歌がとても多い国でのお話。
あるところに、十六歳の歌姫がおりました。彼女は、小さい頃からとても歌が大好きで、みんなによくほめられていました。最初は、とてもいい子でしたが、年を重ねるごとにだんだんと調子に乗り、みんなを見下すようになりました。でも外見は、とても美しく、声もますます良くなっていき、歌では誰にも負けないぐらいうまくなりました。そして、彼女の友達と家族は、ただ彼女をほめたたえるだけですから、さらに、ひどい性格になりました。ある日、友達と一緒に散歩をしている時のことでした。道を歩いていると、とても醜い老婆を見かけました。
「まあ、なんて醜い老婆なんでしょう。見てられないわ。」
彼女は、老婆を見ないようにしていこうとしました。しかし、老婆の方から話し掛けてきました。
「そこのきれいな娘さん。うっかりハンカチを落としてしまいました。ハンカチを拾ってはくれませんか?」
老婆の声は、低くて、しゃがれて声でした。彼女は答えました。
「私が、なんであんたみたいな醜い老婆のハンカチを拾わなくてはいけないの?他の人に頼みなさいよ。」
すると、老婆はこう言いました。
「お前さんは、外見はとても美しいのに、中身はとても醜いね。いつか、今の生活を失うよ。」
彼女は、そう言われて怒りました。そして言いました。
「あんたみたいな奴に言われたくないね。あんたは、私の何を知っているの?」
老婆は彼女の態度とは真逆で冷静に言いました。
「お前さん。・・・・私は、お前さんと同じ歌姫だったのさ。私より素晴らしい歌姫はいない。そう思い込んでいたのさ。そして、他の人を見下していたのさ。しかし、私は、歌えなくなり、しゃがれ声になってしまったのさ。その後、友達も家族も失ってしまった。そして、初めて知ったんだ。自分には、本当の友達も家族もいなかった。自分が一番の愚か者だったことを。お前さん、今からでも遅くはない。その性格を直しなさい。」
しかし、彼女は、こう言いました。
「それは、あんたの場合でしょ。私は大丈夫。絶対あんたみたいになんかならないから。」
そういってさっさと行ってしまいました。老婆は独り言のように言いました。
「今に後悔することになるよ。」
老婆の言う通りでした。
その後、コンサートで彼女が歌う時のことでした。彼女が歌う番が来て、歌おうとした時、声が出なくなりました。
彼女は声が出せなくなり、驚きました。観客もびっくりして、何がどうなっているのかわからない状況でした。急いで医者に診てもらいましたが、医者は、残酷なことを言いました。
「この娘さんは、もう歌を歌えない。」
彼女は、突然のことで信じられませんでした。
医者は続けて言いました。
「のどの病気にかかっている。しかも、かなり進行している。たとえ病気が治ったとしても、障害が残る可能性が高い。しゃがれ声になってしまうかもしれない。もう、歌をやめたほうがいい。」
それを聞いた途端、周りにいた友達や家族や職場の人は態度を変えました。そして、冷たい目で友達の一人が言いました。
「歌を歌えないのか。それじゃ、もう友達ではないな。歌がうまいから友達になってやったのに、意味がない。帰ろ帰ろ。」
一人、また、一人、彼女の元を去っていきました。もちろん、彼女は、職場をやめさせられました。そして、家族にも見捨てられ、一人ぼっちになりました。彼女は、思いました。
「あの老婆の言う通りだった。本当の友達も家族もいなかった。」
あまりのことに、涙も出ませんでした。それでも、生きていかなければならないので、小さな宿屋のお手伝いさんになりました。彼女は、働きましたが、他の人とはかかわろうとはせず、友達を作ろうとはしませんでした。なにより彼女は、今の自分のしゃがれ声を聞かれたくはありませんでした。しかし、彼女のそういった冷たい態度にもかかわず、一人の若者だけは、よく声をかけてきました。彼女は、ときどき思いました。
「何でよく声をかけてくれるのだろう?」
そんな、仕事にも慣れてきた日のことでした。彼女は、いつもどおり仕事をしようと、箒を持ったとき、上から蜘蛛が降りてきました。彼女は、突然のことにびっくりして声を出してしまいました。そして、何事かと若者がかけつけました。他の人もかけつけました。彼女は、思いました。
「どうしよう。今の声を聞かれてしまった。あの時みたいに、みんなまた冷たい目で見るんだ。」
その時、若者が言いました。
「今の声は、俺が冗談で出した声なんだ。ごめんね。」
他の人も若者の言うことを信じてこう言いました。
「全くふざけんなよ。まあ、あんな酷いしゃがれ声が本当の声だったら、いやだけど。」
そういって他の人達は、自分達の持ち場に戻りました。
彼女は、しゃがれ声で言いました。
「かばってくれてありがとうございます。あなたは、どうして、いつも私に声を掛けてくれるのですか?」
若者は、言いました。
「みんなあなたが歌姫であることを知っている人は、ここにはいません。でも、ぼくは、あなたが歌姫なのは知っています。僕は、昔あなたの歌で救われたのです。昔、この宿屋の職場よりも前の職場にいた時のことです。そこは、酷い所で、まるで奴隷のような扱いでした。毎日、毎日、生きていくのがやっとでした。なんども死のうと思いました。でも、そんな中であなたの歌声が良く聞こえたのです。あなたの歌を聞くたびに生きる喜びが出ました。そして、がんばって今の職場に就くことができました。あなたを見たときは、びっくりしました。そして、あなたが、声を出せないので、歌えないことがわかりました。僕は、あなたの歌で救われた。今度は、僕があなたを救う番だと、そう思ったのです。」
彼女は、それを聞いて涙を流しました。彼女は、思いました。
「なんていい人なんでしょう。私は、傲慢でひどい女なのに。ここまで思ってくれる人がいたなんて。」
その後、彼女は一生懸命働きました。そして、彼女が改心してから、声にも変化が見られました。少しずつ声が良くなっていき、ついに声が元に戻りました。彼女は歌姫に戻ったのでしょうか?いえ、彼女は歌姫には戻らず、若者と結婚して子供を産みました。彼女は、何万人の観客のためには歌わずに、たった一人の夫と子供のために歌を歌いつづけました。          おしまい。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

歌姫としゃがれ声

歌がとても多い国でのお話

閲覧数:88

投稿日:2011/08/15 22:09:17

文字数:2,615文字

カテゴリ:小説

クリップボードにコピーしました