7、新しい青と彼らの春
桜が舞い散る季節になった。
大嶺中でこの桜吹雪を見るのはもう、今年で最後だ。
「今年から、受験です」
佐古田先生は新しいクラス、三年四組の生徒に呼びかける。
「去年、僕のクラスだった人はわかると思うけど、僕は去年からずっと受験、受験って言っていました。そこで焦るのか、まだ余裕ぶっているのは全然この先の結果が違います。結果的には自分たちの進路を掴むことが最終目標です。今からがんばっても遅くないです。ぼちぼち頑張っていきましょう」
佐古田先生はそう言ってみんなに呼びかける。
俺たちは最後の中学校生活を謳歌する学年となった。
もう、中学三年生である。
ふと、振り返ってみるとこの前まで入学式をしていたような感じだ。
桜の花が落ちるようなスピードで二年間を過ごしたのではないか。
クラス替えがあり、俺と円香はまた同じクラスの三年四組に。加治屋と鹿野が三年三組に。
驚くことに、松江亮が三年四組だ。
あいつにとっては、こんな事態、すごく嬉しいことなのだろう。
俺も、加治屋と一緒のクラスがよかった……。
佐古田先生はまたいつものように「クラスの親交の深めるよーに」と言って教室を後にした。
「また、あんたと一緒のクラス?」
隣の席の円香が嫌味を言う。
「これぞ本物の腐れ縁だな」
俺はそう言って、苦笑いを浮かべる。
最近、円香はナイーブになったから言葉には気をつけて話している。
少し落ち着いたところで周りを見渡してみると、自分の居場所が無くてオロオロしている人が出てきた。
少し心配になったので円香を見る。
円香は昔から気が強かったのであまり友達が増えなかった。
そのたび、俺が何度も遊び仲間に誘って女子の友達を増やしていった思い出がある。
中学に入ってから円香は少しずつ変わってきた。
人見知りが激しかったので、初対面の人とは目を合わせて喋れなかったのだが、今ではちゃんと人の目をみて笑っている。
成長したよ。うん。
「ちょっと、松江君と話してくるね」
円香はそう言って席を離れる。
そんなこといちいち報告しなくてもいいのにな。
円香は、松江が家に来てから少しずつ松江と仲がよくなってきた。
家に来たとき何を話していたのかを何度も円香に聴いたのだが一度も教えてくれない。
よく話すのを見かける。
そのたびに松江の顔が赤くなるのがまた面白いのだが。
少し何かが引っかかっているような感じがしていて。
気持ち悪い。
*
春。
いつの間にか暖かくなって、僕らの服装もセーターからだんだんと薄着になっていく。
こんな風景を見ると、「ああ、春が来たな」って思う。
どこからか運ばれてきた春の匂いが、教室全体に行き渡る。
エノヒロとはクラスが離れ、加治屋さんと一緒になった。
担任の先生は旧二年三組担任の木戸先生。小さな英語の先生だ。
若い先生で結婚も済ませてある将来安定の先生。冗談交じりの授業も面白い。
加治屋さんは、まだ初めてのクラスに馴染めなくて間誤付いている。
加治屋さんは僕の隣の席なので、なにかあったときはすぐに加治屋さんを助けられるので少し安心だ。
でも、間誤付いているのは加治屋さんだけではなかった。
僕の横の席―名前はなんだっけな?
