A kind of Short Story ~ from『tautology』
ディスプレイを睨み、マウスをクリックする。
一拍の長さを示すバーが、半拍のバーと休符に入れ替わる。
画面上のボタンをクリックすると、青年のヘッドホンにメロディが流れる。
――うん、これで少し締まった感じになった。あとは……ビートの打ち込み直しだな。
ビートボックスからいくつかのパターンを選び出し、BPMを合わせて流してみる。
時刻は、もう午前4時を回っていた。
♯ ♯ ♯
DTMという言葉が普及しだしたのは、10年以上前になるだろうか。
パソコンが身近なものになり、絵でも写真でも、クリエイティブな作業をパソコンで行うことが多くなった。
音楽も、例外ではない。もともと、プロの現場では、それこそ『PROTOOLs』と呼ばれる有名なレコーディング機材があり、レコーディングした音源をデジタル処理して補正・加工などを行っていた。
そうした専門的な機材が無くとも、自宅のパソコンひとつで作曲・編曲ができるソフトが出始め、「(楽器などを使わず)机上で作成する音楽」という意味でDesk Top Music、略してDTMという言葉が浸透した。
音楽は好きだけれど楽器は弾けない……という人は多い。
青年も、その一人だった。
青年の自室には、古いデスクトップパソコンがある。他にはヘッドホンとスピーカー、安いミニコンポ、そしてDTM関連の雑誌。それにゲームソフト数本と、そのハードと言った具合だ。
新たにダウンロードしたサンプリング音源を使って、既存のメロディにあててみる。
――うん、やっぱりこっちの方が良さそうだ。でも音圧は、すこし不足気味だな……。
丹念にパッチを割り当て、パンを調整して音像を作り上げていく。
♯ ♯ ♯
青年が作曲――DTMを――始めたのは、大学に入って暫くした頃である。
もともとゲーム好きだった彼は、その頃、特に楽器の演奏を模したゲーム、いわゆる「音楽ゲーム(音ゲー)」にのめり込んでいた。
ドラムキットのような物を叩き、ギターに似せたコントローラーを操り……、
彼は、ゲームセンターでそれらのゲームに習熟していった。
もともと音楽が特別に好き、というわけではない。
中学時代は陸上部に所属してはいたものの、目立った成績も無く、気怠い学校生活のひとつとしてそれを行っているに過ぎなかった。
高校時代は帰宅部で、週2回のコンビニバイトをしていたくらいで、とくにこれといった趣味も無かった。
それでもゲームが好きではあったので、友人たちと学校帰りにゲームセンターに立ち寄ってレースゲームなどに興じてはいたが、友人たちは次第に、ゲームよりも女の子の方に興味が移っていった。
青年は、やがてゲーセンに一人で通うようになった。
浪人は出来ないという理由で、滑り止めとして受けていた地元の大学に進学を決めたとき、彼にはなんの感慨も無かった。
合格したという達成感も、希望校に受からなかったという敗北感も無い。あるのはただ、これからまた新しい人間関係を築かなくてはいけない、という面倒くささだけだった。
4月特有の、異常に浮かれた、居心地の悪い高揚感。
いわゆる「リア充」をことさらアピールするように、携帯電話のアドレスを集めまくる新入生たち。
青年は、高校の頃の友人たちとは疎遠になっていた。何人かは、同じ高校の連中も入学したのだが、彼らは彼らで新しい友人作りに必死な様子だったし、青年も取り立てて彼らと一緒にいたいとは思わなかった。
サークルの勧誘を眺めては見たが、魅力を感じる物はなく、アルバイトでもして適当に過ごそうと考えていた。
♯ ♯ ♯
ゴールデンウイークが終わり、講義室でも大体の定位置やグループが固まってきた頃。
青年も、当たり障りなく講義ごとのグループになんとなく属していた。
あるグループの一人が、パソコン雑誌を持ってきた。彼はそれを借りて講義中に読んでいた。
そこには、興味を惹くものが書かれていた。
ボーカロイド。
いうなれば、ひとの声のMIDI音源。
そのキャラクター画が、彼の目を捕らえて離さなかった。
コバルトブルーの髪をツインテールにし、ネクタイのなびくブラウスにミニスカートを翻らせた、可憐な少女の姿が、そこにはあった。
青年は夢中で記事を読み込んだ。
DTMは、何となく知っている。
けれど、自分でやったことはない。
音ゲーは得意ではあった。音ゲーの音楽も気に入っていて、インターネットでダウンロードすることもあった。
――この娘に、歌わせてみたい。この娘に、僕のためだけの曲を、歌ってもらいたい。
衝動を抑えつつ、彼は週末にPCショップに行き、DTMソフトに関する書籍と、ボーカロイド『初音ミク』を、購入したのだった。
