赤茶けた石組みの道が迷路のように絡み合って、アリアの町はありました。何本もなんぼんもつながってできた道は大通りから裏小路まで、通らない場所はありません。らせんのようにぐるぐる連なった道はどこでも古い魔術に満ちていて、時折カラスの仰々しい音頭がそら一杯に響き渡っては、少しの不思議を日常に潜ませるのでした。
そんな街でしたから、アリアにもほんの少し魔術が使えました。お砂糖をほんの少しだけ使って歯が溶けそうなプディングを作ったり、ちょっとしたまじないでうんと綺麗な押し花を仕上げたり。この町ではどんな人間でも、大小それぞれ魔術を使えない人間はありません。
そんなある日のこと。アリアの町にサーカスがやってきました。大きな天幕、高くたかく上がる風船、ラッパの音がカラスの声を掻き消して、アコーディオンが陽気に誘いかけます。赤、青、黄色、緑にむらさき、とりどりの女の子が羽を身につけ、ステップで手をこまねくのです。魔術を使わない出し物の数々はアリアの町の人々を夢中にさせました。この国には音楽がありません。音はまじないの呪文で、旋律はひみつの魔方陣。ですから、外国の人でもないかぎり、街中で音楽を行うことは禁じられていました。ですから、このサーカスのパレードを、楽しく思わない人なんてありえませんでした。
けれど、アリアはちっとも楽しくありません。昔し、お使いのご褒美に連れて行ってもらった日から、迷路の隙間を埋めるような紙ふぶきはいつだってアリアを興奮させます。けれど、どうして楽しい気分にはなれません。なんだか腹がたったアリアは、踊り狂う紙ふぶきを残らず捕まえてやろうと、レンガ道に躍り出ました。なんだって今、サーカスなんて来るんだろう!
紙ふぶきを追いかけ、おいかけ、おいかけ・・・、アリアはサーカスの天幕の中に飛び込みました。何枚も重なった天幕はシフォンのカーテンのようで、アリアはいつの間にか自分が誰かの魔法に迷い込んでしまったかのように思います。
突然、アリアの手が誰かに捕まれました。ファンファーレのフレーズが響き、カーテンを巻き込みながら、誰かがアリアをステップに誘います。
アリアの手をとったのは、ピエロの格好をした女の子でした。彼女はアリアと踊りながら、私を呼んだでしょ、と笑います。
驚くアリアをリードしながら、女の子は自己紹介しました。
さぁさぁお耳をほじくって
私をお目めに焼き付けて!
私はあなたの「ごまかし師」
どんな助けをお望みか?
「ごまかし師」なんて、アリアは聞いたこともありません。いぶかしむアリアに、ごまかし師は自分の仕事を高らかに歌います。
一〇〇日の遅刻日をごまかして
一〇の「優」を通知表に
一個の照れをごまかして
一〇〇年の愛を告げる勇気に
一〇〇〇秒のピンチをごまかして
一国の地位に永遠を!
どれもこれもすごすぎて、アリアにはとうてい信じられませんでした。
ピエロのスカートをひらめかせ、アリアのピンチのにおいを嗅ぎ取ったごまかし師は、いったいどんなピンチなんだと詰め寄ります。
紙ふぶきがにくらしかったアリア。けれど、ほんとは紙ふぶきが大好きです。アリアがとてもすさんだ気持ちになったのは、あの楽しいサーカスなんかのせいではありません。
やけっぱちげに、アリアは自分のピンチを語ります。 それは秘密の親友、この魔法の国の王子様とケンカをしてしまったというものでした。
この国ではだれだって、一番最初のお誕生日に楽器をもらいます。魔術を使うために、生まれた祝福の意味を込めて、できるかぎり上等の楽器を生まれた日に贈るのです。 王子様の楽器はそれはそれは素晴らしい金細工と、小夜鳥の声でできたラッパでした。
この国では、魔術以外の目的で楽器を使うことはありません。だれもが魔術によってなんでもできるものですから、もし危ない魔術がかかってしまったらとても危ない、と往来で楽器を奏でることが禁じられてしまっていました。
アリアも王子様も、自分の楽器の音が大好きです。偶然であった二人はこっそり、秘密の場所で秘密の演奏会をして楽しんでいました。けれど、ある日、アリアは躓いた拍子に、王子様の 誕生日のラッパを壊してしまったのです。
アリアは貧しい生まれでしたから、代わりのラッパなんて用意できません。同じように自分の楽器を壊そうとしましたが、そんな勇気もありません。
どうしようが思い悩むアリアにごまかし師は胸を張りました。
あたしにまかせなさい!
