撃と銃撃戦にさらされて、すっかり変わってしまっていた。白く整えられた石畳ははがれ、建物は崩れ落ち、残った壁や塀の裏に隠れて、パラシュートで島に降りた『奥の国』の部隊を迎え撃つというありさまである。
島を守るはずだった駐留部隊の者も、すでに数名負傷して即席の治療所に運び込まれている。
島の戦力は割かれ、通信手段も断たれ、今はひたすら、島の外に援軍を要請しにいったルカと二人の兵士が上手く大陸の本隊に連絡をつけてくれることを願うのみである。
「あるいは、ドレスズが何か手を打ってくれれば……」
近所で頼りになる島といえば、経済力もあり、郵便飛行機の飛行場さえもつドレスズである。しかし島に長く住むヴァシリスは、この島とドレスズの島人があまりよい感情を持っていないことを知っていた。
「島同士という意味で助け合いはするし、仲間意識もないわけではないが、……ドレスズの人間の気性は激しくてね。ちょっと合わないこともあるんだな」
島人であるヴァシリスの友人も、博物館の上司であったレンカの父ラウーロも、そう言っていた気がする。
太陽は、いまだ勢力を衰えさせずに地上に光線を送って来る。
汗と泥にまみれ、疲れきったレンカがヴァシリスの足元でぐったりと目を閉じていた。
銃が、その手に弱弱しく抱えられている。
ヴァシリスは大陸にいた頃、兵役で戦闘訓練を受けたことがある。もし、レンカが部下なら、銃を放すなと叱咤するところだが、今の彼女にそう言ったところで、良い結果になるとは思えない。
集中力と体力を欠いた状態で銃を握れば、撃たれるのは己のほうだ。
「レンカちゃん」
いつ、どこから敵に狙われるか解らない、眩暈のするような静けさの中で、ヴァシリスは声を発した。
「ドレスズは、おそらく、寝返ったと思う」
ヴァシリスの低い声が、静かな熱を持って空気をふるわせる。
「この島に『奥の国』がパラシュート部隊を落としたのは、確実に制圧できると踏んだため。どうしてそう思えたかは、近くに確実な拠点があるからに違いない。
そして、飛行機を飛ばせる広さを持つのは、ドレスズだけだ」
レンカは、目をつぶったまま、答えなかった。ヴァシリスは続けた。
「ドレスズには、飛行場や定期便の港、通信施設も良いものが揃っている。しかし、大陸の国は駐留部隊を置かなかった。
……かれらは、大陸の国とも激しく戦った島の民だ。長い歴史の中で、『島』と『大陸』が戦闘になるときは、つねに『島』のまとめ役はドレスズだった。
だから、『大陸』は、同じ海路に乗るこの島に、駐留部隊を置いたんだ。……いや、本当はドレスズに置きたかったのだが、置くことができなかった」
その時、レンカがうん、と呻いた。うわごとかと思ったが、ふと目を向けたヴァシリスに、レンカの見開かれた海色の瞳がばっちりと合わされた。
「うん。知ってるよ。あたしだって、島で十八年も生きてきたんだもの。
それに、あたし、博物館の娘よ? 島の伝説と、歴史を調べていたのよ」
しっかりと身体を起こしたレンカが、水袋を手に取った。口に含んでゆっくりと口内をしめらせ、そして飲み込んだ。丁寧な飲み方をしたほうが、喉が渇かないことを、レンカは海での発掘で経験していた。
「調べていた、って、過去形だな?」
「そうよ。だって、昔の話だもの」
ヴァシリスの背後で、レンカが笑い声をにじませる。その表情は、ヴァシリスには見えない。
「なあ。レンカ」
ヴァシリスは、ひとつ息をつき、彼女の名を呼んだ。レンカちゃん、ではなくレンカと呼んだ。
「俺は、お前に伝えたいことがある」
その時、だれかの叫ぶ声がした。
「飛行機だ! 飛行機がまた来た!」
島の広場に一気に緊張が走った。
ヴァシリスとレンカが空を仰ぐと、たしかに、空の向こうから飛行機がやってくるのがみえる。米粒のような大きさだが、すぐにこちらにくるだろう。
「落下傘を落としているのになんで爆弾なんか落としに来るんだ!」
「阿呆! 爆撃じゃないだろう、増援だよ、当然!」
周囲の気配が一気に浮き足立つのがわかった。ヴァシリスが、あちこちに隠れている見えない味方に向かって叫んだ。
「落ち着け! 俺たち島の者のやることは一つだ!」
膨れ上がった焦りの気配に、漂う濃厚な絶望感。ヴァシリスはレンカを振り返った。銃を抱えた彼女は、ぼろぼろになりながらも、戦う気力がその眼に光っていた。
「レンカ!」
いよいよ迫ってきた攻撃の空気に、ヴァシリスが声を上げる。
「伝えたいことがあるって言ったよな!」
これまでにない、ヴァシリスの鋭い声に、レンカはびくりと身体を震わせる。
「なに……ヴァシリスさん」
ヴァシリスは、警戒態勢を解かずに、振り向かずに声を走らせた。
「……大陸で、俺たちの『女神像』と対になる『王の像』が発見されたんだ!」
つづく!
滄海のPygmalion 32.君に伝えたいこと ~前編~
ヴァシリスの、渾身の一撃。
これだから研究職って奴は。
発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp
空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^
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