今日から家族になる子だと言って父さんが連れて来た少年は金髪碧眼で典型的なルシフェニア人だった。キラキラとした髪に何かこの世界の闇を知っているかのような暗い瞳に私は単純に興味を持った。だから私は少年に手を出して

「私はジェルメイヌ、よろしくね」

と言った。
少年は少し悩む素振りをして私の手にその幼い手を重ね「よろしく」とそれだけ答えた。



あれから少年──アレンは私には必要以上の接触をする事はなかった。必要以上というのは食事などの生活において必要な事のみであり、分からない事や不自由に思う事があれば私ではなく父さんにばかり話していた。
正直父さんを取られたという気持ちも無きにしもあらずだが、それよりも折角家族として家に来たというのに何故そんなに心を閉ざしているのか分からなかった。

...今となれば彼がどんな思いで私達の家にきて王宮で召使として働き始めたのか分からなくはない、ただ少し複雑だけれど。

しかし当時まだ子供だった私は家に引きこもってばかりの彼を無理矢理連れ出した。少しでもこの町や住人達の事を好きになって欲しかったから。王宮でいざこざがあったらしく少しばかり食糧難ではあるが空気も美味しいし、町のみんなも良い人で私はこの町が好きだ。だから彼にも同じ様に思って欲しかったのだ。

「ここはね、ジャルさんのお店!ジャルさんの作るパンは美味しいのよ!」

私はアレンにこの町を案内して歩いた。しかし当のアレンは私が話しているにも関わらず何処か違う場所を見ているようだった。

「......何処見ているの?」

視線の先を見るとルシフェニア王宮が見えた。

「王宮?」

私は父さんからアレンが何処からきた、引き取ったなんて事は聞いていない。だから家に来る前にどんな暮らしをしていたのかも分からない。
もしかしたら王宮で働く人の子供なのかもしれない、そう思った私は何とは無しにアレンに問い掛けた。しかしこれは失敗であったと思う。

「もしかしてアレンって王宮で働いてるか父さんと同じ親衛隊の人の子供とか?」

そう言うとアレンはビクッとして私を睨んだ。しまったと思った時には既に遅く、身を翻し「帰る」と言って去ってしまった。



それ以来、以前にも増してアレンから避けられるようになった。父さんに事情を説明したらバツの悪そうな顔をするだけだった。
私はただ家族になりたかった。私だって父さんの本当の娘ではないし、本当の両親がどんな人なのかも知らない。
だから私の家族は父さんとアレンと私。家族三人で楽しく過ごしていきたいのに...


家族になるってこんなにも難しい事だったの...?




そんなある日、不穏な空気が町に漂う。何事かと訪ねたらシャルテットがエルドの森へ遊びに行ったきり帰ってこないのだと言う。シャルテットと遊んでいたらしい他の子は皆無事な様だった。大人達が探しに行くとは言っているものの、森に住んでいる荒くれ者を警戒して一向に捜索に向かおうとしない。
そんな大人達に業を煮やした私は走って家へと向かった。

家に着くなり私は森へ向かう身支度を始める。アレンは不思議そうに私を見ていた。

「...何してるの?」
「シャルテットがエルドの森から帰って来ないの。大人達はいつまで経っても探しに行かないから私が行く」
「危ないよ」
「危険だからって怯えて誰も助けられない臆病者にはなりたくないもの!」

持っている服の中で1番動きやすい服を着て父さんの剣を背中に担ぐ。ドアを開けようとすると「待って」という声が聞こえ振り返る。

「僕も行く」
「危ないんでしょ?」
「確かに森は危ない、でも僕だって臆病者じゃない」

まるで挑発する様ににっと笑った。アレンが笑ったのを見るのは初めてだ。
私もその笑みに笑い返し二人で家を飛び出した。

結果から言うとシャルテットの救出には成功した。既に荒くれ者はシャルテットと接していく中で改心していた様で殆どが手を出してこようとはしなかった。それでも立ち向かってきた奴等は私が殆ど倒してしまってアレンは「一人で勝手に...僕役立たずだったじゃないか」なんて言って不貞腐れていた。
勿論父さん達にもこっぴどく怒られた。幾ら荒くれ者達が改心していたとはいえ危ないと言われている森へ子供だけで行ったのだ、当然だろう。父さんが怒ったのはこの時がだけだ。
アレンとシャルテットは黙ってお説教を受けていたけれど、私は「だって父さん達が行かないから!」とか言い訳をしていたっけ。
みんなわんわん泣いて、でも最後にはそれが可笑しくなって笑ったんだ。



シャルテットの事件からアレンは変わったと思う。少しずつ心を開いてくれるようになり私の事を"姉さん"と呼ぶ様になった。呼ぶ様になった、と言ってもそれまでは名前すら呼ばれた事はなかったのだが。
かつて心を閉ざしていた少年はよく笑う様になった、泣くようにもなった、そして私達の家族になってくれた。実の子ではない私達を育ててくれた父さんと少し負けず嫌いな弟、そして私の3人で楽しく暮らしたいという私の願いは少しずつ叶っていった。
そして私とアレンとシャルテットの3人で出掛ける事も多くなったと思う。近くで集まって喋ったり私とシャルテットの買い物に荷物運びとしてアレンを連れて行ったりと結構遊んだものだ。だからシャルテットが王宮で働く事になった時は私もアレンも寂しくて「いつでも帰ってきてね」とか「週一には手紙ちょうだい」とか色々言ってシャルテットには苦笑いされたな...

