闇の中から響き渡った、禍々しい微笑み。
その笑い声を発した主は、まるで空気のように気配だけで木々中からこちらへ近づいてくるのが分かる。
俺とタイトは、寸分の油断なく銃口を気配の方向へ突きつけていた。
「ふふっ・・・・・・。」
木と木の合間から不気味な笑みが漏れ、そこから赤い髪をした男が、滑るように姿を現した。
「・・・・・・ッ!!!」
こいつは・・・・・・?
ウェポンズに所属しているアンドロイドと見て間違いない。
制服なのか、軍服なのか区別のつかない奇抜な服装。
月明かりに照らされた髪は赤というより、濃厚な血の色だ。
つまり、人間ではない。
だが、笑うと言う行動をとる限り、感情があるのは確かだ。
彼の眼鏡に一瞬月明かりが反射すると、その向こう側に歪んだ笑みが現れていた。
「随分と、派手に暴れてくれたなぁ・・・・・・。」
男はやや高い声で、笑いながら呟いた。
だが、何だこの声は?声だと認識できるのに、まるで人間味がない。
まるで、人に似せた、何かのように。
「さて、残るは、お前たちか・・・・・・。」
男の視線が、俺達を見下ろす。
「お前もウェポンズか?!・・・・・・アンドロイドだな!」
タイトが男に質問を投げかける。
男は小さく鼻で笑った。
「そうだ。だが、アンドロイドではない。俺は機械じゃあない。」
そう呟き、男の視線が月を見上げる。
・・・・・・今だ!!
この得体の知れない存在をすぐにでも排除しようと、俺は手にしているライフル引き金を絞った。
その瞬間、ハンドガンとは比べ物にならない衝撃が肩に圧しかかり、硝煙が上がる銃口の向こう側では、男の体が大きく仰け反っていた。
だが、男は一向に倒れない。
後頭部で結んだ髪が地面につくほど、仰け反っているというのに。
男はその姿勢を維持したまま、ゆっくりと、姿勢を元に戻した。
「うーむ。不意打ちとは、なんとも卑怯な・・・・・・最も、俺も人のことは、言えないか。」
男が饒舌気味に呟く。
おかしい・・・・・・何故喋っていられる?
弾丸が着弾したはずの場所、男の赤いネクタイには、確かに弾の貫通した空洞がある。
白いシャツには僅かな血液が滲んでいるだけでとても致命傷のようには見えない。
どうやらアンドロイドでないことは確からしい。だが、ライフル弾の直撃を、ほぼ無力化するということは、人間でもないようだ。
「だーが・・・・・・これでは俺は殺せない。俺は・・・・・・アンドロイドとは、違う。人間とも、違う。俺は、その二つを遥かに超越した存在、言わば、神の子だな。」
男が両手を広げ、これ見よがしに夜空を仰ぐ。
まるで、月夜の舞台で、たった四人の観客を相手に劇でも演じるかのように。
その言葉も、ややスローで、聞き手を配慮しているかのようだ。
だが敵を目の前にして、そんな態度は不自然極まりない。
俺達を惑わそうという腹積もりなのか、それとも元々のキャラクターなのか。
しかし、今も銃口はその男の方向を向いている。
撃とうと思えば、すぐにでも・・・・・・。
だが・・・・・・。
「まぁ、今ので分かったろう。そんなちゃちな武器で俺を倒すことは無理。大人しく・・・・・・俺の言うことに従え。」
「黙れ。貴様何のつもりだ。」
タイトが苛立った声を上げた。
「俺は、ただ、お前達をお迎えに来たのさ・・・・・・この前、例の研究所でボスに勧誘を受けて、断ったんだろう?」
「貴様頭がおかしいのか。何故敵である俺達を引き込もうとする。」
俺の言葉に対し、男は小さくため息をついた。
「ああ・・・・・・そうか。お前達は、知らないのだな。お前も俺も、同じ新人類じゃないか。だから、同じ道を歩むんだよ。だから・・・・・・。」
「それ以上喋ったら、その今度はそのドタマにブチ込んでやる。」
男の話を遮ると、男はオーバーアクションにショックを受けた仕草をした。
「おぉ・・・・・・!!」
これはもう、本当に頭がおかしいか、真性の狂人としか判断せざるを得ない。
「興味深いな。」
俺の隣で、タイトが意外な言葉を発した。
「新人類だのなんだか知らないが、話だけは聞かせてもらおう。」
