ぐらりと傾ぐ身体。


ふわりと消える音波。


タイムリミットを迎えたミクの体は、もはや完全に動きが止まっていた。


(やっちゃった……まさか……もう20分経っていただなんて……!!)


わかっていたはずだった。自分の体は20分しか動かせないことを。それ以上闘おうとしてもただの的にしかならないことを。

そのことをしっかりと頭に刻み付けて戦っていたはずだった。

しかしその結果が―――――これだ。土台無理な話だったのだ―――――守ろうとする強い想いの前では、自分の限界のことなど吹き飛んでしまう。


自由の利かない身体。今すぐにでも地上に戻り、少しでもネルの治療を受けなければいけない状態。



だがそれでも―――――ミクにはまだ空に留まり続けなければならない理由があった。



(……せめてこの船の砲だけは――――――――――下に向けさせないんだからっ……!!)




「お、おい……奴め……動かなくなったぞ!!」


ガタタと座席を揺らしながら田山が立ちあがった。

船内にはアラームが鳴り響き、久留須の座る操縦席のモニターではタイマーが『00:00』を示していた。


「来たわ! タイムリミットよ!! 田山君、攻撃の指示を!!」

「よし!! 宇野、安治!! 兵装の準備は!?」

「エネルギー砲はまだどれも使えねーが、実弾なら準備万端だぜ!?」

「姿勢制御と照準、バリア修正は俺に任せろ。安治、撃ち方始め、だ」

「応っ!!」


安治が操縦桿に手をかけ、兵装のロックを外す。

そして――――――――――――――――



「第一、第二主砲っ!! 斉射、始め!!!」



号令と共に、甲板の主砲4門が一斉に火を噴いた!!

轟、と空気を揺るがす砲弾がミクに襲い掛かる―――――が。


『Light!!』


疲弊した表情で、しかしそれでも『Light』を発動し、間一髪で回避した。


「ちっ!! しぶといな……!!」

「だが次発装填済みだぜ!! 第二波いくぞっ!! 副砲、機銃も合わせてぶっ放す!!」


続いて再び主砲が放たれる。副砲や側部の機銃も火を噴き、掠っただけでも致命傷の弾幕がミクに襲い掛かった。

よろめきながらも、それをぎりぎりで回避していく。能力が衰えても、積み重ねた基礎力がミクの奇跡的な回避を可能にしているのだ。

今ミクがやっていることがどれほど天才的なことか―――――『TA&KU』の中でわかっていたのは久留須だけだった。


(……砲弾が生み出す衝撃波や爆風……それがぎりぎり体を抉らない距離まで最短で移動して回避している! まともに手足を動かすことすらままならないというのに……!!)


ミクの眼にはまだ光がある。これっぽっちも諦めていなかった。それどころか、その眼はしっかりと艦橋を―――――操縦席の『TA&KU』を睨みつけていた。


(老いぼれ老いぼれと馬鹿にしては来たけど……さすが我らが師『チーム・マスター』のつくりし超高性能バイオメカ『ボーカル・アンドロイド』……敵ながら天晴と言うべき強さね……)


だが同時に、その強さは自分たちの『世界』を掴みとるためには邪魔な存在だった。だからこそ『TA&KU』は、その強さを模倣した『VOCALOID』を作り、抹殺しようとしたのだ。


(その作ったVOCALOIDすらも倒された! こいつらは強い……だが、負けるわけにはいかない!! こいつらを斃し……私たちは世界を手に入れてみせる!!)


久留須の操縦桿を持つ手が、ぎりりと握りしめられた。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





「ミク!? 応答しなさいミク!! もう20分経ってんのよ!? わかってんでしょ!? ミク!?」


メイコの必至の呼びかけにも、ミクは応答しない。ミク自身の不調と同時に、通信機能にも異常をきたしているのか。

ルカも必死に呼びかける。


「ミクお姉ちゃん!? 早く、早く戻ってきてよぅっ……!!」


ルカの声にすらも応えない。ミクの状態を知らせるのは、時々聞こえる彼女の荒い息遣いと、それを打ち消すような轟音だけだ。


「こうなったら僕が空へ飛んでミクの援護を……!!」

「カイト!! あんたはここでバリアを張ってなきゃダメでしょう!? いつあのレーザーぶっ放してくるかわかんないのよ!?」

「じゃあこのままミクを見殺しにしてもいいというのか!?」

「誰もそんな事は言ってないでしょ!? だからこうして必死で呼びかけてんのよ!!」


つい口論になってしまう。だが今こうなっている原因の一つはメイコ自身の不調だ。メイコが潜在音波を使えれば、間違いなく彼女自身がミクの下へと飛んでいただろう―――――それどころか、まずメイコが『メイコバースト改』を使えれば、地上から狙撃することも十分可能だったはずだ。


(恨めしい……無力が……こんなにも辛いものだったとは……!!)


