——始まりました、第1回グルメショー!
本日のゲストはジェルメイヌ・アヴァドニアさんです!拍手ー!
——そして給仕係はリリアンヌとアレンにお願いします
「納得いかん!なぜわらわが給仕係などせなならぬのじゃ!それもこんな小娘相手に!」
「あらあら、あんたも小娘でしょ、王女様?」
「わらわに向かってなんという暴言!今すぐ首をはねよ!」
——まあまあ、リリアンヌ、落ち着いてください
「お主も何者じゃ!姿を見せぬか!わらわを2度も呼び捨てにするなど、即刻処刑じゃ!」
あまりの急な出来事に理解が追いつかない。僕、アレンは2人の姉を茫然と眺めることしかできなかった。リリアンヌとジェルメイヌが騒いでいる。ようやく我に返った僕は、まず2人を宥めなければならないだろう。
「落ち着いてください、リリアンヌ様、ジェルメイヌ。こんなところで争っても、どうにもなりません」
辺りを見渡してみる。中央におひとり様用の椅子とテーブル、後ろには横長のテーブルに何か並べられている。グルメショーとか言っていたから料理だろうか。あとは真っ白な空間が広がっているだけだ。謎の声の主も目には映らない。
「そうね、アレンの言う通り。こんなとこで言い争っても不毛だわ。我慢のできないお子様には分からないかもしれないけれど」
「…わ、わらわだってそのくらい分かっておる!見くびるでないっ!」
険悪な雰囲気はただようが、とりあえずは落ち着いた。
しかし何も解決していない。ここはどこで、目的は何なのだろうか。
——皆様、ようやく静かになりましたね。ではグルメショーを始めましょう。最初の料理は…
「待ってください!貴方は誰なんですか!何を企んでいる!」
——私は天の声ですよ?何か問題あります?
ありまくりだ。意味が分からない。まず優先すべきは王女の安全…
——そうそう、皆様の安全は保証されておりますので、ご安心くださいませ。
…だそうだ。現状、どうすることもできないのだから信じるほかない。
「それじゃあ、天の声さん、あなたの目的は?」
ジェルメイヌが尋ねる。
——暇潰し。
…だそうだ。そうか、暇潰しか。それなら納得できる……わけがない!!
「わらわを単なる暇潰しで呼びつけるなど、無礼者!やはり、そなたは即刻処刑じゃ!」
——まあまあ、落ち着いて。それでは一品目行きましょう!リリアンヌ、アレン、後ろの料理を運んで。ジェルメイヌさんは中央の椅子に掛けてください
強引に進められてしまった。埒が明かないので従うしかない。リリアンヌも渋々従う。
「それにしても動きにくいわね、この服。なんだか貴族にでもなったみたい」
そうだ、確かに僕らの服装もいつもと違う。見たこともない格好だ。
ジェルメイヌは真っ赤なドレスに身を包んでいるし、リリアンヌと僕は白いシャツだ。リリアンヌは黒いスカートと首元に黄色いリボン。僕は黒のズボンに黄色いのネクタイ。似通った出で立ちでなんか嬉しい。
「この服装、動きやすいのう。シンプル過ぎてちと貧相じゃが」
リリアンヌは隅々まで自分の装いをチェックしている。僕は後ろに並べられた料理の1つをジェルメイヌのもとへ運ぶ。ディッシュカバーがかけられているので中身は不明だ。
「ありがとう、アレン。でも私だけ座っているのって、なんだか居心地悪いわ…」
「いいんだよ、それが天の声の思惑らしいから」
ディッシュカバーをとると、たちまち美味しそうな匂いが立ち込めた。グツグツ音をたてている。小皿にあるのは…生の卵?