タイトの視線が俺を見て、小さく頷く。
確かに、話を聞くのも悪くない。
敵の真意を知ることが出来るかもしれない。
案の定、男の顔がにやり、と笑みを浮かべる。
「うむ・・・・・・それは良かった。もしかしたらお前達の気が変わるかもしれないな。」
バカか。
「いいだろう・・・・・・話してやる。まずお前達だ。何故、お前達をしつこく味方に誘おうとするのはな・・・・・・お前と、その味方の中にいるアンドロイド。これの殆どが、俺達のボス、網走智貴様がお造りになったのだ。それと、ボスの弟君である、網走博貴。そして、我々にとって非常に美味しい情報の詰まったセリカ・・・・・・この者達全て、五字分の手中に収めたいと考えたのだ。何故だか分かるか?」
「いや・・・・・・。」
「それは、我々が次なる時代への新しい人類、新人類であるからだ。」
「フン、意味が分からんな。」
「人の話を最後まで聞けぃ・・・・・・いいか。次はボスの目的よ。今のこの世界は腑抜けている。非常に腐っている。腐りきってる!それもこれも皆、あの忌々しいクリプトンのせいだ。あの企業が勝手な統制を、日本どころか世界に及ぶまで布きつめ、身勝手極まる支配をしている。ボスはそんな日本の未来を憂慮され、呪縛を解き払い、新しい世界と、新しい時代を想創造しようとお考えになられたのだ。ボスは一度死んでおり、社会的には死者として扱われている。その立場を利用し、我らクリプトン・フューチャー・ウェポンズの社長に、再び就任されたのだ。そして来るべき日のために綿密に計画を練っておられた、と言うことさ。そしてその計画とは、お前達を手に入れ!ピアシステムを手に入れ!クリプトンを潰し!そして、新たな世界を生み出し、新たな世界を開始することだッ!!」
男が甲高く声を張り上げた。
しかし・・・・・・今、俺達を手に入れると・・・・・・。
まさか・・・・・・?
「おい!!まさか研究所の制圧は、俺達が来ることを知っていたためか?!」
「そうそう!よくぞ気がついた!!お前達二人と、その部下に、あの黒いツインテールのかーわいい少女・・・・・・我々の情報網は凄いぞ?お前達があの研究所で一同に会することは、前々から承知済みさ。特に俺は、お前の進路を阻むために連絡橋を爆破したりと、色々工作したぞ?」
「なんだと・・・・・・。」
俺も、タイトも、言い返す言葉がなく絶句した。
元より、俺達が目的・・・・・・。
要求のない犯行。研究員の無差別殺害。橋の爆破。操られたキクの襲撃。
全ては敵の計算内だったとは・・・・・・。
「だが、結局お前達はツインテールを呼び込むためのエサだった網走博士まで奪っちまって、ヘリを奪って脱出。追撃の手も逃れて、どっかにいっちまった。だが、こうして自ら戻って来てくれたんだ。この機械を逃す手は、あるまいよ・・・・・・しかし・・・・・・お前らなんでIDロックの掛かったヘリを操縦できたんだ・・・・・・?機関銃だって・・・・・・。」
「どうやら、俺達がここに来ることも予想済みだったようだな。」
「そうさ・・・・・・思わぬ闖入者のおかげで味方の兵力は全てやられてしまったが、俺はボスから受けた任務が失敗するとは思わんよ。」
その瞬間、男の体がその場から高く跳躍し、俺達の頭上を飛び越え、反対側に降り立った。
俺は反射的に弾丸を放つ。だが、今度は命中せずに男の脇を突き抜けていった。
男がダンサーのように回転し、両手を広げる。
「お前達の増援が来るのは二十分後!!俺の増援が来るのは三十分後だ!!俺はそれまでにお前達を行動不能にし、ボスのところまで連れて行ってやろう!だがお前達が味方が来るまでに持ちこたえれば、お前達は逃げ延びられるぞ!!」
男がまた跳躍すると、森の中に吸い込まれ、完全に姿を捉えることが出来なくなった。
「フハハハハハハハ・・・・・・!!!!」
森中に、男の笑い声が響き渡った。
「さぁ始めよう!俺の名は重音テッド!!!最高にスリルな鬼ごっこを愉しもうか!!!」
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