扉を開けると、砂漠のきつい日射しが目に付いた。
眩しい。室内からだと、この日射しは本当にきつく感じる。思わず手を掲げて目を細めてしまう。
目が慣れてきた。白い景色がだんだんと輪郭を取り戻し、色が付いてゆく。とは言っても砂漠の中だから、黄色一色なんだけどな。
ん? でも何かここは違うな。
「……なんだ、これは?」
砂の中からビルが生えていた。いや、ビルだったものが砂に埋まっているのか。どちらにせよ、大戦以前の、旧時代の繁栄のシンボルであるビルが、この地面に埋まっているのか。
「どうしたの?」
前を歩いていたミクが、オレを不思議なものを見るような顔で振り返っていた。
「ビルがあったのか……ここに」
「そうみたいね。でも、そんない驚くことじゃないでしょう? 今時、昔の街が砂に埋まってるなんて珍しくも何ともないと思うけど?」
「いや、まあそうなんだが……」
オレは各地を旅してきたから、このような光景は別段珍しいものでもないのは確かだ。いや、問題はそんなところじゃないんだ。もっと根本的に違う事があるんだ。
「……オレが言いたいのは、そういう事じゃなくて」
「じゃあ、どういう事なの?」
「オレは、サンドウルフに襲われるまではこの一帯を車で走っていたんだよ」
「ふーん、そうだったの」
別段興味がなさそうな態度がちょっとムカつくが……まあいい。
「その時は、こんなビルの残骸なんて見えなかった。これだけ大きな街が埋まってれば、もっと遠くからでも気づいたはずだ」
「あー、そんな事」
「そんな事ってなぁ、おい。遠くから見えない街なんておかしいだろう?」
「……なに必死になってるのよ」
いかにも面白いものを見たというような表情で、笑いを堪えてやがる。くそ、なんかバカにしてないか?
「だから、見えない事がおかしいだろう? 圧倒的にさ」
「落ち着いてって……」
今にも笑い出しそうな顔だ。くそ、なんか癪だが、オレも大人だ。ここは大人の対応で落ち着いてやるさ。
そんなオレの反応を見て、吹き出しそうになりながら顔を背けた。待てコラ。
ミクは声を殺して肩を振るわせたあと、やっと落ち着いたのか、目の端に残った涙を拭いながらこっちを向いた。そこまでオレの態度が面白かったのかよ……。
「あのね、ここら辺一帯にはフィルタをかけてるのよ」
「フィルタ……?」
「視覚フィルタ。何て言ったら良いのかな……光学迷彩とでも言えばいいのかな」
「コウガクメイサイ……?」
何を言ってるんだ、コイツは?
「何を言ってるかわからないって顔ね」
ほっとけ。
「つまりね、人間の視覚を……いいや、あなたじゃ理解できそうにないし」
「ちょっと待て。ちゃんと説明しろよ」
「わかったわよ。わかったから、そんな怖い顔で睨まないでよ」
「顔が怖いのは生まれつきだ。ほっとけ」
「えーとね……」
ミクは人差し指を立てて、視線を宙に泳がせながら話し始めた。
「あなた、私の髪の色が何色に見える?」
「何色って……青だな」
「そう。青いわ。じゃあ、何で私の髪が青く見えるのか、わかる?」
「……んなもん、わかるわけない」
オレの言葉を聞いて、ミクは妙に自慢気な顔をしやがった。むむ、なんだその態度は。
「この世界にはね、人間の目に見える“光”があるのよ。その光にはそれぞれ色が付いているの」
「光って……普通は白いだろ?」
「そうね。でも、目には見えないけれど、その“光”の中に様々な色が含まれているのよ」
「そうなのか……?」
「そして、“物”は光を反射する性質を持っているの」
「光を反射する性質……?」
「例えば、暗闇の中じゃ何も見えないわよね?」
「当たり前だ」
「でも、ライトで照らしてあげれば見えるわよね?」
「それも当たり前だ」
「それは、“物”が光を反射する性質を持っているからなの。つまり、あなたの目は“物”が反射した“光”を見て、初めて“物”を認識できるようになるのよ。だから、暗闇の中では見えなかった物も、ライトを当てれば見えるようになるの」
「えーと、ちょっと待て……」
オレはミクの言っている事を整理してみる。
どうやらオレの目というのは、光の反射があって初めて物を認識できる……って事なのか? まあ、確かに暗闇の中で物が見えないというのも、この理屈なら納得だが……。
でも、それがどうして街が見えない話と関係があるんだろう?
