†††
普段は閑静なばかりで、寂れかけた感のある街も、ただこの日ばかりは俄かに活気付いて見える。
ふわり、と。
開け放たれた窓から舞い込む風は、もう既に寒さを忘れて初夏へと移り行く季節の兆しと藤の香を微かに孕み、その温さが何となしに眠気を誘うが。
その一方では。
浮いた人々の騒めき、怒声にも似た掛け声、勇壮かつ軽快に吹き鳴らされるビューグル、低くリズムを刻む太鼓と、鋭く音を響かせるホイッスルが、まつり特有の喧騒を生み出し心を逸らせる。
――…つまり。
『…端午の節句…か……五月なんだな……』
ぽつりと呟いた言葉に、エイトがきょとんと小さく首を傾げて見上げて来た。
その腕から缶ビールを取り上げて傾ける。
泡も残っていない。
「……まだ…ひやして、あります…けど」
『…あー…うん……知ってる』
「のみ、ますか…?」
『冷蔵庫、エイトには開けられないからな』
「…びーる……のみたい、です」
立ち上がって、冷蔵庫からビールの缶を一つ出し、半分はグラスに注いで残りをエイトに渡してやる。
つまみは、タコ焼きと鶏串とトウモロコシに焼きそば。
どれもこれも全て、午前中のうちにまつりの出店で買って来た物だ。
最初はフラッペもあったが、これはエイトが既に食べてしまった。
「……しっかし…まつりだからって、こんな真っ昼間から家でビール飲んでるって……」
もぞり。
不意に、それまで傍らで丸まって寝ていると思っていた黄色いウサギ……もとい、リツが――友人の家のAct.2型鏡音リンの愛称だが――身を起こしたかと思うと。
かふり、と欠伸を噛み殺しながら呟いた。
「何だか若さが足りないっすね、キミさん」
『……』
まぁ、あまり否定は出来ないが。
『そう言うリツは、まつり見に行かなくても良かったのか?』
まつりは、やはりその中心で楽しんでこそのものだからと、彼女の姉弟とマスターは今も繰り出している真っ最中だが。
「えー…だって、ここからでも燥いでる人の声は届くし、凧揚げくらいは見えますよね。雰囲気は十分じゃないっすか」
『あぁ。まぁ、そうだな』
「もう五月って陽射しキツくて外暑いし……人混みなんて疲れるだけだし、適当に出店を冷やかそうにも、かなり並んでたりとかね…ぶっちゃけ面倒いっす」
『そうか』
去年は大燥ぎで、ひたすら興味の赴くままに休む間もなく駆け回っていたのに…な。
彼女らのマスターである友人と共々、かなり振り回された記憶があるが。
「や、あたしも去年は若かったってことで」
口には出さなかったはずの思考も、表情から読んだのか、リツは軽く肩を竦めて見せた。
『永遠の十四歳だろ?』
「それ言っちゃったら身も蓋もないですって……――あ」
ん?
不意に、リツが何かに気を取られたように、窓の外を見上げて。
それに釣られるように、空を見上げる。
『……落ちる…』
青空を飾っていた凧が一枚、糸を切られて。
ゆらりと、六帖張りの3メートル四方もある大凧がゆっくりと傾いで、落ちていく様は、それだけで一種の見物だ。
しかもそれが、目の前へと落ち掛かって来る……となれば、その迫力は尚のこと。
「…すごい……」
気圧されたように呟いたのは、エイト。
『まつりのメイン、だからな』
長男の誕生を祝って揚げる、初凧。
そして、それぞれに参加する各町各組ごとに揚げた大凧の糸を切り合い競う、凧合戦と。
『ここからだと空しか見えないけど、下での攻防も凄いんだよ……ただ高く揚げてそれで終わりじゃないから』
鳴り響く進軍ラッパの音色を合図に、男衆が一丸となって、緩めては引き絞る糸の一本で空の遥か高く舞わせた凧を操る。
上昇、下降、あるいは左右に身を転じ、糸を絡ませては、また離れ。
周囲に張り巡らされた電線さえも、ここでは凧の糸を引っ掛け押さえ込んで擦り切る為に利用される、道具のようなものだ。
凧場周辺の電線には、予め防護目的の針金を設置してある為、それで感電したり停電する心配はない。
「……あれだけ…おおきい、と…あげるのも……たいへん、でしょうね……」
『まぁ、あれも一種の技術なんだろうよ……凧揚げの名人ってヤツがいてね……』
風が弱かったりなどして、どうしても上手く揚がらないとなったような時でも、その人が指揮に就いた途端に、すぅっと揚がる……。
そんな人間が、不思議といたりするものだ。
『昔の知り合いにも一人いたけど…そういうヤツは、まつりのヒーローだな……』
知り合い、と言っても家が近所だったが故の顔見知りという程度の話で、特に親しかったわけでもなかったが。
「……ひーろー…です、か…?」
『そう。輪の中心で、皆から頼りにされてね……普段なんて、むしろ大人しい目立たないヤツが、まるで別人かってくらいに威勢良く声張り上げて…随分と輝いて見えたな』
まつりの数日間の為だけに生きているようなヤツだった。
……だが、ある意味では幸せな人生だったと言えるのだろうな。
アレだけの主役を張れる舞台と、自分自身の情熱全てを注ぎ込むような生き甲斐なんて、少なくとも現在の自分には見付からない。
「うん…! そーゆーのって、何となくでもカッコ良いような気がしますよね!」
何やら感じ入るようなところがあったらしいリツが、やや大袈裟に腕組みなどしながら、うんうんと首肯を繰り返す。
エイトが少し慌てたように、こくんと小さく相槌を打った。
「まぁ……あたしなら、一時の花じゃなくて普段から何やってもデキるヤツって、言って欲しいっすけど」
『そりゃ、な』
グラスに残ったビールを一気に呷って、空を見上げる。
先程の地に墜ちた凧は、すでに片付けられてしまったか、それとも再び糸に引かれて空の高みに他の大凧の中へと紛れていったのか、もう視界には捉えられなかった。
ドン、ドン、と何処か気怠げに遠い響きだけ耳に残して、花火が何発か打ち上げられた。
『あぁ、もう3時か』
まつりも、もう終わりだな。
――…と、言っても、昼の凧揚げはこれにて終了というだけで、日が暮れればまた夜には夜のまつりのメインがあるが。
「おやつが欲しくなる時間っすねぇ」
『ブリオッシュはないからね』
タコ焼きとトウモロコシなら、あるけど。
「……何か、ヒドいこと言われたような気がする…」
あたしは暴君王女ってワケっすか。
こんなケナゲなイイ子を捕まえて――…とか何とか軽口を叩きつつ、パキリと真ん中から二つにトウモロコシを折り、その片方を私に差し出す。
さらにその半分を折り取って、エイトの前に置いた。
「ウチのマスターたち…いったい、いつまで遊んでるっすかねぇ……」
『まぁ、もう少しすれば帰って来る頃だろ』
「杏飴、買って来てくれるかな?」
『どうだろうな』
何だかんだと言っても、結局は彼女らに甘い友人の事だからして、留守居を選んだリツに土産くらいは買って来るだろうけれど。
†††
【KAITOの種】種と祭と端午の節句【蒔いてみた】※修正版
端午の節句です。
(加筆修正しました…
まぁ、とりあえず。
「まつりだ!!」
「やいしょー!」「やいしょー!」
種の配布所こと本家様はこちらから↓
http://piapro.jp/t/K2xY
初夏は枇杷の実る季節↓
http://piapro.jp/t/Gm1P
第一話↓
http://piapro.jp/t/2dM5
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