金髪が風にさらさらっと靡いたから、あ、やっぱり女の子なんだなー、なんてちょっと失礼な事を考えた。
俺は、難しい事を考えるのは苦手だ。
考え込むのも、好きじゃない。
でもきみはいつも、憂鬱そうにシャーペンを指先で回す。
俺はいつの間にか、教室に入ったらまずその姿を確認するようになっていた。
<私的メランコリック Boy's side>
「よく話し掛けられるよなあ」
「へ?」
「だーかーらー、鏡音リンにだよ!」
そうそう、と周りから同意の声が上がって、俺は少しだけ首を傾げた。
「あ、リンさんに?…いや、だってなんやかんやで縁あるし、仲良くできるなら仲良くしたいじゃんよ」
今ひとつ言葉の意味が分からない。ただ、俺の周りの席にたむろしている奴らは揃って首を横に振った。まるで「お前は何も分かってない」とでも言いたげだ。
いいよ、どうせ俺は何も分かってませんよ。
「でも知ってたか?あいつ、めっちゃ頭良いんだよ」
「そうそう、学年でも一位争いしてるし、塾でもかなり上位なんだってさ」
「迂闊に話し掛けたら鼻で笑われそうじゃん。つかお前にも相当冷たくね?」
「んー、まあ確かに素っ気ない感じではあるかな」
「あー…やっぱそうかー。流石秀才、無駄話はしないのかな。レン、今度話に混ぜろよ。俺も冷たい目で見られたい」
「どうしよっかなー。わざわざ女の子に変態を紹介するような人でなしではないつもりなんだけどなー」
「ちょ、酷くね!?」
「おおレン、なんて的確な指摘だ」
「だよな、犯罪は未然に防がないと!」
「諦めろ芝見。お前の味方はいない」
わいわいと盛り上がる友達に適当に合わせながら、ちらりと目線だけ動かし、斜め方向にある机を見る。
いつもならその席で一人本を読んだり教科書を開いたりしている少女は、今はいない。学校に残ることのない彼女が、終業時刻を一時間ほど過ぎた今教室にいるはずがないとは分かっていたけれど。
…っていうか、リンさんは話し掛ければ普通に答えてくれるけどね。
心の中だけで呟く。
いつの間にか話の方向性は変わり、弄りやすい友人のからかい合戦になっている。気の毒だとは思うけど、まあ友情っていうか愛情みたいなものだし、諦めろ。弄られてるうちが華だ。
周りに合わせた曖昧な笑顔を浮かべながら、もう一度主のいない机を盗み見る。
鏡音リンに話し掛けたい、という願いに答えてやるのは簡単だったけど、結局俺はそれを言葉にするのをやめた。
理由は簡単。
小さな優越感というか、あんまり他の人とは会話をしないリンさんとは、俺が一番多く会話しているだろうっていう自負があったからだ。他の奴にその位置を奪われたくない、なんて狭量な思いが俺にそうさせた。
…でも冷静に考えれば、リンさんだって友達とかいるし…
考えて、高揚感が少し陰る。
確かにリンさんはちょっと素っ気ないけど、女の子たちは積極的ではないにしても用事があればスムーズに話し掛けているようだから、…あー、もしかしたら一番だの何だのなんて、俺のただの思い込みに過ぎないのかもしれない。
余り表には出さないが、彼女は性格も良い。俺にもシャーペン貸してくれたし。無愛想なのも慣れの問題っていうか、無表情の向こうに戸惑いが透けて見えて、どうも憎めない。本人は無自覚みたいだけど、困ったような無表情とかも取っ付きにくさはないから…まあ、正直俺は話してて楽しい。
リンさんについて考えるとき、最近の俺はそこで困ってしまう。
だってこのところ、なんか少しおかしいのだ。さっきも話し掛け方を言い渋ったように、他の人がリンさんと会話をしていると―――なんだかもやもやする。
その度に、形がある訳じゃないくせに確かに胸に渦巻くもやもやに首を捻るんだけど、首を捻ったからって何か分かるようになるわけでもない。
もしかしてこれって独占欲ってやつ?俺、リンさんのことが好きなんだろうか。
今まで意識して考えたことはなかったけれど、果たしてどうなのか。
少なくとも、一目惚れとかではなかった。
第一印象は優しさよりも頭の良さ、一匹狼っぽさが勝ってたし、可愛さだって(失礼でゴメン)抜きん出ていた訳じゃない。
敢えてリンさんに関連する、印象に残った事を考えてみるなら…
―――『おはよう』
「…レン?」
「ぎゃっ!?」
一瞬で現実に引き戻されて、思わず悲鳴を上げる。周りの友人達の不審そうな視線が痛い。
でも、誰のどんな行動よりも、自分自身が一瞬でどっぷりと回想に浸り込んでいた(しかもよりによって、リンさんについての!)事がとんでもなく恥ずかしくて、俺は間髪入れずに席を立った。
「ゴメン、俺もう帰らないと!」
「え!?」
「ちょ、レン!夕飯食いに行かないのかよ?」
「また今度誘って!」
教室を飛び出して靴箱まで駆けていく。
肩が風を切る感覚は気持ちいいけど、学校指定の上履きがどうも気分を急かして、「廊下は走っちゃいけません」なんて注意事項も完全に頭から吹き飛んだ。