そう言うと、ごまかし師は歌います。少年と王子様のごめんなさいの物語を、街の魔術で満ちた空気を押しのけて歌いました。
そのあまりに楽しそうな音に、街の人たちの手が勝手に自分の楽器を構えます。
魔術が満ちたこの国では、どんな人でもたいていのことができてしまいます。 どんなに自分が楽器を愛していても、それは魔術を使うか、ひっそり静かに一人で楽しむしかありません。異国の楽団でもないかぎり、自分の音を誰かに聞かせようとは思いませんでした。
だって、自分ができることは、この国の人間であれば誰でもできてしまうのです。きっと自分が出す音なんて、他人には面白くないに違いない、そう思い込んでしまっているのでした。
ごまかし師の歌が大きく大きくなるにつれ、合わせる音も大きくなっていきます。それにサーカスの音楽まで重なり・・・やがて、思いおもいに重ねた音楽は、大きなオーケストラになりました。あまりの騒ぎに、兵隊さんが止めようとみんなを牢屋に入れようとしますが、止められません。歌い、舞いながら、ごまかし師はアリアとオーケストラを連れて向かいました。
軽やかなステップとともにごまかし師たちが行進したのは、お城でした。 あんまり楽しくにぎやかだったものですから、城の門番だって、重たい門を開けます。
王様はえぇい、みな打ち首じゃ!っと兵隊さんに捕まえさせようとしましたが、
魔術を使ってるんじゃない
気持ちを伝えてるだけなんだ!
そう歌うごまかし師に、ぐぅ、と唸ってなにもできません。
王様さえ踊る玉座のそばで、ひとり悲しそうな少年がいます。王子様です。どんなに楽しい音楽でも、王子様にはあのラッパはありません。
優雅に進み出るごまかし師に連れられて、アリアは王子様の前でごめんなさいを歌いました。
なんにも持ってはないけれど
なんにもあげられないけれど
ぼくの楽器はなによりも
君に気持ちを奏でるよ
それはオーケストラに負けないほど大きな声で、美しい旋律で、王子様が大好きなアリアの精一杯の気持ちでした。何も持っていないアリアは、唯一持っている一番美しい声を王子様に贈ります。
アリアの心を聴いた王子様は、アリアと一緒に歌いだしました。
ごまかし師はアリアの歌にのって、魔法の国を踊り歩くと、次の国へ行きました。
謝罪のことばも
おわびの品も
代わりになるものは何もない
嘘なんてもってのほか!
ほんとの気持ちと、あり方と
思い悩む努力がだいじ!
そういって、ごまかし師は次のピンチにかけつけるのでした。
やがて魔術の国は音楽の国として、どこよりも美しい旋律で満ちる国と呼ばれるようになりました。
【シナリオ】ごまかし師とアリア
うそつきでも詐欺師でもなく、言葉巧みにものの見方を変えることができる者。
作詞一色と作曲salさん、イラストどくみつさんによるオリジナルキャラクターです。
昔むかしのずうっとむかし、真理を得て魔術の真髄を極め、森羅万象に精通した偉大な魔術師がおりました。
あらゆることを理解した彼女には、一つだけ分からないことがありました。
それは人の想いです。
流れ星よりも儚いながらも、時に太陽よりも輝く人々の営み。
か弱いものが獣さえも退け、どれほど力ある者であっても、時には赤子の鳴き声一つで破滅する人生。
何もできないながら、一つのことを磨き続け、ついには神に至った愚者の有様。
理屈ではなく、想いひとつで成し遂げる強さと、同時にある弱さ。
全てを極めた魔術師は、それが眩しくてしかたがありません。
あらゆることができるからこそ、自分が持ち得ない「想いの力」
魔術師はある時、自分の全てを捨てました。
膨大な魔術も、真理の知啓も、永遠を生きる身体も。
引き換えにまっさらな命を手に入れました。
かつての偉大な魔術師は、今ではよくよく回る口だけを頼りに、世界を渡り歩くのです。
事象を捻じ曲げるのではなく、事実の見方を変えていく「ごまかし師」として。
彼女の旅は、どこでだって続くのです。
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