昔々のお話。
どんな人も、私を見ると一歩引いた。
「姫様おはようございます」
「ご機嫌いかがでしょうか姫様」
宮殿の中は息苦しくて、
かといってどこへ行っても私は「姫様」で。
だれか私の話を聞いて。
「はいかしこまりました」じゃなくって、
ほんとうに、ほんとうに。
一人のときに鏡をのぞくとさみしい瞳と目が合った。
だれか一緒にいて。
「はいかしこまりました」じゃなくって、
ほんとうに、ほんとうに。
彼と出会ったのはそんな時だった。
それはたまたま街に出ていた時で、
ふと眼をやった路地に彼がいたのだ。
汚れた衣服に包まれた、泥だらけの身体を静かに横たえて
ただ彼はそこにいた。
目が合った荒んだ瞳が、私と同じ色をしていた。
「ねえ姫様、僕がここにいるのは君のおかげなんだよ。
君が僕を拾ったからとかそんな安直なことを言うんじゃなくって、ただほんとうに君がいなかったら僕はあの暗い路地でひとり死んでいたんだよ。
どういうことかわかる? 僕はいま幸せだってこと!
だって君がここにいるだろ、それで君は僕と一緒にいると楽しそうに笑ってくれるだろ。
それがたまらなく嬉しいんだよ。
ねえ、だからさ姫様、ずっとずっと笑っていてよ。
僕は君の笑顔で生きてるんだ。」
恥ずかしげもなく彼は笑って、それで私の為にくるくる踊った。
数年前に宮廷道化師として彼を雇ったのは、その存在が地位だとか権力で発言や行動を制限される存在じゃなかったからだ。
私は彼と一緒にいたかったし、彼といると幸せだった。
それこそ、私は彼のおかげでここにいるのだ。
いや、
「いた」のだ。
「…姫様?」
彼が怪訝な顔をする。
こちらを見て驚いて踊りをやめて、小走りに私をささえてくれた。
肩に添えられた手がどうしようもなく暖かくて、それがなおさら悲しかった。
「どうしたの、姫様」
ぽろぽろぽろぽろ、あとからあとから流れる涙は止まらない。
彼といられなくなってしまう。
もうこれから、わたしはここにいられなくなってしまう。
助けて欲しくて、でもそれが無理なことだなんて百も承知で、どうしようもなくて。
左手を、彼に差し出す。
薬指に大きすぎる宝石が輝いていた。
ただただ涙をこぼすしか、できなかった。
ことの始まりは戦争がはじまりそうだったこと。
隣の大国が敵になれば、私たちのような小国なんてひとたまりもない。
だから互いに和睦を進めることにした。
そうしたらその国の王子様は、いたく私を気に入ってしまった。
もとが女好きの優男だったらしい。権力にものを言わせて同盟の交換条件に私の名が上がればもう、断ることなんてできるわけもなかった。
ほんとうは、ほんとうは今にも泣きそうだったというのに。
「逃げよう」
一瞬、彼が何を言ったのかわからなかった。
「逃げよう、姫様」
頬に涙を描いた道化師は、真剣な瞳で私を見つめた。
「ここから逃げよう姫様。
どうして君が犠牲にならなくっちゃあいけないのさ。
どうせあの国は君に飽きたらこの国に不利な条件を吹っ掛けるよ。どちらにせよ戦争なんていつかはおきるものなのさ。
だから姫様、僕と逃げよう。
一緒に、どこまでもどこまでも逃げよう。
それでずっと一緒に暮らすんだ。
ずっとずうっと、幸せに暮らすんだよ。」
「だけど、追手が来るにきまってるでしょう」
「そんなもの僕がどうにかするよ。
僕を誰だと思ってるのさ。君の宮廷道化師だよ?
王子さまにだってなんにだってなってあげる。
だから、一緒に逃げよう。
白馬は無いけど、僕が君を守るから」
そう言って彼はわたしを抱きしめた。
断る理由なんてあるわけもなかった。
あなたがそういうなら、それでいいと、私は確かにうなずいた。
踊り子と兵隊のマリオネット。
虐げられて、離れ離れ。
幸せなど、そう長く続くわけがないものだ。
逃げた。
二人で手をつないで、あっちからこっちから迫る灯りから逃げ回った。
囲まれて、森へ逃げ込んで、ああ、国境はもうすぐそこだというのに。
「逃げて、姫様」
「…え」
「僕が食い止めるから。姫様は逃げて」
「何言ってるの」
「走って。どこか遠くまで。
僕は君を守りたいよ、君が死ぬなんて耐えられない。
僕が捕まれば君はきっと助かるよ、だから」
「だけどそれじゃ、あなたが死ぬでしょう」
沈黙。
繋いだ手がじっとりと湿り気を帯びる。
「一緒に、どこまでも逃げるって、言ったじゃない」
力強くその手を握ると、彼は悲しそうにこちらを見た。
その瞳はやっぱり私に似ていて、似てしまっていて。
「さよならは、嫌だよ」
私は精一杯微笑んだ。
彼がひとりで公演してた、私の為の私だけのサアカス。
ずっと一緒で、幸せで。
だけどもう私、姫様じゃないのよ?
そう言ったら彼はそうだねって頷いて、
踊りをやめてこちらに手を差し伸べた。
それじゃあ一緒にサアカスしようって、そう笑って。
僕は君の歌に合わせて踊るよ、それでいいでしょう?
取り合った手は、確かに暖かかった。
ララララ、ラ。
そうして今も、サアカスは続いてる。
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