翌日、緑の国への進軍の準備が始まった。
姫様は昨日も泣いたのだろう、泣き腫らした顔のまま。
僕はあの後目を冷やして湯気を吸い、蜂蜜を飲んだおかげて少しはまともな声も出るし目は赤らんだ程度。
泣き腫らして苦しんでいる彼女が気付くわけもない。
三時になったと言うのに彼女はいつものようにおやつの時間を主張しない。



「今日のおやつはブリオッシュだよ。」


ゆっくりと振り返って僕を見た。


「あぁ、レン。例の娘は死んだのね?」
「うん、もう、いない。」
「ありがとう。」


そういって安心したように彼女は笑った。
無邪気に、笑った。
そして彼女はブリオッシュに手を伸ばした。
ただ、僕はあの子の生死を確認していなかった。
心臓をさしたつもりだけどどうだろう。柄までえぐりこんだけど毒は塗っていない。
確認するのは恐かった。



「美味しい!レンも食べて!ほら!」
「うん。ありがとう。」



味なんかわからなかったけれど、僕は美味しいね、と笑った。
彼女の笑顔にどこか救われた気がした。




緑の国への侵略はあまりに容易だった。直ぐに首都は制圧され緑の国は滅びた。
不意を突かれたうえ、もとより軍事力の弱い国だ。
国は焦土となっていく。
しかし、侵略後も市民は抵抗した。
それらを鎮圧した頃には二年余りがたっていた。


そしてその頃には、僕らの国も限界に来ていた。
小規模の反乱、飢饉、増える税、延びる戦争。




国の滅びる音はそこかしこで鳴り響く。貴族の家は襲撃され、国民は集会を繰り返す。
大臣たちも少しずつ、逃げるように亡命していった。
姫様は気付かない。気付くはずがない。
彼女の生活に変化はないのだから。


「あら、おやつの時間だわ。」


彼女はタルトを頬張る。
美味しいと笑う。






限界、かな。





僕は街に出た。
ボロを着て、髪をボサボサにして、汚い靴をはいて。
街は浮浪者と乞食であふれている。城下町だからこれでも大したことはない。
僕は必要なものを手に入れるべく探して歩いた。
1日では見つからず、何日も探してようやく必要な数を手に入れた。





これで大丈夫。







他にも僕は毎日城外を歩き回り、ようやく準備が終わった辺りで革命軍がたったという知らせが入った。
なんとか、間に合ったらしい。
それから革命軍が大きくなるまで大した時間はかからなかった。
革命の大火は大きく燃え上がった。
どうも、青の国がバックについたという噂もながれた。



長年の戦で疲弊した軍には勝ち目がなく、それどころか裏切り者も多くでた。
城は遂に囲まれた。
最後の兵士たちが守るが恐らくもって1日。




その半日前の話。
遂に民衆が結集し、城の前に集まりだしたころ。
僕はリンに国のこれからを告げた。

「なによ、何よそれ!!」



狼狽し、叫ぶ彼女。



「私が何をしたっていうの?」
「リン。」
「ねぇ、レン!なんなのそれ?おかしいわよ、ねえ?」
「リン。」
「なんで・・なんで平気そうな顔をしてるのよ?ねえ!」



震える声。
仕方がない。



「リン。聞いて。」



僕が語るのは国の滅亡の原因。国民の存在。





今まで、リンには伝えなかった僕の罪。





「何よそれ!しらないわ!私は知らなかったのよ!!私は悪くない!ねぇ、そうでしょう?」
「そうだよ。リンは悪くないんだ。」




でも、どうしようもないんだ。




君の過ちを止めなかったのも君にこの事をもっと早く告げなかったのも僕の罪で、僕のわがままなんだ。






ごめんね、リン。
こうするしかなかったんだよ。






可哀想な僕のお姫様。








純粋で純真で無垢で可愛い我儘なお姫様。
君は何も知らない赤ん坊みたいで、僕は君が可愛かったんだけど、可愛がりすぎて愛し方を間違えたんだ。
辛い思いをさせるね、ごめん。









「リン、僕の服を貸してあげる。これを着て直ぐお逃げなさい。」
「・・え?」
「それから、城を出たらこのボロをきて、髪の毛をボサボサにして、靴も、これをはくんだ。」
「なによこれ!ゴミじゃない!」
「いいや、これが国民の服だよ。リンがおやつを食べるために国民は税を納めて、それが生活を圧迫した。その日食べるものもなく、ボロを着るしか着るものがなかったんだ。靴だって皆本当ははけないんだ。」
「なに、それ。私が、私が悪いの?」
「いいや、悪いのは僕だよ。何も教えなかった僕だ。」
「……わかった、わかったわ。たとえどんな生活だって死ぬよりましだもの。」