それから暫くして女王が亡くなり王女が国を継ぐ事になったという噂と同時アレンも王宮で働く事になったと父さんから聞いた。
私の大事な人達がどんどん王宮へ行ってしまうと思うと理不尽かもしれないが王女に腹立ちを覚えた。

「姉さん、あのさ僕、王宮で働く事になったんだ」

父さんから聞いた後でちゃんとアレンも自分で報告をくれた。

「父さんから聞いたわ、おめでとう」
「...ありがとう、でも姉さんは寂しくない?父さんも王宮に居ることが多いのに...」

私の事を心配してくれる彼の優しさに嬉しくなった。
寂しくない、と言ったら嘘になる。
でも私がここで寂しいと言ったら彼はどうするのだろうか、ここに残ってくれる?きっとそんな事はないだろう。
王女はかなりのワガママ娘で逆らう者はギロチンで首を刎ねるそうだ、もしアレンがやっぱり働かないなんて事になったらそれこそギロチンにかけられて二度と会えなくなってしまう。アレンとしてもそれは避けたいはずだ。

「...少し寂しいけれど私は大丈夫よ、頑張ってね」
「ありがとう...そうだ、姉さん寂しがりだから週一で手紙書くよ」
「ちょっとそれ私がシャルテットに言った言葉じゃない!あの時はアレンも寂しがってたじゃないの、何自分のことは棚に上げてるのよ」
「そんな事は知らないなぁ...」

私がキッと睨むとアレンは肩を竦めた。それから暫くしてお互い顔を見合わせてぷっと笑った。

「ははっ、ちょっとからかっただけだよ...あ、それとお酒は程々にね、王宮で働き始めたら止めてあげられないんだから」

心配される程飲まないわよ!
...いや、1回飲み過ぎて夜に外に飛び出して「私は誰よりも強い女になるんだ!」とか叫んだらしいから気をつけようかしら...
そう考え、口から何とか捻り出した言葉が...

「.........善処します」
「よろしい」

なんて可愛くない子になってしまったのかしらとか思ったが、こんなくだらない言い合いができるのも王宮に言ってしまえばそう機会はなくなるのだから良いだろうとこの時私にしては広い心を持ったと思う。




「.........懐かしい話だね」

アレンは何処か遠くを見つめ独り言の様に呟く。

「...そうね、それから1週間後に王宮へ行ってしまったのよね…」
「あれから全く会えなかったのにこうして会えるなんて思ってもみなかったよ」

...ブラックジョークとはこの事を言うのかしら。
今私はアレンと向かい合って二人きりで話していた。私達の間には鉄の檻。
そう、アレンは捕えられているのだ、"悪ノ娘 リリアンヌ=ルシフェン=ドートゥリシュ"として。そして明日の午後三時に処刑される事になっている。

「......ねぇ、アレン」
「なんだい?」
「貴方は後悔、してない?」

まるで物語の様に紡がれていくこの人生を。
舞台で踊る哀れな人形の様なこの運命を。

貴方は、どう思うの?


「...後悔してない、と言ったら嘘になる」

暫くすると震えた声が聞こえてきた。声の方を見ると下を向いていて表情は伺えない。

「死ぬのは怖いし、もっと生きていたいとも思うよ。だけどそれよりも独りぼっちの彼女を、唯一の肉親である彼女を助けたかった」
「......」
「だから僕は、後ろは向かない。否、向けないんだ」

顔を上げたアレンの目には涙が溜まっていたがその瞳からは決意が見えた。

「......そう」

もう言葉は出てこなかった。それはアレンも同じな様でただ黙って檻から見える月を二人で見ていた。

かつて夢見ていた"家族と幸せに暮らす夢"が終わりを迎えようとしている。
否、もう終わっているのかもしれない。


それでもお願い、もう少しだけで良いから夢を見させて。


既に崩れてしまった夢にまだ縋り付く私は、明日が来ない事を心の何処かで願っていた。

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Rêve éphémère

アレンとジェルメイヌの出会いから別れまで。

悪ノ間奏曲のあのお話から妄想を膨らませました。が、膨らませすぎてほぼ内容は関係ないです。

閲覧数:171

投稿日:2018/09/25 11:01:41

文字数:3,901文字

カテゴリ:小説

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