私立夜影高校はど田舎にある。
夏は暑いし虫はいるし、冬は冬で雪が多くて寒い。
それでも私の可哀想な脳ミソで行ける上に、音楽に力を入れている珍しい学校だったから、私は迷わずここに入った。
夜影高校には夜影館というまぁなんと分かりやすいんでしょうとツッコミたくなるような名前の寮がある。
冒頭でも言ったけど、ど田舎にある学校だからほとんどの生徒が寮生で、私もその一人だ。
本当は住み慣れた家、育んできた愛のヲタ部屋を離れての生活なんて嫌だから維持でも家から通ってやる、と思っていた。
でも住めば都とはよく言ったもので、入学から数ヶ月たった今はむしろ、この夜影館が私の家だと思えるくらいだ。
割り当てられた個室も見事なヲタ部屋に成長した。そりゃもう立派に。3年後に綺麗にして返せるのかが恐ろしく不安なくらいに。
まぁ、それはいいや。
そして私は、今そのヲタ部屋から出たところだった。
上履き用であるお気に入りの赤いスニーカーのかかとをスリッパ履きして、ぺったんぺったん言わせながら廊下を歩く。
廊下は真夏の夜だというのに、寒すぎないほどよい涼しさだった。
前から思ってたけどなんでこんなど田舎に電気が通ってるんだろ。電柱とか見えないところにあるのかな。まさか、大量に自家発電してるとか?なんてどうでもいいことを考えていたら、ふいにどこからか漂ってきた良い匂いが鼻をかすめた。
甘い、お菓子の香り。
その香りを追うようにしてパタパタと廊下を走って行くと、それだけで目立つほど長髪の後ろ姿が見えた。
「みこ!」
呼び止めると、長髪の少女は振り返った。
みこはこの学校へ来て初めて出来た友達だ。
入学したばかりの頃、不安でいっぱいだった私にアップルパイをくれて、彼女のお茶会に誘ってくれた。
そんな優しいみこと無類の甘いモノ好きの私が仲良くなるのはとても早かった。
「アキ、靴をちゃんと履きなさい。」
そばに走りよると、まず第一に注意された。
趣味がお菓子作りなのとも関係しているのか、みこは細かいことによく気がつく。声がとても柔らかいから気には障らないんだけどね。
「えーいいよ、めんどくさい。てか私蝶結びできないからさ、一回ほどいて緩めてから履くのもねー。」
「もう、そんなこといってこないだ転んだのはアキでしょう?私がやってあげるわ。」
みこは持っていたバスケットを床におき、抱えていたクマのぬいぐるみを私に持たせた。
クマの名前はウィリアムで、みこの大事な大事なお友達だ。
「はい、できた。」
「さすが、器用だよね。」
「アキが不器用なんだと思うよ・・・・・・。」
私からウィリアムを受け取り、バスケットを持ち上げたみこは、思い出したように私に聞く。
「アキはこれから練習に行くの?」
「うん!防音室行く途中でみこのアップルパイの匂いがしたから追っかけてきました。」
「すごい、確かに中身はアップルパイよ。さっき作ったの。本当にお菓子に関してはアキの鼻はよく働くわね。」
キリッとノリで敬礼をして見せる私に呆れたようにみこは笑う。
「練習に行く途中なら一緒に行ってもいいかしら?」
「いいよいいよ!一緒に行こう。」
「練習の合間にアップルパイを食べるのもいいわね」
「賛成!」
私達のいう練習とは、歌の練習のこと。
音楽に力を入れているだけあって、夜影館には地下1階に防音室があって、夜の空き時間は好きに使って良いことになっている。
そういうちゃんとした設備があるのもこの寮の魅力だ。
私はそこで毎晩自分の専攻である歌の練習をしていた。
まぁ、オペラとかそういうカッコいいのじゃなくて、私の場合はネットとかに投稿する歌ってみたが基本なんだけど。
それでもこうして毎日専門の勉強をしていれば将来の役に立つはずだ。
みこは特に将来の夢は決まっていないが、とりあえず音楽に関わる仕事がしたいらしい。みこはその乙女チックな外見に似合うピアノとバイオリンが得意だった。
「そういえばほら、頼まれていた曲のピアノアレンジ出来たよ。ちゃんとキーも合ってるわ。」
「本当!今、弾ける?」
「いいわ。」
「やった!」
地下1階のピアノがある防音室を選んで入る。
みこは置いてあったパイプ椅子を2つ並べて、ウィリアムを座らせてバスケットを置くと、真ん中にでーんとある立派なグランドピアノの椅子を引いた。
重いピアノの蓋を二人で持ち上げると、つっかえぼうのようなものがそれを支えた。
私はピアノと適度な距離を離れて立つと、姿勢をただして深呼吸する。
みこの手が軽やかに動いて前奏を奏で始めた。
私が低音で歌うと、見事に音が絡んで綺麗な曲になった。
うん、ちゃんと頼んだ通りだ、さすがみこ。
私が頼んでいたのは、とある有名な女声ボカロの曲の編曲だ。
今度投稿する予定で、せっかくならばアナザーバージョン、つまり女性視点の曲を男性視点で歌いたかったのだ。
何を隠そう私は両声類だ。使えるものは使うというか、どうせなら色んなことに挑戦してみたい。
しばらく歌っていると、ふと防音室のドアの向こうで人影が動いた気がした。ドアには特殊硝子の窓があって、見えはしないけれど誰かいたらわかる仕様になっている。
ピアノ部屋を使いたくて待っている次の人だとまずいと思い、みこに合図して演奏をやめる。
ガチャッとドアを開けると、そこには男子が立っていた。
喋ったことはないけど、同じ1年だというのは授業で見たことあるからわかる。
男子にしては長い肩まである黒髪で、ちょっとタレ目なのが特徴のこの人の名前は何だっけ?
「え!?」
「え?」
とりあえず、話さないとと思ってたら、何故かいきなり驚かれた。
「い、今歌ってたのって、君ですか?」
「ん?あぁ、そうだよ。てか敬語いらないよ。1年でしよ?」
「お、おぅ!お前両声類なんだな!しかも今の曲ってボカロ曲のピアノアレンジだろ?スゲーなお前ら!」
急に話し方が崩れたこの男子は、私が男声を出していたことに驚いたらしい。
確かに体はみことそんな変わらないくらい小さいし、猫っぽいと自負する顔もポニーテイルにした髪も見た目は完全に女っぽいとよく言われ、驚かれるから無理もないんだろう。
「俺はろうき!な、友達になろーぜ!」
「私はみこよ。」
「ほんで、私がアキ。」
「え、じゃあやっぱうちの学年にいるっていうあのイケボ両声類歌い手の」
「そうです。私が変なオジサンです。」
「聞いてないけど!?」
「ろうき、ツッコミをいれてたらキリがないわ。アキは変態星の王女だから。」
「なにそれ嫌だ!」
それが、私達3人ののファーストコンタクトだった。
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みこ
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…たぶん学力試験がない学校なのでしょう。
みこ&ウィリアムを登場させていただいてありがとうございます!
楽しく読ませていただきました。
自分が出てくるなんて面白いですね!
ファーストコンタクトということは続きがあるのでしょうか。楽しみにしております!
2013/08/15 00:32:11