震える彼女。震える声。悔しいんだね。辛いんだね。


「これに書いてあるように逃げて、これに書いてある場所に逃げるんだよ?そしてリンと名乗るんだ。フルネームじゃないよ?それから後は逃げながら読んで。ゆっくり休みながら行っても3日も歩けば着くから。」
「どこなの?」
「人のいい老夫婦の家。只の国民なんだけどね。」
「平民の世話になれっていうの?」
「ずっと、世話になってきたんだよ、リン。」




これも僕は教えていなかった。
ごめんね。全てが後の祭り。






「・・・レンは?」





リンはためらうように聞いた。僕は髪を結い上げ、リンの頭に手を伸ばし、その髪についていた薔薇の形の髪飾りをとり、髪に着けた。
僕の慣れた手つきにリンは気付かない。


「大丈夫、僕らは双子だよ。きっと誰にもわからないさ。」



手入れの行き届いた肌。日焼けなんかしていない。
鍛えられていない体。それなりに肉もついてる
爪だってきれいにととのっているし手にもそれなりに肉がのってる。
胸の小さい姫様だからそこだって問題ない。
瓜二つの声。髪の長さだって、身長だって変わらない。
あと一年遅かったら危なかった。まだ薄く化粧をすれば間に合う。



僕は君の影なんだ。
細かい仕草だって誰も気付かない。
女性らしい所作だって問題ない。






「一緒に、逃げればいいじゃない。」






リンの声が引きつる。うまくしゃべれないんだね。
君を納得させるために僕は華麗な嘘を用意していた。






「大丈夫、僕は囮だよ。逃げて直ぐに追い付くから。」






リンは安心したように少し笑って、分かったといった。





ごめんね。






リンが逃げるのを見て僕は一度風呂に入ってから、着替えた。
できるだけ豪勢な服。
そして薄く化粧をして、甘い香水をふりかけて、髪を結う。
髪飾りをつけて、お菓子を用意して、頬張った。
甘い甘い食感から、死を意識して怖くなった。







それから人を刺したあの感覚が浮かんで、恐怖は消えた。







何をいまさら。
予定通り。変更はなし。



生まれた瞬間から。






便宜上定着した僕の名前も着けてくれたのはリンなんだ。



リン、僕のお姫様。



ごめんなさい。









扉が乱暴にあけられる。
入ってきたのは勝ち誇った赤い鎧の女剣士。

あぁ、この国は女性に守られるんだな。



「この城は落ちた!大人しくすることね。身柄を拘束しなさい。」



男が数人よってきて腕を捕まれた。
それを振り払うと僕は叫んだ。



「この、無礼者!」



怯む男たち。
女剣士は目を見開いて、眉間に皺を寄せた。



「あなたは、もう女王じゃないのよ。」



僕は、いや、


高慢な悪の女王は高らかに笑った。




「いいえ、私は死の瞬間まで女王だわ。」
「何を…っ。」
「だってそうでしょう?憐れな愚民ども。生まれた瞬間から死するときまで私は女王。」




ふふふふ。あははは。




高らかに笑い声を上げて歩きだす。
唖然とする女剣士。他の奴らも同様だ。
中に紛れていた見覚えのある帽子を深くかぶった青い髪の男に手を差し出す。



「エスコートしてくださるかしら。」



思わず手をとる青い男。
赤い女剣士に助けを求めるように視線を送る。



「つ、連れていけっ!」



そのまま牢屋に導かれる。まるで庭を散歩するように歩く女王に困惑する平民。



「どうせ処刑するんだ。好きにすればいい。」



吐き捨てるようにいった女剣士の言葉にも女王は反応せず微笑みを湛えていた。
牢屋に入れられる前に女剣士が着替えるように言った。
服に何か仕込んでいては困るからと、彼女は言う。



「仕込む?そんな無様をさらすならば逃げているわ。」



クスクスと笑うと女剣士は言葉につまり私を檻のなかに入れ鍵を掛けた。








「女王、あなたの処刑時刻は追って連絡してやるわ。それまで、懺悔でもすることね!」







私はまたクスクスと笑った。女剣士は耐え切れず足早に去っていった。牢屋には見張りが二人だけ。
私はかたい牢屋のベッドに腰をかける。
そして、静かに、仕掛けの準備をした。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【三幕】悪ノ物語【悪ノ召使独自解釈小説】

悪ノ召使のあくまでも偏見による独自解釈の二次創作です。
あくまでも一つの妄想ストーリーとしてお楽しみください。
出来るだけ美化しないように書いているつもりです。
また、作品としては人間らしく汚くて、綺麗で、もがいて苦しんでいる彼らの様が伝わればうれしいです。
レン視点で進めているのでレンが知り得る事しかかけていません。事象は矛盾しないようにしていますが、感情は矛盾だらけで沢山彼が苦しみます。
なお、時代背景はファンタジーではありますが、なまじそれっぽい(歴史っぽい)流れがあります。作者の不勉強故、おい、おかしいよ!という部分はあるとは思いますが流してやってください。すみません。

文章にかんするご意見、ご感想はいただけると糧になります。

閲覧数:878

投稿日:2009/02/05 11:45:13

文字数:3,724文字

カテゴリ:小説

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