「理解した?」
「……ああ、大体は」
「じゃあ、話を続けるわね」
ミク先生の講義はまだ続く。
「そこで色の話に戻るんだけど、色ってのはね、“物”が持ってる特性なの」
「……特性?」
「さっき、“光”の中には様々な色が含まれてるって言ったでしょ?」
「ああ、言ったな」
「“物”は“光”を反射するって事もさっき言ったわよね?」
「ああ」
「“物”はね、ある特定の“光”だけを反射する特性があるのよ」
「特定の光って何だ?」
「また質問するけど、私の髪は何色に見える?」
「青に決まってる」
「そう。青よ。それはね、私の髪が青い色の光を反射してるから、青に見えるわけなの」
うーん、話の意味がイマイチよくわからん。
「さっきの話を思い出して。あなたの目は、“光”の反射で初めて“物”が認識できるのよ」
「ふーむ……」
「つまりあなたの目は、“色”も、“光”があって初めて認識できる要素というわけなのよ」
うーん、わかったようなわからないような……。
「……やっぱりあなたには説明しても無駄だったわね」
ため息を吐きやがる。くそー、なんでコイツはイチイチムカつく事を言うんだ。
「つまりはあれだ! ほら、オレは、オレの目は、光があってこそその機能を最大限に活かせるって事だろ?」
「……平たく言えばそういう事なんだけどね」
「ふふふ、オレだってそのくらいはわかるさ」
「……どーだか」
冷ややかな目でオレを見ている。くっ、完全に舐められてる。ここはひとつ、大人としての貫禄をこの小娘に見せつけてやらねば!
「だからあれだろ? その目の仕組みと、この街が見えない事が関係あるって事だろ?」
どうだ。オレのこの論理的帰結は。
「……そんなの、話の流れからして誰でもわかるわよ」
イチイチ見下しやがる。くそー、いつか覚えていろ。
「せっかくだから最後まで説明するわ。つまり、ここが……この街があなたから見えなかったのは、あなたの視覚能力の隙を突いたってわけなの」
「……隙を突いた?」
「さっき、あなたの目が“物”を認識するには“光”が必要って言ったわよね?」
「ああ。言ったな」
「あなたがこの街が見えなかった理由は──」
そう言うと、ミクは背後に連なるビル群を見上げた。
「あのビルが、光を反射しなかったからなのよ。だからあなたの目じゃ、あのビルを認識できなかった」
「光を反射しなかった? そんな事があり得るのか? というか、今オレの目にはハッキリとあのビルは見えているぞ」
「ここはフィルタの効果が及んでないからね。もっと遠くから見たら効果が出るように設定してるのよ」
そうなのか。
「話を戻すわ。つまりはフィルタの効果で、あなたの目にはこのビルが認識できないようにしていたのよ。ビルが光を反射できないようにしてね」
「そんな事をどうやって?」
「技術的な説明をしてもどうせわかりっこないから飛ばすけど、つまりは光の屈折率をコントロールして見えなくしていたってわけなの」
「ひ、光の屈折率……?」
「簡単に言えば、本来ビルに当たるべき光を迂回させてたわけなのよ。もう一度思い出して。“物”を認識するには“光”が必要なのよ。“物”が“光”を反射する事がね」
「……そういう事になるな」
「じゃあ、“物”に……ビルに“光”が届かなくて、そのまま迂回するように通り抜けたら何が見えると思う?」
「光が当たらない……?」
光がビルに当たらなかったら、その光は当然向こう側へ抜けるわけだから……。
「……ビルの奧にある物? 見えるのは」
「そう。そういう事なのよ」
ミクはまた自慢気に笑みを浮かべる。
「ビルが見えないで、ビルの向こう側……つまりはビルの向こう側にある砂漠の景色があなたには見えていたのよ」
「……あー、なるほど」
つまりは光の流れをコントロールして、ビルをすり抜けてビルの奧にある映像を見えるように細工していたってわけか。オレもなかなかやるじゃん。
「……こんな事がわかったぐらいで、なに喜んでるのよ」
ミクは疲れたと言った感じに大きくため息を吐く。
うるさい。オレにはそれがわかっただけでも嬉しい事なんだよ!
……ん? ちょっと待てよ。光の屈折率をコントロール? なんだそれは。それってもの凄い技術じゃないか? オレがいた“施設”ではそんな話は聞いたことないぞ。
これは、もしかして……。
「おい、ミク」
「なによ?」
「フィルタとか言ったな。その技術は、もしかして大戦前のものなんじゃないのか?」
「そうよ。それがどうかしたの?」
シレっと言いやがる。
それはもの凄く重要な事だぞ。
「お前……大戦前の、旧時代の技術を使えるって何者なんだよ?」
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