――これが報いだというのなら、
私は喜んでこの身を捧げよう。
あの人を失った時から、私に残ったのは"歌うこと"だけ。
それすらも許されないのなら、
私は死者と何ら変わらない。



ごとごとと馬車は進んでいく。

「見えてきたよ、リン」

いつもの文句を軽く受け流して、僕は行く先を指差した。
一面につたの絡み付いた小さな城は、リンのものと比べるとまるでおもちゃのように見える。

「緊張するわ」

豪勢なドレスに身を包んだリンは、ひざの上できゅ とこぶしをつくった。

「あがってるの? 珍しい。
 久しぶりに人前で歌うんだもんね。仕方ないか」

この世界で実権を握るのはもちろん王族や貴族だけれど、
民や他国からの尊敬を得るには"歌い手"としての才能が必要だ。

それにはこんな理由がある。

昔から信じられている伝説で、ある時ひどい日照りが続き、
水も作物も枯れ果て、死者が大勢出た。
人々は人身御供を神に捧げることを決め、一人の巫女をたるに入れて海に流した。

巫女も皆の助けになるならと自ら望んだのだが、
はたして自分一人の命で神の慈悲を請えるのかと思い、
自分が捧げられるものは全て差し出そうと、沈みゆくたるの中で歌を歌い始めた。

途端、空から雨が降り注ぎ、大地は潤い、植物は息を吹き返した。
人々は生気を取り戻し、巫女の入ったたるは岸へと戻ってきていた。

この奇跡は神に捧げた歌があまりにも素晴らしかったためと言われていて、
故に今も歌の上手い下手はとても重く見られている。

「今日は近隣の国の方々が集まってるのよ。粗相はできないわ」
「リンはそのままで大丈夫だよ」

そう言うと、リンはにっこりと笑って言った。

「もちろんよ」

その時、馬車の外から歌声が聞こえてきた。
高く澄んだキレイな声。

僕とリンは窓から外をのぞいた。

街角で、少女が歌っていた。
僕らより少し年上だろうか、鮮やかなミドリの髪を二つに束ね、
のびのびと優しげに歌う姿はまるで天使のようだった。

彼女の歌っている曲はレクイエムのようだったけれど、
やわらかな笑顔はそんなことを感じさせないほど幸せそうで、
周りの視線も穏やかだった。

『ありふれた人生を 紅く色付ける様な
 たおやかな恋でした たおやかな恋でした
 さよなら……』

「……上手いわね」
「そうだね」

リンが素直にほめたようだったので、僕も素直に頷いた。

ごとごとと馬車は進んでいく。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

ミドリノクニ【悪ノ】

閲覧数:463

投稿日:2009/06/28 17:11:29

文字数:1,029文字

カテゴリ:小説

オススメ作品

クリップボードにコピーしました