夕焼けもいよいよ終わりに近づき、夜の闇がゆっくりと空を覆うころ
三重県の一角にひしめく15万人にも達する人々の盛り上がりは最高潮になろうとしていた。

2つのエギゾーストノートが空に一際大きく弾け、最終コーナーを立ち上がってくる。
薄闇を引き裂く4つの輝きが2、3度シパシパと瞬いた。
ファイナルラップを告げた2台のマシンは猛然とホームストレートを駆け抜けてゆく。

『さぁー最終コーナーを立ち上がってぇ、GT300クラストップは31号車!
 続くのはなんと、序盤でスピンした9号車!なんとなんと劇的な追い上げだぁー!!』

グランドスタンドにいた僕の体は、自然と前のめりになっていった。
目の前を通過してゆく2台の赤いランプは、ストレートエンドで一瞬強く輝き、
そのまま赤い光跡を残して視界から消えていった。

周りの観客から、駄目か・・・という空気が広がる。
9号車は数少ないこのコースの仕掛けのポイントを一つ失ったのだから。

2台の姿が観客席前の大型スクリーンに映し出される。
執拗なブロックをする31号車に、9号車は攻めあぐねているようだった。
そのままS字を抜け、複合コーナーにさしかかった。

9号車は僕のずっと応援してきたチームのマシンだった。
3年もの間不振にあえいでいたチームの努力が実を結び、
最高のパフォーマンスとともに今、大きなチャンスとしてめぐってきている。
これを落としたら、次は何時か・・・そんなレースだった。

『さぁ、ヘアピンを立ち上がり、トップは31号車!
 トップチェッカーに向けて疾走しています!9号車、最早ここまでかぁー!』
追い討ちをかけるように、ラジオの実況ががなった。

「負けるな・・・行け、行ってくれ!!」
僕は思わず叫んでいた。
周りから呆れたような、慰めるような視線が向けられた。
でも、僕はどうしても勝って欲しかったのだ。
僕は急に気恥ずかしくなってうつむいた。

しかし、あにはからんや――。
観客の一人がやおら立ち上がり、
「おお、そうだッ!オラ9号車ッ!絶対負けるんじゃねーぞ!!」
と叫んだ。

すると彼を起点に、一人、また一人と立ち上がって、
「頑張れ9号車!彼の思いを無駄にするな!!」
「せやで!何の為に大阪から来たと思とんねん!負けよったら承知せんからなぁ!!」
「頑張れ・・・!!頑張れ!!」
ついにはグランドスタンドの一角の観客が総立ちで声援を送り始めた。

そのとき、実況が叫ぶ。神風だった。
『ああっとぉ!スプーンで31号車失速!!その間に9号車前に出た!!
 これはなんともドラマチックな展開だぁぁぁぁぁ!!』

会場が歓声に包まれた。
ゴール目前での大、大逆転。サーキットは興奮の坩堝となった。

バックストレッチを31号車を従えて、悠然と加速してゆく9号車。
彼女は15万人の歓声と、昼のように明るいライトを浴びて
トップアイドルのようであった。

しかし彼女は自分の背中を追う相手の眼光が変わったのに気づいてはいなかった。

「やった・・・ついにこの瞬間が・・・」
僕の目に、僅かに霞が掛かる。しかし、その時だった。
『31号車ここにきて食い下がる!130Rを抜けブレー・・・ああっ!?接触――!!
 大クラッシュだぁー!!』

空気が凍りついた。

2台のマシンがカシオトライアングルの外で固まっていた。
2台とも動く気配すらない。

3位が今カシオトライアングルを抜け、ファイナルラップへ突入してゆく。
最高潮だった観客席が一転、絶望的な雰囲気に包まれた。

しかしだった――
「諦めるな!ミク!!」
僕は今度は、彼女の名前を呼んだ。
どうしてもゴールして欲しかった。その一心で・・・

・・・ミーク・・・ミーク、ミーク!ミーク!!!

先程のスタンド一角などではない。
大歓声、会場全体がミクコールで渦巻いたのだった。
すると、

ウォン・・・!ボボボボボ・・・ボォワァゥッ!!

爆音とともに彼女は息を吹き返した。
そして300m先のチェッカーに向かい、
ゆっくりと、しかし着実に歩みを進め始めたのだった。

『な・・・何ということでしょうか!!9号車復活!彼らの声援に応えました!!』

わぁぁっと拍手喝采、スタンディングオべーションが沸き起こる。
僕は最早言葉が出なかった。震える肩を、隣の女性ファンが優しく支えてくれていた。

タイヤが遂にアスファルトを掴む。
そのまま片方つぶれたままの彼女の目は、
優しい光を放って、栄光のチェッカーを受けるために進む。

『私・・・恥ずかしながら言葉が出てきません・・・!
 頑張れ9号車!! 今、念願・劇的・・・そして最高の・・・!
 チェッカーフラッグ!!GT300優勝は、9号車ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!』

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「オラ!起きろ!!もう飯だぞ!!」
「・・・ハッ!?」
僕は親父に頭を張り飛ばされて目を覚ました。
どんな夢を見たのか全く覚えていないが、僕の目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。

着替えをして階下に下りると、サンドイッチが皿に並んでいた。

「今日は茂木だろ?録画予約しとこうか?」
「ああ、頼むわ。今週はミクポルシェ勝てっかなぁ?」
「ああん?知らねぇよ。」
「そらそーだわなぁ。まぁ頑張って欲しいわぁ。」
僕はサンドイッチにかぶりついた。

自室では、限定販売のポルシェ997のミニカーが陽光を弾いて煌めいていた――。

                           To be continued…

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

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過去作品かつつたない文章ですが、昨年のGSRの活躍に惚れてしまい製作しました。
書いてみて自分の文章力の無さに正直絶望しましたorz      ※実際のレーシングチーム、及び地名等を使用していますが、実在のものとは全く関係ありませんのであしからず。

閲覧数:93

投稿日:2011/01/05 18:42:32

文字数:2,312文字

カテゴリ:小説

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