コンサート当日。
ホールの前には人だかりが―――いや、人だかりというよりも、人が寄り集まって一個の巨大な生き物になっているような、うねる群れが出来上がっていた。 集団の発する声や音がぐちゃぐちゃに混じって、夕暮れの赤々と焼ける空にのぼる。 こういう状況になる前に早めに関係者用出入り口からホールに入っていたので、高台からガラス越しにその「バケモノ」を見下ろし眉を顰める。
「人混みって嫌い…、酔っ払いそうになる。早めに来ておいてよかった。でなきゃ早々にリバースしてたところだわ。 でなきゃ迷子」
「迷子って…」
「コッチも一応点呼とっとくか。いちばーん、カイトー」
目の前にいるカイト―――ただし今はカツラを被っていて、ごくありふれた黒のショートにシーマスの眼鏡コレクションのうちの一つをかけ、ごくごくありふれた色合いをしている―――を指差す。 カイトは呼びかけにつられて「はい、」と真面目に返事をし手をあげる。
「んじゃ次、にばーん、めーちゃーん。………うはあせくすぃ。やべえテイクアウトされたい」
「テイクアウトしてゴミ箱に直行しようかしら」
「はいすんません」
髪の色はそのまま茶色、けれどロングのやわらかいカールのかかったカツラと、同じくシーマス眼鏡コレクションのうちの一つをかけている。知的でちょっとえすっぽい雰囲気は底知れない魅力が溢れていて、現にすれ違う男性スタッフはメイコに釘付けになるか思わず振り返ってしまっている。 私がメロメロになってもしかたがない。うん。 …メイコが眼鏡をかけるとそういう感じの魅力だのに、何故にカイトがかけるとえすというより草食系男子っぽく見えるのだろう。心底不思議だ。
「で、さんばんよんばーん、リンとレン」
「はーい」
「てか何で私達はカツラだけ? 眼鏡かけたーい」
こちらもごく一般的な、黒のカツラを被せて変装済みだ。 ボーカロイドたちは全員、一度犯人に狙われているだけに、この四人は顔を覚えられているだろうから、下手に警戒されないようにするためだ。 かく言う私も変装済み。髪を結ってくくり、ショートのカツラを被って目深に帽子を被っている。格好はいかにもスタッフが着ていそうな動きやすいもの。 帽子の角度を直してから、カイトの眼鏡を奪おうとじゃれつく二人を諌め、四人にびしりと指先を突きつける。
「では役割確認をします! リンとレンとカイトは客席を見回ること。単体行動は避けるように。特にリンとレンは犯人のみならずショタコン・ロリコンにも十分注意を! いい?連れ去られそうになったら迷わず眼球を狙うのよ」
「はーい」
「いやリン、はーいって元気よく返事していいのソレ。ちょっとは迷った方がいい気がするなソレ」
「めーちゃんは出演者周辺を警戒。舞台裏とか控え室とか」
「わかったわ」
「で、私はシーマスと合流して、目の届かないところを見回る」
あの男、面倒くさがってはいたが何だかんだ言って協力してくれるのだから相当人がいい。 笑いを噛み殺し、顔を引き締めて皆に向かう。
「…相手は知ってのとおり、危険です。決して無理はしないように。捕まえられればそりゃァ万々歳だけど、私達の目的はあくまでこれ以上ボーカロイドを破壊させないこと、なんだから。了解?」
其々が小さく頷き了解の意思を告げたのを確認し、私も笑顔で応える。そして決めておいた場所へ向かうよう指示し、カイトとリンとレンは関係者用通路から熱気漂う客席の方へと向かった。メイコも舞台裏へ向かおうとしてふと足を止め、私を見つめる。
「…それより、大丈夫なの? 有名ボーカロイドの試作品だなんて、あんなハッタリかましておいて」
「ん、大丈夫。 もぐりこめたんだから後は野となれ灰となれ。清水谷が」
「清水谷かい」
「めーちゃん段々突っ込みのキレよくなってきてない? …まあ心配はいらないよ、色々準備はしといたから」
訝るメイコにそれ以上は何も言わず、私はシーマスを探しに向かう。 彼と合流し、目の届かない場所を見回り、犯人がよからぬことをしないか目を光らせる。 もうあんな真似はさせない。 その後は。
その後、は。
To Be Next .
天使は歌わない 31
こんにちは、雨鳴です。
読んでいただいてありがとうございます!
ラスト&解決編、始まりました。
ここまで辿り着くのにどんだけ伏線仕込んだことか…
回収に手間取りそうです。
今まで投稿した話をまとめた倉庫です。
内容はピアプロさんにアップしたものとほとんど同じです。
随時更新しますので、どうぞご利用ください。
http://www.geocities.jp/yoruko930/angel/index.html
読んでいただいてありがとうございました!
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憤慨をそのままに、荒々しい足取りで高級住宅街を闊歩していたが、カイトの言葉にぴたりと足を止め、振り返り鋭い眼を向ける。もし殺気だけで人が殺せるならば清水谷は今頃苦悶の表情で息絶えていることだろう。 メデューサに見据えられたカイトは石になっ...天使は歌わない 16
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「我らーがさァとのー、うつくゥしきみどーりーぃぃぃ、うたーえ永久ぁの豊穣をぉお」
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雨鳴
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雨鳴
自宅に辿り着いたころにはもう周囲は薄暗くて室内が見えにくく、手探りで電気のスイッチを入れる。ぱちんと軽い音と共に照らし出された室内は、なんというか、独り暮らしらしい雑然さに塗れていた。 いくら相手がボーカロイドとは言えソレを見られるのはきまりが悪く、慌てて床に散乱する服やら紙やらを片付ける。 カイト...
天使は歌わない 05
雨鳴
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ご意見・ご感想
ヘルケロ
ご意見・ご感想
でも、ずっとシリアスって本当につらいですよね
というか、私はシリアス自体があまり書けないので(たぶんw
2009/08/26 21:49:40
雨鳴
その他
こんにちは、雨鳴です。
読んでいただいてありがとうございます!
後はもうノリと勢いだけで突っ走ってます(爆)
今後シリアスが続きそうなのでここで思い切りコメディさせてみました…!
やっぱりシリアス一辺倒は苦手なようです…
2009/08/26 10:02:10
ヘルケロ
ご意見・ご感想
どんどん勢いが強くなってきましたね!(何か日本語が変です><
「んじゃ次、にばーん、めーちゃーん。………うはあせくすぃ。やべえテイクアウトされたい」
「テイクアウトしてゴミ箱に直行しようかしら」
「はいすんません」
何故にカイトがかけるとえすというより草食系男子っぽく見えるのだろう。心底不思議だ。
「はーい」
「いやリン、はーいって元気よく返事していいのソレ。ちょっとは迷った方がいい気がするなソレ」
笑うわせていただきましたw
リン、ブラックですww
2009/08/26 05:30:56