『リンリンシグナル』-ある休日に- VOL.2
そして先程の露天商の所に近付いた時、
「やぁ、さっきのお二人さん」
「あれ?」
二人は不思議そうに露天商の店主を見つめる。なぜならば、彼はちょうど今、商品を片付けている真っ最中であったからだ。
「もうお店を閉めちゃうんですかー?」
リンが尋ねると、男性は、
「まぁね。これからこそ商売時だと思ってたけど、お巡りさんに、ちょっとね」
ここは公道である。ようするに、警察からどけと言われた様子だ。
「ま、もうすぐ五月祭りのパレードだから、今日は取り締まりが厳しくてさ・・・。あ、君たちもそれを見に来たんだろう?」
五月祭り。そもそもリンとレンがここにやってきた理由は、この五月祭りのパレードを見るためだったのだ。午前中のデートはおまけだったと言えばそうなのだが。
「ええ、まぁ・・・」
リンがやや楽しくなさそうな表情でそう返事を返す。男性はそんな、二人の様子をちらっと見た後、
「おお、そうだ、彼氏君。さっきのこれ、買わないかい? 今なら安くしちゃうよ」
男性は鞄にしまおうとしていた組紐のアクセサリーを見せる。
「はぁ・・・、おいくらですか?」
「どうせ店じまいだから。ペアで千円」
「え、千円?」
鈴のついた組紐のブレスレット。相場は分からないが手作りであるのなら、いくらなんでもペアで千円では買えないのでは? レンがそう思っていると、男性はレンの肩をポンと叩き、小声で、
「ま、色々あるだろうけど、仲直りにはプレゼントが一番だよ。雨降って地固まる。恋の駆け引きって奴さ」
「・・・!」
ハッとレンは店主を見つめた。店主はニヤッと笑いながら親指を立てる。その表情は妙に爽やかだ。
「ねぇ、・・・リン、あれ、欲しい?」
「え? 買ってくれるの!?」
レンがそう言うと、リンが吃驚した表情を見せる。
「ま、まぁね。安くしてくれるって言うし。いいよ」
「ホントぉ!? やったぁ!」
リンは嬉しそうに文字通り飛びまわった。
「お買い上げありがとうございます。さ、彼氏、君が付けてあげるといい」
「え、俺がですか!?」
「恥ずかしがることはないだろう。はい、こっちが彼女用」
店主から手渡された組紐のブレスレット。赤と白の鈴が付いている方が女の子用である。レンは少し顔を赤くしながら、リンの手にその鈴のついた組紐を優しく巻いてあげた。同じく、レンも自分の手にその組紐を取りつける。青と白、色違いの同じデザイン。こちらには鈴は無い。
「二人とも、良くお似合いだよ」
「えへへ~」
リンは照れくさそうにはにかむ。
「それじゃ。あとは若い二人に任せて、お兄さんはどこかに行くことにするよ。ごきげんよう!」
店主はそう言って、やはり妙に爽やかな表情で去って行った。その後も、リンは少し緩んだ表情で手首の組紐を見つめていたが、
「えへへ~、ありがとね、レン」
「あー、はいはい、どういたしまして」
レンは少しそっぽを向いてそう返事を返した。
「ふふっ」
リンは組紐の巻かれた手を、同じく、組紐が巻かれているレンの手と繋ぐ。
「んなっ」
「レンってば、本当は優しいのに。ホント、ツンデレさんなだから!」
「だ、誰がツンデレだよ!」
レンは顔を真っ赤にしたが、けれども、その手を無理やり離す事は無かった。
(やっぱり、結局は・・・優しいんだから・・・。レン・・・)
二人が手を繋いで歩くと、微かに、リン、リンと鈴が鳴った。
「あはっ、これちゃんと鳴るね」
「猫の鈴みたいだな」
「猫の鈴、かぁ」
リンは首をかしげると、
「ふふ、それもいいかもね。じゃぁ、この音は合図だね」
「合図? 何の?」
「う~ん。そうね、・・・私はここにいるよって、そんな合図?」
「ふうん?」
「合図にはちゃんと気付くこと。もし気付かなかったら・・・、つねるよ?」
「つねるのかよ」
「くひひっ」
とても機嫌を良くしたリン。そうしてパレードが始まる時間になると、大通りの方には大勢の見物客たちがやってきていた。
五月祭りは、割と近年始まった地元商工会の行事であり、このあたりを治めていた殿様の行列を再現したものである。地方都市に良くある、ありきたりな武者行列の類であるのだが、実は、そのパレードには毎年、ゲストとして芸能人などが仮装をして登場する慣例がある。例年はさほど有名なゲストでは無いのだが、今年はなんと、あの世界的な歌姫、初音ミクがお姫様の役で参加するとあって、例年よりも人の数が圧倒的に増えてきていた。
(そう言えばさっきの露店の人、なんでマフラーだったんだろ・・・)
聞けばよかったかな、と、レンが何となく思っていると、
「ああ、もうっ、前が見えないよ!」
さすがに世界的な歌姫がやってくるだけあって、見物客の数が驚くほどに多い。すでに大通りでは、幾重にも人の列が出来てしまっている。これはリンたちも想定外。身長の低いリンは前が見えないので、観客たちの前に出ようと必死だ。
「あ、ちょっと、リン、あんまり無理な割り込みは・・・!」
「だぁって~、初音ミクだよ、初音ミク! 去年のマジミラ行けなかったんだから! こんな近くで見られる機会なんてそうそうないよ!」
その時、わぁ、と一段大きな声が観客たちから上がった。どうやら初音ミクが乗った台車がやってきたようだ。
「ああもう、レン、ちょっと鞄持ってて!!」
「え!?」
「んしょっ・・・!」
リンは無理やり人ごみに割って入ると、小さい体を生かして前の方へと進んでゆく。すると、
「うわぁ、本物だぁ・・・!」
大勢の武者姿の人々に守られるように、ひときわ豪華な台車がゆっくり進んでいる。その台車の上には、御雛様か何かのように、煌びやかな十二単を着て笑顔で手を振っている一人の女性がいた。
彼女こそ初音ミク。世界中にファンを持つ、稀代の歌姫である。
不思議な色・・・、青みがかった緑色の、美しいツインテールの髪の毛が、春の風を受けて美しくなびいている。
「ぎゃぁぁっ、ミクさ~ん!」
リンは思わず奇声とも言えるような大声を上げていた。
「ミクさ~ん! こっち見て~っ!」
リンの声が届いたのか、偶然なのか、ミクはリンの方を見つめる。その蒼く透き通った瞳は不思議なほど現実感が無く、まるで彼女が実際の人間ではないかのような錯覚を覚えるほどだ。そんな彼女が、リンの方を見て優しく微笑み、そっと手を振ってくれた。
「はぁぅっ! ミクさん~!」
(可愛い! 可愛いなぁ・・・!)
