あっちは世界の果てだ。所謂、なれのはて。
無色透明、無味無臭、何もかもが無くて何もかもが有る、はずもなく、やっぱり何もない。
そんな何もない空間に浮かぶ影。不定形な影が、次第に形を作っていく。
君はそこにいたんだね。そう言うと、君は笑ってくれる。
そこで、待っていて。僕もすぐ、そこにいくから。
手を伸ばそうとして、いつも通り目が覚めた。
真っ暗な室内、ベッドに横たわる僕の目から涙が零れ落ちる。
嬉しいはずなのに、ぽろぽろと涙が頬を伝っていく。
ねえ、いつになったら君に会えますか?
君を置いて、世界も、街も、僕も、どんどん変わっていってしまいました。
どうすれば君に会えますか?
例えば、机の引き出しにいれたままの、あの遺書の内容を実行したら?
例えば、切符もないまま、電車で遠くまで行ったら?
一人、虚空に問いかけるも、真っ暗な室内に言葉は霧散して、消えてしまう。
まるで、水中で窒息する魚ようだ。
僕がいるべき世界はここなのに、ここ以外あり得ないのに、そんな場所なのに、どうにも僕には息苦しくて仕方がない。
いるべき世界が苦しい。そんな矛盾。
君がいないだけで、世界はこんなにも色がなくて、味がなくて、つまらなくて、どうでもよくて、こんなにも悲しい。
君がいないと、君じゃないと、君しか、君、君きみキミ君君君、君が欲しい、君といたい、君しかいないんだ。君の変わりを探しても、いない。世界に人間は六十億人いるっていうのに、君の変わりは一人もいない。もう手遅れなんだ。僕には君がいなきゃ駄目で、君じゃないと僕は僕じゃなくて僕は君で君は僕で、あぁあぁあぁあぁあぁ。
もう、いいや。弱音も願望も希望も絶望も何もかもがどうでもいい。
瞼を閉じれば、君に会えるから。
ほら、また会えた。
いつもみたいに君は笑ってる。
本当は一度も見たことないんだけどね、なんとなく、君は笑ってるんじゃないかって思うんだよ。ここではない場所で一度だけ見た、君の笑顔が忘れられないから、僕が知っている君の表情はそれだけでいいから、だから笑っていてくれると嬉しいな。
ほら、僕は常に下を向いてるから。君の表情がわからないんだ。
息を吐いて、目を開ける。
相も変わらず真っ暗な部屋。
久しぶりに、外、出よう。
家の外に出ると、張り詰めたような、突き刺すような外気に体が震え、吐く息も白かった。
もうすぐ、冬かぁ、などと今更思う。いつも部屋にこもっているから気付かなかった。
あ、前から人が来た。
気まずくて、俯く。人に関わられるのは嫌だから視線を逸らす。
俯いたまま、歩く。
突然、がつん、と頭をハンマーで殴られたような衝撃。
僕はその場に倒れた。
起きると、いつもの場所だった。
あ……。目の前に、エメラルドグリーンのツインテールをだらん、と下げながら僕を見降ろしている、君がいた。
ここで初めて、目が合った。
うあああぁぁぁぁあああああああ! どうしよう、笑ってないよ、もう嫌、死のう死のう死ね、死ねばいい、僕の馬鹿、糞、あぁあぁあぁあぁ!!
「久しぶりっ!」
「あ、えっと、あの……えっ?」
そこで、僕に向かって話しかけているのだと気付いた。
「え、あの、僕のこと知ってるの……?」
「もちろん! いつも、私を見てた人だよね?」
気付かれてたー、という気恥ずかしさ、覗き見てた罪悪感、日々妄想していたという、なんかもう色々わけのわからないものがごっちゃごちゃと頭の中を駆け巡っては消えていく。
「すいません、覗きじゃないんです、ストーカーでも変質者でもないんですっ!」
一気に弁明したくて捲し立てる。
「うん、知ってるよ。と、言っても気付いたのはこうなってからだけどねっ」
こうなって……?
「うん。知ってると思うけど、私死んじゃったから」
え……? 俯いてた、顔を上げる。
君は僕の望ままに、やっぱり笑顔を浮かべてくれていた。
「気付いていたと思うけど、私はもういない。今までの私は君の想像。まあ、今は少し違うんだけどね」
「どういう……?」
「私にもよくわからない」
そう言って、君はケタケタと屈託なく笑った。
「今までは私も笑ってることしか出来なかったんだけどね」僕の思った通りだ。「うん、君さっき電柱に頭打ったの。それで、気絶? みたいなことになってるから、だからこっちと繋がったのかな?」
説明されても、わけがわからなかった。
「覚えてる?」彼女が一息吐いて、「初めて会った、って言ったら変だけど、君が私を見ていた時のこと」と言った。
忘れるはずがなかった。
初めて君を見たときのこと。
こんなにも汚い世界で、君は有り得ないほど綺麗だった。
その笑顔に、僕は見惚れてしまった。
「君はあの時から何も変わってないね。そうやって俯いてて、過去ばかり見て、未来を見てない。だからそんなに虚ろな瞳をしてるんだね」
でも……、と一呼吸あいて、
「世界は、こんなにも光で満ち溢れているんだよ」
はっと、意識が覚醒した。
視界がなんかぼやけていて、頭が痛い。どうやら、電柱に当たったのは本当のようで、僕はコンクリートに寝そべっていた。
やがて段々と視界がクリアになってくる。
――世界は、こんなにも光で満ち溢れているんだよ。
ああ、本当だ。
久しぶりに見上げた空。もう見なくなって随分経つ空には、満天の星々。
一生懸命、その命の炎を燃やしていた。
――いつまでも、俯いてないで。
そんな、聞こえるはずのない声を聞いた気がした。
ありがとう。さようなら。また……、いや、またじゃないか。
なれのはてで、君は今も笑っていますか?
僕はこっちで笑っていますよ。
起き上がり、ズボンを叩く。
君が笑顔でいるなら、それでいい。僕にはそれだけでいい。
思い出は僕の心に、しっかりとカタチをもって残しておく。
それだけで、生きていける。それだけで頑張れる。
いつか会う、その日まで、そこで待っていて。
ここじゃない、
なれのはて、で。
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