外に出れば、日は暮れかけていた。雲がパステルカラーに染まっている空を恨めしい気分で睨みながら、徒歩十五分の自宅まで走って帰る。ただいまを言うのもおざなりに、部屋に駆け込んで着替えもせずにベッドにダイビングした。
走ったせいで息も苦しい。
だけど俺は、わざわざ口を開いて思いを言葉にした。
「あー、嘘、まさか…」
『おはよう』
珍しく通学路でリンさんに会ったあの日。
初めて彼女の微笑を見たあの日。
それは彼女が振り返る一瞬の間に生まれて消えた、掴み所の無いもので…しかもリンさんはその後、俺なんて気にもかけずにさっさと学校に向かって行ったけど…でも俺はとても珍しいものを目の当たりにしたような気がして、少しの間は動く事が出来なかった。
貫くような衝撃。
冷静に考えれば、俺はあの時彼女に射止められてしまったんだろう。
「意識しただけでいきなり、こんなに気になるなんてなあ…」
ちゃんと考えようとした途端にこのザマだ。気付いてしまったのが幸せだったのか不幸だったのかは分からない。
多分これは恋だろう。初めての事だから断言はできないけれど、俺の考える「恋」のイメージと今の心境はとても似通っていた。
…けどきっと叶わないんだろうな。
だって俺はこんなに子供っぽくて、軽薄で、頭だってリンさんと比べたら全然良くないし…おおう、なんという望みの薄さ。しかも身長も低ければ容姿がカッコイイ訳でもないって、俺、どこにも良い所ないじゃん。おまけにポーカーフェイスとか無理だから、ちょっと突かれたら即ボロが出そうだし。
今の所考えつく唯一の逃げ道は、この感情を出来るだけ放っておいて、忘れる方向に向かうということだ。
でも、無理だよ。
ぎゅ、と目をつぶって、結んでいた髪をぐしゃぐしゃに掻き乱す。
だって明日も学校だ。
明後日も学校だ。
だから、教室に行ったら間違いなくリンさんに会う。そうしたら、思い出してしまう。この気持ちを。
「せめてもう少しくらいまともに振る舞っとくべきだった…!」
今更嘆いても意味のないことを嘆き、頭を一つ振って明日の用意にかかる。
本当は、どんな接し方をしたらいいのかとか、どんな服装をしたら良く見てもらえるのかとか、そういうことを考えて箇条書に書き出したい。
ただ、憎らしいことに明日の地学は地名・国名テストがある。自信を持って自分の記憶力の悪さを保証できる俺としては、手を抜いた瞬間に色々と終わるのが嫌なくらいはっきりと予測できた。なんと言っても、我が家の家族は小テストであろうが手抜きに対して容赦がない。テストがある度にいつも思うけど、なんというスパルタ家族だ。
でも、気を紛らわすという観点から言えば、とても有り難い事でもあった。
結局、いつもよりも少しだけこんがらがった頭のままで学校に向かう。
昨夜は地理の記憶をした勢いで眠りにはつけたけど、起きて学校用の鞄を見た瞬間に、またあの気持ちがぶり返してきた。
どうしよう。どうしよう。絶対変な態度を取ってしまう。
ぐるぐると考えながら、よたよたと通学路を歩く。
―――視界に見た事のある金髪が映り込んだのは、突然のことだった。
あれは。
「り、リンさん!?」
黙っていればいいのに、俺は反射的に声をあげてしまう。だってこんな急に…って、そういえば彼女の家はそこの角を曲がった先なんだったっけ。要するにリンさんが急に視界に入ってきたのは、単に角を曲がってきたからだった。
俺の声を聞いて、俺より少し小柄な体が歩みを止める。こっちを振り向く。
あの日の、ように。
「おはよう」
―――『おはよう』
頭の中で声が重なる。同じように無愛想な一言。でもそれが冷たい感情から来たものではないって事を、俺は知っている。
笑って欲しい。
不意に込み上げてきた衝動に、地面を蹴る。自分が何をしているのか、自分でも良く分からない。
ただとにかく二人だけの時間を失いたくなくて、俺は駆け寄った勢いのまま、リンさんの白くて小さい左手を握…
………ってええええ、俺、ちょっ、何してんの!?
我ながら大胆すぎる。度胸があるというよりかは、考え無しって言った方が正しい。馬鹿だ。馬鹿だ。俺って、馬鹿すぎる!ご利用は計画的に!
当然ながらこちらを呆然と見つめ返すリンさんの顔を見て、不意に不安が胸の中で渦巻く。
―――かなり今更だけど、気持ち悪いって思われてたら…どうしよう…。
でも俺、難しい事なんてどう転んだって考えられないし、一直線に進むしか能がない。そもそも、考える前に口が動いていた。
「あ―――あのさっ!」
ぱちくり、きみが瞬く。その表情に、手を握られた事への不快感は見えない。
ただそれだけで、花の揺らめく通学路に光が満ちた。
「っ、ど、どうせ同じクラスだし…教室まで一緒に行かない?」
ああああああああ!