♯ ♯ ♯
メモ帳に並べた詞を、メロディに合うよう譜割りしていく。
単語の意味を崩さないよう、間延びしないよう、気を配る。
ウェブの辞書を参照し、適宜、類義語に置き換えていく。
自室にこもる時間が増えた。
帰宅すると、まずパソコンの電源を入れ、DTMソフトを立ち上げる。
はじめは短いメロディを作っては弄っているに過ぎなかったが、やがてCMのメロディを自分なりにコピーしてみたり、雑誌に付いていた初心者向けのお手本を作ってみたりした。
青年にとって、音楽が、これほど身近に思えたことはない。
音楽の授業はどちらかと言えばキライだったし、音符と休符をいくら正しく覚えたところで、カラオケがうまく歌えるわけはないのだ。
リコーダーやピアニカよりも、ギターやドラムの方がよほどカッコいい。
それらを弾けない彼は、そのことにいささか劣等感を感じていた。
しかし、それも過去のことである。
いまや彼は、パソコンを通じてそれらを「弾く」ことのできる術を手に入れた。
音符を並べ、音源MIDIをあてることで、イメージする音楽に近づくことが出来るようになったのだ。
一方で、購入したボーカロイドには、まだ手をつけてはいなかった。
正確に言うと、購入したその日の夜に、インストールして動かしはした。
しかし彼にはまだ曲作りのノウハウが無く、拙い音列を「彼女」に「歌わせた」ものの、その出来たるや彼を絶望させるだけであった。
イメージしたものと出来上がったもののギャップが、あまりにあり過ぎたのだ。
彼はボーカロイドを封印し、DTMの腕を磨くことに専念したのだった。
授業が終わるとすぐさま自宅に帰り、デスクトップに向かう。
試したいパターン、どうにか捻り出したメロディ、電車の中で思いついた歌詞……。
青年は、日常生活のあらゆる要素を、「作曲」につぎ込んでいた。
テレビは、見なくなった。
夕食が済むとすぐに自室に戻り、スリープ状態のパソコンを起こして、作業の続きを始める。
大学では、講義の合間に友人たちがドラマやバラエティ番組の話題で盛り上がっているが、彼には、それらの話題が分からない。笑って話を聞いていて、たまに話題を振られると、バイトに行っていて見逃したと答える。そういった話題を、内心では、くだらないと思ってうんざりしていた。
♯ ♯ ♯
そうして、ようやく曲といえるようなものが出来上がった。
雑誌の付録の、初心者向けの曲ではない。もちろんカバーソングでも、無い。
正真正銘、彼のオリジナルと言える曲が出来上がったのだ。
――歌ってくれるかな……?
半ば祈るような気持ちで、ボーカロイドを起動した。
キュートで伸びやかな声が、彼の打ち込んだ歌詞を奏でていく。
なんだか恥ずかしいような、それでも想像以上のものが出来上がったような、不思議な感覚に囚われ、彼はしばし震えていた。
文字通り、震えていた。
背筋がぞくぞくする、別に寒くもないのに寒気がする感覚……。
そして、内側から沸き上がってくる、どうにも抑えられない衝動が、彼を激しくノックするのだった。
ディスプレイの前で、彼は思わず拳を握り、必死に抑えながら、小さく叫んだ。
――やった、やったぞ! これでいける!
ディスプレイには、歌い終えた少女が、きょとんと首をかしげて、不思議そうに彼を見つめていた。
A kind of Short Story from 『tautology』 1/4
m@rkさんの楽曲『tautology』に感動して書き殴ったSSモドキです
DTMもボーカロイドもイマイチ良く分かっていませんが、よしなに
※2ch創作発表板にて投稿した作品の改訂版です
コメント1
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rDottyBoom
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ご意見・ご感想
m@rk
ご意見・ご感想
ありがとうございました!
こうして、イメージを膨らませていただけるとは…!
実際、自分もほぼ楽器は弾けないので、
音楽っていうわりにパソコンに向かってマウスを握ってるだけですねw
2010/07/11 11:35:44
acidjazzfreak
こちらこそ、読んでくださってありがとうございます!
素敵な曲で、何回も聴いてしまいます……
聴きながら浮かんだのがラストの情景で、そこへ持っていくためにいろいろ書き連ねたって感じです
これからも素敵な曲を作り続けてください!!
2010/07/17 19:54:28