クミは今、同人誌参加コミュニティー、略してDO・SAN・COの会場にいる。
正確に言えば、会場のさらに奥にある控え室。特別控室に連れ出されたのだ。
この控え室は運営関係者と、特別な女性ゲストしか利用できない。
特別ゲストとは何か? それは女性コスプレイヤーの着替え、又はメイク室なのである。このDO・SAN・COでは地元の旭川市と、その周辺地区のサークルが主に参加しており”女性”コスプレイヤーとして参加している者のみがこの部屋を自由に利用できるというワケである。ちなみに男性コスプレイヤーはトイレや非常階段などを利用する。いと哀れである。
それもそのはず。やはり女性のコスプレイヤーはこの手のイベントの華なのだ。
運営側も優遇するのも当然なのである。
ちなみに運営関係者も男性は利用できない。ひとりを除いて。
その使用を許されたひとりの男性は、栗布頓高校美術部のサークルから半ば強引に連れさった。そう、オネエ言葉の先程の男である。
「とりあえず、アイサツしとくわね☆」
「はぁ・・・」
オネエ男は名刺を差し出す。クミは不安げにその名刺を受け取った。
【DO・SAN・KO運営代表 ネエ・ネエ・オネエ☆様】
自分の名刺に『様』を付けているのは兎も角。クミは運営代表という文字に驚いた。このゴツイ男の人が同人誌イベントとかけ離れた存在に見えたからだ。
「まあ、ホントの事を言うと・・・ワタシ、身体はオトコなの・・・クスン」
背丈は180半ばを越え、胸板も厚く、手も大きい。かろうじて女装らしい黒いワンピースとメイクが女性らしさをアピールしている。いわゆるオカマという存在であるのは”見た目”でよく分かる。
「もちろん、心はオ・ン・ナ☆ あなたと同じヨ。安心してちょうだイ☆」
「えっ! は、はい・・・」
オネエ様は頷くと、窓の側までクミを誘う。そしてカーテンを僅かに開き「ごらんなさい」と、外を覗くよう勧めた。クミはそーっと2階の窓から外を見た。
外の地上には、沢山のカメラを持った男性が渦を巻いていた。
その渦の中心には、女性コスプレイヤーが数人おり、彼女達は色々なポーズをとってはカメラマン達にシャッターを切らせている。
クミは息を呑んだ。皆、きれいなコスプレ女性ばかりだったのだ。
「キレイなコたち・・・ワタシもあんな風に生まれたかったワ・・・クスン」
クミはオネエ様の切なげな瞳を見ていると、なんだか同情的な気持ちになってきた。
そんな感傷を打ち消したのは、窓の外のシャッターが一際光ったからだ。その光りの元は地上で一番大きな渦を作っていた。
「・・・出たわね、妖怪。あれが今回のボスキャラよ。御覧なさイ☆」
大きな渦の中心には、ボブカットの金色の髪、大きな白いリボンカチューシャ、ノースリーブのセーラーファッション。
クミはその姿を見て呟く。ボカロファンになってまだ日は浅い彼女だが、その容姿は紛れも無く新鋭ボーカロイドのコスプレ。
「リン・・・鏡音リンちゃんだ! すごく・・・かわいい!」
同じ女子でもトキメク愛らしさ。クミはその姿に魅入ってしまう。
「ムキ―――っ! ホント、やってくれたわネ! あの女っ☆ ぬけぬけとボカロコス仕込みやがって―――っ!! あのコは遠征組で、普段は札幌の古本屋の地味な店員なんだけどブスの癖にメイクがやたら上手いのヨぉ~~☆ あ―――っ!! 悔しいワ☆」
オネエ様は口では悔しがってはいるが、なんだか嬉しそうでもある。結局、鏡音リンのコスプレした彼女は、今回のイベントを大いに盛り上げてくれているのだから仕方ない。
