16.正義と過去
市庁舎の掲示板にリント捜索のポスターが貼り出された半時後には、近所の者の手によってヴァシリスの博物館の扉が叩かれていた。
「ヴァシリスさん! いるかね!」
ちょうどレンカは仕事に出ており、博物館ではいつものようにリントとヴァシリスが二人で資料の整理をしていた。
ヴァシリスは急いでリントを資料棚の中へと隠し、ゆったりとした足取りで扉を開けた。
「どうしましたか、みなさん」
ヴァシリスの馴染みの者たちが、興奮した面持ちで集まっていた。
「飛行機が落ちて死んだと思ったリントが、生きているかもしれないってさ!」
どきりとヴァシリスの心臓が跳ね上がる。
「なに、驚いた顔してる! 吉報じゃないか!」
「ドレスズ島の漁師が今朝、市庁舎に来たってよ! あの日、舟が無くなっていたんだと! でだな、もしかしたら、リントが、不慣れな土地で助けを呼ぶために借りたのではないかと!」
ヴァシリスは、必死で自らの動揺をなだめていた。
「リントが生きてりゃあな……」
ああ、と集まった人々が頷いた。
「あの腕前だ、奥の国の根城などあっという間に爆破しちまうよ!」
「そしたら、戦争もおしまいだな! 若い奴らもすぐに戻ってくるのになぁ!」
ああ、とうなずきあう群衆を目の前に、ヴァシリスはまるで一枚絵の前に立っているかのように眺めていた。
すぐ隣の事務所には、リントがいる。このやりとりも、きっと聞こえているだろう。
「じゃあな、ヴァズ。あんたのとこにも何か情報があったら、頼むよ!こっちも知らせるから!」
いやぁ良い知らせだ、と、群衆はヴァシリスの前から去って行った。
「頼むよ、か」
ヴァシリスはちらりと事務所の方を見やった。ぴたりと閉めた扉に向かって呟いた。
「……『島っ子』根性、ね。
……『身内』には限りなく優しい、」
「ヒゲさん」
かけられた言葉に、ハッとヴァシリスが我に返る。
「リントくん! 今日は展示室に来ちゃ駄目だ。一日事務所に隠れていなさい!」
「ヒゲさん……」
リントが、ふり返ったヴァシリスの胸に、ふらりと倒れこんだ。
「オレ、やっぱり間違ったかな。オレがちゃんと飛行機に乗って、敵地に爆弾落としてくれば、戦争が早く終わって……結局、たくさんの人を助けることに、なったのかな」
「馬鹿野郎」
ヴァシリスの手が、リントの背に回され、そのままリントはぐっと彼の胸に抱きこまれた。
「君は、正しいよ。……いや、言いなおそう。俺にとっては『飛行機で爆弾を運びたく無い』と逃げてきた、君の行動の方が、正しい」
ヴァシリスの声が、リントの肩に降ってくる。
「俺にとっては、君の行動は正しいと思った。だから、君を隠した。
だからリント。君も、君の正しいと思ったことを貫けば良い」
リントの肩を押さえ、ヴァシリスはそっと語った。
「8年前に亡くなった、君の両親がそうしたように」
はっとリントの震えが止まり、青い瞳がヴァシリスを見上げる。
ヴァシリスは、しっかりと目を合わせて告げた。
「ラウーロ・カトプトロス。そして、サーラ・カトプトロス。
かれらは、君たちの未来を守るためと信じて、戦場に出た。……そして、死んだ」
リントは、久方ぶりに聞く両親の名前に、ただ頷いた。
* *
リントとレンカの父親、ラウーロは、この島の博物館の学芸員であり、サーラは当時としてはめずらしい女医師であった。
8年前、レンカとリントが10歳の時も、今回と同じく、奥の国と大陸の国で戦争が起こった。原因は、奥の国が「島の国」の海上ルートを押さえようとしたところである。
「この戦争に負けたら、『奥の国』が島々を支配するだろう」
そのような噂が飛び交った。現在、有事でない時は、島の国は、それぞれの島のルールにしたがって自治を行っている。それが戦争に負けた場合、『奥の国』の完全支配下になってしまうというのであった。
「『奥の国』の支配のやりくちは、他の国に、自国の文化を強制するところだ。
それは、島の文化を守る学芸員としては、黙っていられないだろう?」
自分はまだ若いから、十分役に立つさと、ラウーロは笑って島を旅立った。
「島の人が戦場で傷つくなら、それを助けるのが私の役目」
女でも、出来ることはいっぱいあるのよと、サーラは軍医の制服に身を包み、島を離れて行った。
島の特徴として、隣近所の関係は密である。10歳の子供ふたりを残したとしても、かならず誰かが世話をするという信頼関係があったことが、ラウーロとサーラに旅立ちを決めさせた。
この時、ヴァシリスは、学位を取ったばかりの学芸員見習いとして、ラウーロの仕事を手伝っていた。有事となり、島の移動が制限されるなかで、ヴァシリスはこの島でしばらく働く決意をした。
「ラウーロさんが帰ってくるまで、しっかり仕事を進めておきます」
「ああ、頼むよ。博物館は君にまかせれば安心だ。リントとレンカも、君を慕っているし、帰ってきたらベビーシッター料をはずむよ」
「そんなことより、ちゃんと生きて帰ってくださいよ? 俺ひとりじゃ、この島の歴史はまだまだ深すぎるのですから。……」
思わず涙ぐんだヴァシリスを、リントとレンカが思い切りからかったが、かれらはもう覚えてはいるまい。
「あら。ヴァズの方が泣き虫ね?」
「……本気で駄々をこねて通じるなら、俺はコネますけど」
サーラさんまで行かなくても、とつぶやいた声に、サーラはにこりと笑ったのだ。
「……この子たちがこの島を好きだというならば、守るのは、大人の役目よ」
そう言って港から船に乗り込んでいった。サーラがリントとレンカの頭をなでると同時に、うつむくヴァシリスの頭も撫でていった。
舟に手を振ることも出来なかった。笑って見送ることも出来なかった。手元に残されたふたりの子供を見ると、ついに涙腺が決壊した。
「ヴァズ……大丈夫? 泣かないで」
「ヴァズってば! 大丈夫だよ! オレたちがヴァズを守ってやるから! 博物館だって、今までどおり毎日行くからな! さびしくなんかないぞ!」
そして、数ヶ月後、戦争は終わり、大陸の国と島の国の同盟は、奥の国に勝利した。そして、ラウーロとサーラは帰ってきた。伝票の貼られた小包となって。
出し残した子供たちへの手紙、戦場でのかれらの日記。それらの物だけが、ずっと待っていたヴァシリスのもとへと届いた。
* *
滄海のPygmalion 16.正義と過去
……言っちゃった☆若者の主張、そして中年の主張。
発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp
空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません^^
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