初めて見る生のミクに、リンは大興奮をした。リンは初音ミクの大ファンなのだ。去年はおこずかいを貯めて、初めてコンサートに行こうとしたが、初音ミクのチケットはいつでも入手困難のプレミアチケット。先行販売にも応募したが抽選に落ちてしまい、その後も入手はできなかったのだ。
(凄い・・・、顔も、髪の毛も全部綺麗だし・・・。ホントに、お姫様みたいだし・・・!)
憧れ。そう、初音ミクは、リンにとって憧れの存在であった。
(あんな風に、私も輝けたらいいのに・・・!)
ステージの上で華麗に飛び回り、大観衆を魅了する歌声を響かせる。そんな、最高のアイドルに、自分もなりたい。
(ミクさんみたいになりたいっ!)
前からそう思っていたが、本物の初音ミクを見て、リンはその気持ちがさらに高ぶるのを感じたが、
(・・・ミクさんみたいに・・・。なれる・・・? なれるの? 私みたいなちっこいのが?)
不意にリンは、少しだけネガティブな気持ちになる。
(・・・そんな訳、無い・・・か・・・)
リンは、ここ最近、何となく気分が落ち着かない自分が居る事に気付いていた。そしてその理由がレンの事にあることも、もちろん理解していた。
リンは中学校に入って・・・、特に二年生になる頃から、レンと何となく疎遠になってきているのが嫌であった。リンとレンはまさに、生まれる前から一緒だったパートナーだったのだ。どこに行くのも一緒で、小さい頃はいつも一緒の布団で寝ていたし、中学校に上がるまではずっと同じ部屋で過ごしていた。
けれども、中学生になってからレンは少し変わった。男子の友人らと遊ぶ機会が増え、姉の自分から見ても、身長はまぁ、それはそれとしても、それなりに見た目が格好良いレンは女子にも人気が強かった。
実際、レンは一年の終わりくらいに女子に告白をされていたのだ。だが、レンはそれを断わったようだが・・・。リンも断わったその理由は知らない。聞いたこともあったが、聞いてもはぐらかされるだけだった。
(グミ先輩・・・かな・・・)
リンがレンの部活を見た時、レンはとても仲よさそうにグミ先輩と話をしていた。その時のレンの表情は、今までリンが見たことのないレンの表情だった。ずっと一緒にいたはずのリンですら見たことのない表情。それは、リンにとって衝撃的な出来事だった。
レンはきっと、グミ先輩の事が好きなのではないか。だから、他の子の告白を断わったのではないのか。リンはそう強く疑った。
(ミクさんみたいにはなれない・・・。グミ先輩にだって遠く及ばない・・・。こんな私じゃ、気にしてもらえなくなっても、当然・・・、なんだよね・・・)
「あ・・・っ」
ふと気付けば、ミクの乗った台車はもう向こうへと去っている。
(しまったなぁ・・・)
何故か妙な事を考えすぎた。折角、初音ミクを見られたのに、その貴重な時間を無駄にしてしまったのだ。
「レン、あっちに行こうよ! まだ走ればきっと・・・」
リンがそう声をかけると、
「あれ・・・?」
リンは周囲を見回す。
「レン? レ~ン?」
気付けば、大勢の人ごみの中で、リンとレンは完全にはぐれてしまっていた。
「えぇ・・・。レンの奴、ホントにのろまなんだから・・・」
リンはスマートフォンを取り出そうとして、ハッとなる。無い。そう言えば、鞄をレンに持たせたのだった。スマホはあの中に入っている。
(参ったなぁ・・・。どこかで待ち合わせ場所でも決めておけばよかった・・・)
適当に探して、どうしても見つからなければ最悪、家に戻るしかない。
「全く、レンはこれかだから・・・」
はぁ、とリン溜息をついた、
その時。
えーん、えーん。
ビクリ、とリンは体を震わせた。
気付けば、リンの付近で、幼い少女が大声で泣いていたのだ。
『おや、迷子じゃないの?』
『あらあら、お母さんはどこに行ったのかしらね』
えーん、えーん。ママー、ママー。
『ねぇ君、大丈夫? お母さんはどこ?』
一人の親切そうな赤い服の女性が、迷子の少女をあやすが、子供の泣き声は大きくなるばかりだ。
リンは、
その少女を、
呆然と、見つめていた。
『VOL.3』に続く
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