あ、そうだ。鷲見五十鈴(すみいすず)さんだ。
名前の漢字が難しかったからすぐ覚えることができたんだ。
でも、それはさておき。鷲見さんは間誤付いているというか、周りに溶け込めていないようだ。
落ち着いた雰囲気で本ばかり読んでいる。
そりゃあ、クラスから浮くよね。クラス替えで少し興奮気味のクラス内なんだから。
そう思うと、僕の無駄な良心(お節介な心)のスイッチが入る。
「鷲見……五十鈴さんだっけ?」
とりあえず会話で鷲見さんの気を紛らそう。僕はそう思い鷲見さんに話しかける。
「あ、……はい」
鷲見さんは冷静な口調で僕に返答する。
「僕は、鹿野友香って言うんだ。女みたいな名前だけどよろしくね」
僕はいつもの口調でサラリと自己紹介をする。
「あ、私、鷲見五十鈴といいます。吹奏楽部です。よろしくお願いします」
鷲見さんは僕に倣い、頭を下げた。
「吹奏楽部かぁ。楽器はなに?」
「すみません」
鷲見さんはそう言って、乱れた眼鏡を正す。
「私は、自分の生活に干渉されるのが苦手なので、これ以上干渉しないでいただけますか?」
*
体育館中にバスケ部やらバレー部やらの声が響き渡る中、俺たちバドミントン部は確保されていた小
さなコートの中で練習に励んでいた。
「仲いい人できた?」
「うーん。微妙かな」
俺は体育館の壁に凭れかかっているユウカに質問を投げかける。
さっきのラリーで少し疲れたらしい。ものすごい量の流れ出ている。
渡したスポーツドリンクを飲んでユウカは思い出したように答える。
「でも、鷲見さんって人には嫌われたかも」
「鷲見? ああ。鷲見五十鈴のことか」
鷲見は頭脳明晰の完璧中学生。
定期テストの順位は当たり前のように一桁。
塾にも通っていないというので努力の天才だろう。
まぁ、加治屋のような人だ。
背が高く、すらりとした体型で容姿端麗のことから一部の男子からは好意を寄せられているという情報が多々耳に入ってくるのは確かだ。
だが、彼女の性格には癖があり……。
「なんかしたの?」
「いや、ただ自己紹介を……」
「ああ。鷲見に自己紹介か」
単なる自爆行為じゃないか。
おれはその言葉を飲み込み新しい言葉を捜す。
「鷲見は、私生活に他人が関わってくるのが一番嫌いらしいんだ。だから、結構自分から人を避けていくんだよね」
「まぁ。確かに感じがいい人ではなかったね」
ユウカは苦笑いを浮かべながら頷き、ゆっくりと腰を上げる。
「次、僕が試合していいかな? 部長さん」
ユウカはバドミントン部部長の俺に声をかけコートに入る。
「いいんじゃねぇすか? 嶋野。相手してあげて」
俺はすぐ近くにいた後輩の嶋野にラケットを渡し指名する。
「えぇー。おれすか」
「嶋野はスタミナあるからまだ持つだろ」
「でも、先輩たち、大会近いんですよ。中体連大会が」
嶋野はそう言いつつ、俺の渡したラケットを素直に握り、コートに足を踏み入れた。
「鹿野さん、手加減しませんよ」
「手加減してもらっちゃあ困るよ」
ユウカはそう言って微笑み、握手を交わした。
夏の中体連まで残り三ヶ月をきったときだった。
*
「クラス、離れちゃったね」
「うん。寂しいよ」
渚は肩を落として嘆きのため息を漏らす。
四月の午後六時半。
だんだん日中の時間が増えてきて、それに比例して部活動の時間も徐々に増えていく。
夏の中体連まで残り三ヶ月。この大会であたしの人生が決まる。
あたしは頭が悪いから(一応勉強はしてるんだけどね)受験戦争に勝ち抜けそうに無いので、スポーツ特待生で、近くの大三原高校へ行きたいと思っている。
「あたし、この前まで一年生だった気がする」
「あ、それ私も。なんか二年って早いよね」
「うん。忙しすぎてね」
ふと、顔を上げると目の前には夕日が広がっていた。
こんな時期に夕日を見るのは久しぶりだなぁ。
「渚はさ」
「ん?」
「まだ、権弘のこと好きなの?」
渚はあたしの言葉を聞くと、口角が上がる。
「好きなんだ」
「うん……。まだ……ね」
渚はそう言ってニコッと笑う。
「円香は好きな人なんていないの?」
渚はあたしを見ながら言う。渚の頭にぽつんと浮いている黄色のカチューシャが夕日の光で照らされて少しオレンジ色に見える。
「あたしは……」
そこまで口を開くと自然と口が閉じ、頭に権弘の姿が浮かぶ。
な、なんでこいつが……。
あたしは瞬時に頭の中から権弘を消す。
でも、なんど消そうと試みても権弘は頭の中から消えない。
むしろ、消えるどころか権弘は大きくなっている。
ま、まさか……。あたしの好きな人がこいつ……。
「どうしたの? 円香?」
渚の言葉であたしは権弘思考スパイラルから抜け出した。
「ううん。なんでもない」
渚が声をかけたら、権弘なんて頭のどっかに行ってしまった。
「あたしには好きな人いないよ」
どこか、自分に強がっている感じがしたが、気にしなかった。
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