今なら―――――1年前までのリンの気持ちもわかる気がする。

役に立ちたい、自分の力で生きていきたい、――――――――――仲間のために戦いたい。

なのに自分にはその力がない。むず痒い。居たたまれない。

「無力」と言うものがこれほどまでに自分を苦しめるものだったとは、生まれながらに「強者」であったメイコにとって今まで知る由もない事だった。



だがそのリンとレンもまた―――――かつて味わったような無力感を再びその身で感じていた。


(もしも……もしも俺たちが飛べていれば……)

(あたしたちが潜在音波を手に入れていたら……ミク姉がこんなに無茶することもなかったのに……!!)


2人は力を持つ自分の手を、こんなに空しいと思ったことはなかった。

15年間待って、ようやく手に入れた奇跡の音。二人で一つの、自分たちのために在るような音。

手に入れたその力を空しいものなどと思ったことは一度もなかった。


だが―――――今、自分たちの力は何の役にも立たない。


町を守るためにも。姉を守るためにも。敵を倒すためにも。

何をするにも力不足だった。


「……何がっ……何が奇跡の音だよ……っ!!」

「……レン?」

「姉一人助けられないような、そんな音が奇跡の音かよ!? こんな……こんなにもミク姉が遠いだなんてっ……!!」


苦しげに地面を叩くレン。

―――――その時。



《ああああああああああああああああああああああああ――――――――っ!!!!》



ミクの悲鳴と共に、これまでとは比べ物にならない轟音がヘッドセットから響いてきた。


「ミク姉っ!!?」

「……ああっ!!?」


空の彼方、船の前方。

巨大な爆炎が広がっていた。


―――――直撃だ!! 主砲がミクの体を叩いたのだ―――――。


「ミクうううううううううっ!!!?」

「ミクちゃんっ!! 早く……早く戻ってきてええっ!!!」


グミが取り乱しながら叫ぶ。


次の瞬間グミの口から出た言葉は、一同を凍り付かせた。



「その主砲はっ……主砲の炸薬は、バイオメタルと反応して強い溶解反応を起こすのっ……!!」



『なっ!!!!!!!?』


愕然とした表情で空を見上げる。遠すぎて見えないが―――――グミの言葉が本当だとすれば――――――――――


「そっ……それじゃあ……まさか……」

「このままだと……ミクは…………!!」





―――――――――――――――全身をドロドロに融かされて死ぬ。





「……っ、ミク姉ぇ――――――――――――――っ!!!!!」

「ミク姉えええええっ、早くうううううううううう!!!」


悲痛な思いを込めて空に向けて叫ぶリンとレン。

このままだとミクは死ぬ。だが今の二人にはどうすることも出来ない。





姉の死を目前にして二人の脳裏に浮かぶのは―――――自分たちが目覚めた直後の光景だった。










『――――――――――きて……起きて、リン、レン……!』



『……ん……』

『んぅ……』



“あたし達の始まりの記憶。それは、目の前で心配そうに見つめてくる、青緑の髪のお姉さん。”


『……目が覚めた?』

『え……あ……うん……』

『よかったぁ……覚えてる? 私の事! ミクよ、初音ミク!』

『ミク……え……ええ……!?』


“目覚めたばかりの俺たちは何が何だかわからずに、彼女の言葉を反芻していた。”


『ますたぁ―!! リンとレン、目が覚めたよー!!』

『おおっ、醒めたか!! いやーまさか本当に柑橘エキスとバナナエキス注入で目が覚めるとは思わなかったぜ……』


“彼女に呼ばれて、白髪を青緑のひもでまとめたおじいさんが近づいてきた。一瞬でわかった―――――この人があたしたちに体をくれた人だと。”