「でも・・・あんなにかわいいのに、何で妖怪なんですか?」
「あのコ・・・いくつに見える?」
「私より年下に見えるけど・・・う~~ん?」
笑顔全開でポーズをとる鏡音リン。元気はつらつ感はいかにも成長期の少女っぽい雰囲気をかもしだしていた。
「自称16歳―――ホントは32歳ヨ」
「ぶぶっ!!」
見た目の若々しさよりも、想像を超えた三十路である事の方に驚き、噴出した。
「16もサバ読みやがっテ・・・まったく大した面の厚さよネ? ウフフ☆」
「は・・・はい。・・・うふふふっ」
オネエ様の愛嬌たっぷりの笑みは、クミをリラックスさせ始めた。口は悪いかもしれないが、そこには相手に対する愛情の様なものを感じ取れたからだ。
「まあ、盛り上げてくれて運営としてはウレシイけド、地元としては札幌の人にイイとこ取りされて、ちょっとツマラナイじゃないじゃなイ☆ それでネ・・・」
オネエ様はトランクケースを持ち出し、クミの前で開いた。
そこにあったのは、メタリカルグレーのノースリーブシャツ。肩には三角レースが丁寧に施されており、中央にはブルーグリーンのタイが添えられていた。
ボカロ初心者でもわかるこのカラーリングと、デザイン。
初音ミク―――電子の歌姫のコスチュームだ。
「アナタ・・・クミちゃんだったわネ。 メイクして、これ着て初音ミクになってもらって、地元の意地を見せたいのヨ。 運営からのオ・ネ・ガ・イ☆」
「で、でも私・・・かわいくないし、メイクも出来ませんっ!」
「そうね、アナタ・・・美人では無いわネ☆」
が~~~ん。マンガみたいなショックなピアノの和音が頭に響く。
「ふえぇぇ・・・」
クミは泣きそうになった。美人では無いなんて当然知っている。だがそれは自分の見解であり、第三者が「あんた、ブスだわ」なんて言おうものなら、女として生きて行く自信が無い。そんな時に限って不安な事が頭を過ぎる。
『あたしね! 俺氏君と昔からず―っと一緒だったの。近所で幼馴染ってやつ』
涼しげな瞳をした、美人で人気者の委員長の言葉と姿だ。
俺氏の事は憧れている。だが、その隣に居ていいのは、きれいな顔をした委員長の方が相応しい・・・そんな気持ちが、ぽこぽこと泡の様に湧いてくる。
「北○残悔拳っ!!」
クミのこめかみに、オネエ様は親指をぶっ刺した。
「ぎゃっ!!!?」
オネエ様の親指は結構刺さった様だが、かまわず涙目のクミに言った。
「・・・クミちゃん。アナタ、今、自分を哀れんだ表情をしていたワ」
「え・・・あ・・・いや、その・・・」
こめかみを押さえながらクミは、自分の考えていた事を見透かされ驚く。そんな表情を無意識に浮かべてたのだろうか・・・いや、それよりも今は、こめかみが物凄くイタイのだが。
「努力もせずに、自分を哀れむオンナは、ココロが世界一ブスなのヨ!!」
オネエ様は鏡台の前にクミを座らせ、眼鏡を外すよう指示した。
「・・・あの、私・・・やっぱり無理・・・」
「あの背の高いハンサムな彼、アナタのシーカレ(彼氏)?」
クミの顔がみるみる赤くなる。そして超振動マッサージ器に勝る小刻みさで首を震わせた。
「ホント、分かりやすいコね・・・いい? オンナがキレイに装うのは、好きなオトコの為なのヨ☆ 好きなオトコの好みの姿になれたら―――誰だって世界一カワイイオンナになれちゃうのヨ」
クミは、この会館に来る時に俺氏が言った言葉を思い返す。
『ふふ・・・俺は―――○○ちゃんが大好きさ』
初音ミクの事だったのだろうか? 私の名前だったのだろうか?