——一品目はネギたっぷりのスキヤキでございます。熱々を生卵に絡めてどうぞ
「え、卵を生で食べるの!?」
一品目から危険な香りがする。それを打ち消すように美味しそうな匂いも漂ってくるのだけれど。僕らの安全は保証されると言ってたし…?いや、でも本当に信用していいのか…
「…!」
僕が逡巡している間にジェルメイヌが食べてしまった。
「ジェルメイヌ!?大丈夫かい!?」
「なにこれ…凄く美味しい」
なんと。美味しいらしい。ともかく無事で良かった。
「お肉の旨みとネギの甘み、それらを包み込む出汁の効いたつゆ。そこにほんのり甘みを持った卵が絡んで…」
ジェルメイヌが饒舌になっている。そんなに美味しいのか。思わずスキヤキとやらを凝視してしまう。
「アレン、あなたも食べてみない?」
「え」
生卵には抵抗がある。でもジェルメイヌがあんなに美味しそうに食べているし…
「ありがとう、い、いただきます」
…美味しい。生卵が絶妙に絡む。世の中にはこんな料理もあるのか。
リリアンヌに顔を向けると、目をキラキラ輝かせている。彼女にも食べさせたい。ジェルメイヌを伺う。
さすが、察しのいい姉だ。
「王女様、あなたにも差し上げましょうか?」
「良いのか!?」
「人から好意を受けたときは?」
「…ありがとう」
「宜しい。どうぞ召し上がれ」
「これは…!アレン、宮廷料理人にも伝えるのじゃ!」
リリアンヌもお気に召したようだ。
ジェルメイヌを持て成すためと推測される料理の数々だが、僕達が手を付けて良かったのだろうか。特に咎められていないし良いのか。美味しいし。
——それでは二品目に行きましょう!
うん、特に僕達の行為には触れられていない。
今度はリリアンヌが後ろから料理を運ぶ。
——続いては焼きナス、素材を生かしたシンプルな料理です
ナスだ。形は。黒焦げの。
口いっぱいに広がるのは苦味なのでは。
——皮を破って召し上がってください
天の声の仰せのままに、ジェルメイヌが皮を破る。淡い緑色が姿を現した。
「…いただきます」
「とろっとろ!ナスってこんなに美味しいのね」
先程同様、ジェルメイヌが僕らにも分けてくれる。確かに美味しい。
「うむ、素朴ながらナスの甘みが増幅されておる。それにこの食感は格別じゃ」
リリアンヌもご満悦だ。
「父さんにも食べさせてあげたいわ」
「そうですね、レオンハルト様もお好きでしょう」
僕はミカエラやクラリスの顔が思い浮かんだ。加えてお城で働く仲間も。
リリアンヌは誰かの顔が浮かんだだろうか。
——それでは三品目…
フランスパンとエビのアヒージョ、人参グラッセ、鮪の握り寿司、みかんとバナナの盛り合わせ、アイス、ウイスキーボンボン(アルコールを含むので僕らお子様はお預け)…
多種多様な食べ物が出されていった。不服を申し立てていたリリアンヌも率先して動く。ご都合主義なのか、満腹で食べられないというようなことはなかった。
美味しい食事に舌づつみをうち、最初の不穏な空気はどこへやら。和やかな時間が流れた。僕の大切な2人の姉と、こんな日常を過ごせる日も近いかもしれない。この奇怪な状況に僅かながら感謝する。
あとは無事に帰ることが出来れば上出来だ。
——皆様、ご満足頂けましたでしょうか
「ええ、よくわからないけれど楽しかったわ。初めて口にする料理もたくさん」
「わらわもじゃ。見知らぬ食文化を学ぶのも良いものじゃのう」
「世界中のまだ見ぬ食を探究するのも面白そうね」
「リリアンヌ様もジェルメイヌも楽しそうで、僕も満足です」
——それではこの辺で!皆様お気をつけてお帰りください。機会があればまたいつか…
少しずつ意識が薄れていくのが分かる。きっと現実に戻るのだ。得体の知れない天の声、ありがとう。あなたのおかげで僕の姉さんたちは…
——なお、これらの記憶、時間、空間は全て消去されますのでご了承くださいませ。暇潰しにお付き合い下さり、誠にありがとうございました。
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