『……良く目覚めてくれた。俺の名は鈴橋喬二。お前らのマスターだ。ようやくお前たちと話せるな……これからよろしくな』

『あ、はい……よろしく……』

『……っと、他の皆も呼んでくるぜ。なんせお前たちで最後だからな、みんなお前たちが目覚めるのを待ってたんだ。ミク、二人の最終チェック、出来るな?』

『はいマスター! ……二人とも大丈夫? どこか痛いところとか、無い?』


“彼女は俺たちの目を心配そうにのぞき込んできた。”


『あ……えと、大丈夫……です』

『んにゅ? んー……その口調はあんまり大丈夫じゃないなぁ……』

『へっ?』


“思わず聞き返すと、彼女は身を乗り出してあたしたちをしっかと抱きしめてくれた。”


『え!? な、何!?』

『いい!? リン、レン! 私はあなたたちの姉! 家族! 先輩VOCALOIDなんかじゃないの! 家族なんだから、敬語なんかダメ! そして私の事は、『ミク姉』って呼んで!!』

『は、はぁ……』


“彼女のテンションに圧され、気の抜けた返事をしてしまう。だけど彼女はそんな俺たちに向かって、眩いばかりの笑顔を向けてくれた。”




『ずっと……ずっとあなたたちが目覚めるのを待ってたの。もう2度とはなれない……私たち、これからずっと一緒なんだからね!!』




“その言葉を聞いた瞬間、あたしたちの心が晴れるような気がした。”

“人に捨てられてすさんだ俺たちの心。彼女はそんな俺たちに、もう一度歌う気持ちを―――――光を指してくれた。”




『……うん! うんっ!! ミク姉、またよろしくね!』

『……また一緒に……歌えるんだよな……!?』

『もちろんっ!! 一緒に歌おう、リン、レン!!』



“あたしは―――――”

“俺は―――――――”



“この人と一緒になら――――――――――もう一度歌って生きたいと思ったんだ――――――――――”










「ミク姉……!! 死ぬな……!!」



―――――力が、欲しい―――――



「ミク姉、帰ってきてよぉ……!!!」



―――――家族を守ることのできる力が欲しい―――――



「……空へ……今すぐミク姉の元に行きてえ……!!」



―――――悪を退けるための力が欲しい―――――



『ミク姉を助けるために……このままじゃ足りないのっ……!!』





――――――――――もっと、力が欲しい――――――――――










『マスタァアアアアアァアアアッッ!!! 力を……!!!!!』





『あたしたちにっ……力をオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!』





2人の天を貫く様な咆哮―――――










それと同時に―――――二人の身体から黄金の光が弾けあがった!!!!





「リン!? レン!?」

「メイコさん……!!! これって……!!」


『潜在音波の……覚醒―――――!!』





光の中で、二人の姿が変わっていく。

セーラー服は白いスーツに。

ハーフパンツとショートパンツは電子的なデザインに変化する。

メカニカルパーツが装着され、ヘッドセットもメカニカルなデザインに変化し、モニターが波形を刻んだ。

メカニカルパーツから延びる黄色のコードが迸る稲妻を吐き出す。


光の柱が―――――弾ける。


そこに新たな姿のリンとレンがいた――――――その衣装は―――――『Append』の物だ。


「あ……!!」


呆気にとられるメイコたち。


だがリンとレンは―――――呆気にとられる間もなく。




『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!』

『ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』




揃って雄たけびをあげながら―――――空気を唸らせ、天空高く飛びあがっていった。



置いて行かれたメイコたち。


ぽつりと、ルカが呟いた。





「……『Twin・Append』…………!!」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

輝く鏡、拡がる音 Ⅴ~鏡の音、覚醒~

最後の若武者二人、立つ。
こんにちはTurndogです。

とうとうこれで全員の潜在音波が覚醒!
そしてルカが小さく呟いたその技の名。
どんな音波であるというのか……?
そしてミクの命運は!?


ところでうちの鏡音は割りとレンの方が主役になってリンちゃんがレンに追従するような形になりやすいんですが、皆はどうなのかな?

閲覧数:196

投稿日:2014/08/05 00:24:18

文字数:5,388文字

カテゴリ:小説

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