今となっては、それはわからない。だが、クミは俺氏が好きなのだ。
ならば―――もし俺氏が初音ミクが好きなら、私がミクになってみたい。
俺氏にとって世界一カワイイオンナになってみたい。そう思い始めた。
「わ、わたし・・・なってみたいかもです。世界一の・・・初音ミクに!!」
クミの背中を優しく叩き、オネエ様は鏡台の前に、大きな工具箱を乗せる。
工具箱を開くと、あらゆるメイク道具や化粧品がぎっしりと詰められていた。
特にカラーファンデーションは絵の具の様に思え、絵を描くクミの心を強く興味を惹かせる。
「よし! 覚悟は決まったようね。ならばみせてあげるワ」
オネエ様はクミの顔を鏡越しに見つめながら言った。
「ワタシのミラクル(奇跡)・ペイント(メイク)をネ☆」
30~40分後、まだ完成してないがクミの顔は見事に変貌を遂げた。
特にアイラインは少々太めだが、アニメ絵と実際のメイクとの中間を絶妙なバランスでデフォルメさせ、目力を見事に強めていた。
メイク中の会話で分かったのだが、オネエ様は旭川市に美容室を3店舗経営しており、自身もまた、腕に覚えのある美容師であった。
ボブカットの髪をピンで押さえ、カツラを被る下地を作り、この時点でクミに服を着させた。カーテンで遮られた空間で服を着始めるのだが、クミは申し訳無さそうにオネエ様に言う。
「・・・あの、ここまでしていただいて、本当に申し訳無いのですが・・・私、無理ですっ! だって・・・こんな短いスカート履いたこと無いし、絶対、パンツみえちゃう・・・」
「見せちゃダメよ、そこ重要なんだから絶対領域は守死してネ☆」
「・・・え?? ぜったいりょーいき?」
「そうヨ。絶対領域の無い電子の歌姫なんて、偽者☆」
「なんだかよく・・・わかりませんっ!」
「グダグダ言ってたら・・・アンタのシーカレ(彼氏)―――ワタシが食べちゃうゾ☆」
シーカレ(彼氏)ではないが、食べられちゃったら大変だ。クミは半泣きでカーテンを閉め、ゴソゴソとスカートを履く。
「でも、流石に生パン(パンツ)だとマズイわネ。これ履いてちょうだイ☆」
カーテンの隙間からオネエ様は一枚の布切れを差し込む。クミはそれを受け取りハラリと拡げたが、それは白いパンツであった。正確に言うとアンダースコート。控えめにフリルとリボンがあしらわれていた。
「こ、これ・・・まるでパンツじゃないですか!? しかも今履いてるパンツよりも絶対小さいですってば~~~っ!?」
クミのパンツは旭川市鷹栖イ○ンにあるユ○クロで3枚990円(税抜)の、無地のデザインのもので、高校入学した時、母親に買ってもらったものだ。
「ちゃんとパンツの上に、そのアンスコを履くのヨ。下のパンツがはみ出たら、クイクイっと丸めていれちゃいなヨ」
パンツ・オンザ・パンツ。もちろんクミにとっては未経験。
「もう・・・お嫁にいけないよぉ~~~っ」
「アンタねえ・・・お嫁に行ったら初日からパンツなんて履けないわヨ~☆」
「・・・・・・ふぇっ!!」
そんなドタバタを乗り越え、クミのメイクと衣装は終わった。
カツラを乗せ、最後に最大の特徴であるツインテールを括り付ける。これはオネエ様の一番拘ったポイントで、ツインテが長過ぎると動きにくく、短いと特徴が削がれる。幾つかの試作を作り、実用的で見た目も良い長さ、ウエストライン上に設定した。ブーツを履かせ、袖、いわゆるロリ袖を腕に通し、姿見の前にクミを立たせた。視力が悪いクミはぼやけた自分の姿しか見えずオネエ様は「仕方無いわネ・・・」と、眼鏡を彼女の顔にかけてあげた。
不明慮だった自身の姿が露わになる。
「間違いなく・・・アナタは美人ってタイプじゃないわネ」
クミは小さく頷く。
「美人じゃないけど・・・世界一カワイイオンナのコになっちゃったわネ☆」
恋する乙女には一番似合う言葉。クミは自分の姿を鏡で見る。
自信無さげで不安な表情は、彼女の持ち味かもしれない。
おどおどして、眼鏡をかけた電子の歌姫は、ひとつの完成された初音ミク像となった。
愛しい人に捧げる―――クミ、オリジナルの初音ミク。
奇跡のショータイムは、この時から始まるのであった。
同時にその頃、旭川ふれんず会館を目指して歩く、一人の少女がいた。
ピンク色のナース服を着たその少女は、オスタープロジェクトの最新曲、恋色病棟をモチーフとしたコスプレをしていた。
『こんなカッコで現れたら俺氏君・・・驚くかな? 喜んでくれるかな?』
ダンボールで作った大きな注射器を抱えて、少女は笑顔を浮かべる。
その少女は涼しげな瞳で長い黒髪を持つ美少女。
クミのクラス委員長だった。
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