勝手に吃る自分の口を縫い付けてしまいたい。自分の関節がかちかちに固くなっているのを自覚して、情けなくなる。
なんか、もっと恋愛経験積んどけば良かった…
リンさんは暫くまじまじと俺の顔を見つめてから、いつもの通りに素っ気なく一言口にした。
「…私は、構わないけど」
俺は思わずリンさんの顔を見る。
何だろう。無表情…ではあるんだけど、少し怒っているような、喜んでいるような微妙な顔をしている…ような気がする。
うう。せめて人の表情を読み取るスキルくらい身につけておけば良かった!
これからは少し物を考えながら人と接しよう。今からだって遅くはないはずだ。だと思う。寧ろそうであってください、お願いします。
ああ、こんにちは物思い。
叶うなら、雨の季節を抜ける前に、きみとの関係が変わりますように。
できれば…良い方に。
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ご意見・ご感想
ゆゆけ
ご意見・ご感想
自己解釈上手すぎません!?てか、リンレンかわいいんですけど笑笑
これを読んでいると自分もリンちゃんみたいに頭よくしなきゃって思う笑笑
どうも、素敵な解釈ありがとうございますm(__)m
2017/09/21 00:08:00
梨亜
ご意見・ご感想
わんばんこ、梨亜です。
なんだこいつら可愛いですね!!
個人的にヘタレン×ツンデリンは大好物なので大変美味しかったですもぐもぐ。
青春万歳!もう、自分もいつか青春したい!ぶっちゃけ見てるだけで満足だけども!
私も両片思いが大変大好きなので本当に今回は大変美味しかったですもぐもぐ(本日二回目)
でわでわ!!
2010/09/20 20:03:07
翔破
わんわん(え?)!Boy's sideまでコメント下さってありがとうございます!
なんというもぐもぐ度…おいしく食べて頂けたでしょうか。
青春っていいですよね!多分私は来ないまま終わりました。
…いや今が最後のチャンスかもしれない…
でも正直恋愛沙汰は見ているだけの方が面白いです。恋する少年少女、可愛すぎるだろ!
なんだ自分、なんという駄目人間だ…知ってたけど。
ではでは、読んで下さり、ありがとうございました!
2010/09/20 20:14:45
lunar
ご意見・ご感想
こんばんは。何か慣れてくると日に何回もメッセ送ってくるlunarです。ウザかったら言って下さいね!
あ、良いですか、良いんですか! 有難う御座います! では早速ブクマさせて頂きますね! あぁ、幸せだな、本当に有難う御座います! 感謝してもしきれない位です!
コメントの方は無理なさらなくても結構ですよ。何時でも、翔破さんがしたい時にして下さって構いませんので。
楽しみにしてますね!(プレッシャーを掛けるでない
ヘタレン・・・。いや、見てて楽しかったです、アドレのギャグは。見た時に「あ、これの漫画描きてぇ・・・」て一瞬思ってしまいました←
恐れ多いので描いてないですけど← 描いても載せられない機械オンチだけど←
私のあのアドレの下らないギャグとは大違いですよ・・・うにうに・・・
・・・何だか長くなってしまって申し訳ございません。それでは、これからも何かある度にちょくちょく来るかも知れませんがその時は海の様に広い心で接してやって下さい。では。
2010/09/18 22:01:21
lunar
ご意見・ご感想
こんばんは! また来ました←
何か・・・ね、はい(何 初々しい感じがします・・・。あぁ、青春って此れの事を言うんですね、きっと!←何その知ったかぶり
やっぱり翔破さんの作品は素晴らしいですよ! 文才を分けて頂きたい位です・・・
私のあの駄文をちょくちょく見て下さってたなんて・・・なんか、本当にあんな下らないのでごめんなさい。いやいやいやいや、上手くないです、下手ですからね!(力説
私もちょくちょく翔破さんの作品見させて頂いてます! 私的にはアドレサンスが気に入ってます。レンがヘタレ・・・。
えっと、あの、何か行き成りであれなのですが、もし、翔破さんが宜しければ友達に・・・なって下さいますか?
あ、嫌でしたら結構ですので。餓鬼の戯言だと思って流して下さっても構いません。もし宜しければお気に入り登録しても宜しいでしょうか・・・?
長文&駄文失礼しました。それでは。
2010/09/18 21:33:34
翔破
こんばんは!
え、何ですかこの超展開…いいんですか私がお友達って!お気に入り登録とか、二つ返事で良いに決まってるじゃないですか!嫌どころか寧ろ嬉しいです。
よし、週明けに友達に自慢してやろう。←駄目な人
とりあえず私の方もユーザーブクマさせて頂きます。
本当はコメントとかも書きたいな―、と思っているんですが、無精者なのですみません…
ヘタレン、好みに合っていたら嬉しいです。なかなかヘタレは書かないので、どうも加減が分からないのです…。
2010/09/18 21:49:11