ついにここまで来れたんだ。
出会い方は良くなかったけど、あのネルをここまで立ち直らせて、その上、好きになった。
そして、ネルと一緒に歌うことが、こんなに楽しいと初めて知った。
わたしは、ネルと出会えて、本当に良かったと思う。
そうして、わたしは、今度はネルとテレビに出演する。
わたしもネルもこれが初めてじゃない。きっとうまく行く。
収録は、明日。
調教もうまく行ってる。ネルとの息はぴったり。
そういえば、もしこれでネルの人気が戻ったら、ネルがみんなのところへ帰ってしまうんじゃないかと一度考えたことがあった。
ネルとは離れたくない。わたしにとって、掛け替えのない存在なんだ。
でも、ハクさんも、アカイトさんも、カイコさんも、ネルの事を待っているらしい。
だから、そのことを心配してる。
でも、それをネルに訊くのは、すべてが終わった後でも、遅くは無いと思う。
それに、わたしは、ネルの人気を取り戻そうと、心に決めたんだ。
ネルがみんなから拍手を浴びて、人気になって・・・・・・。
そう。これからも、ネルと歌いたいんだ。
「ここで一度止まってください。」
鈴木君は僕と英田さんを制止させた。
僕達の目の前には、今まで見てきたものとは異なるものの、やはり警戒扉が聳え立っていた。
この先に何があるのか・・・・・・。
彼は扉横の端末の画面を指で叩き、キーコードを入力した。
そして、この空間とは似つかない心地よい電子音が鉄の通路に響き、警戒扉は左右に開かれた。
すると、またしても通路であった。
しかし、今まで通ってきたものとは明らかに異なる風体の通路である。
中はより一層と青白い蛍光灯の光に照らされており、立ち入れば影すらできそうに無い。
その道幅は狭く、三人が肩を並べて限界という狭さである。
更に奇怪なことに、通路の左右の壁はガラスが張り詰めてあり、その向こう側には見覚え、いや聞き覚えのある装置がひしめき合っていた。
「これは・・・・・・。」
「ご覧の通り、侵入者を排除するセキュリティーガードの、レーザーカッターが装備してあります。」
その異様極まる通路に驚いた僕に、彼は冷静な解説をした。
「レーザーカッター・・・・・・。」
英田さんも疑問の言葉を漏らした。
「ええ。万が一の、部外者による侵入があった場合、この通路の両側にあるレーザー照射器で通路をレーザーで埋め尽くします。数個のパターンがプログラムされており、全てのパターンが終了する頃には、侵入者はバラバラ、ということです。」
「まぁ。」
彼女の反応に、僕は尚更警戒心を抱いた。
そんな一言で済ませられるだろうか・・・・・・。
「さ、どうぞお進みください。大丈夫です。キーコードを入力してありますから、レーザーは出てきませんよ。」
その言葉を聞くと安心した様に自然と足が通路の奥へと歩き出した。
レーザーに遭遇することなく無事通路を抜けると、再び小さな小部屋へと足を踏み入れた。
「ここで滅菌服を着てください。あと、ここは殺菌作用があります。」
彼は所狭しと並べられているロッカーから、滅菌服を三人分取り出し、僕と英田さんに渡した。
滅菌服が必要ということは、彼が担当しているのは、バイオテクノロジー、化学薬品、医療関係、医療関係など、メディカルズの分野か。
・・・・・・となると、かなりいかがわしいものが想像できた。
軍に関係するとは限らないが、僕の担当が軍事関係となると、ここでもその可能性が高い。
考えられるものといえば、戦意高揚薬品、身体能力向上薬品、まさか、生物兵器か・・・・・・?!
さらには、ゲノム人間の精製実験。遺伝子治療の分野だ。
そう考えているうちに、僕も英田さんも滅菌服の装着を終えていた。
僕達が彼の研究室のものと思われる扉の前へ来ると、彼は注意するように付け足した。
「いいですか・・・・・・ここから先は、少々刺激が強いものがおいてあります。お心の準備を。」
滅菌服のフード越しにも、彼の声は自慢げな声だとわかった。
「入りますよ・・・・・・。」
彼の声と共に、扉は左右に開かれた。
・・・・・・・!
言葉が出ない・・・・・・!
その、扉の向こう側を見た瞬間だ。
そこには、言葉にできない景観が広がっていた。
右も、左も、黄色い液体で満たされた、巨大なガラスのカプセルの中に、異形の物体が浮遊していたのだ。
それらは、元々が人であることが、かろうじて理解できるほどの姿だか、明らかに人間のものではない器官が無数に存在し、異色の外皮を持つ、人ならざる者たちだった。
ある者はもはや元の生物が何であったかも分から無いほどおぞましい姿をしており、ある者は人間の体に異常な物体が植物のように生えていた。
それが部屋の両側に、無数に林立していた。
まるで、美術館に飾られる作品のように。
そして、鈴木君はその美術作品を鑑賞するかの様に眺めていた。
「どうです。これは。」
「えっ・・・あ・・・・・・!」
急に彼にどうかと問われても、僕はまだ声の出し方を思い出せなかった。
あっけにとられている僕の様子に満足したのか、彼はひとりでに説明を始めた。
「もうご理解がついているかも知れませんが、僕の担当はこれらの大元である、とあるワクチンの開発研究です。そう・・・・・・これらはワクチン開発初期に行った人体実験の失敗作です。」
「人体実験ですか?」
言葉を発せれない僕の変わりに、英田さんが声を発した。
「そうです。人体実験です。このワクチンはラットやモルモットでは意味がありません。そう思い、僕が人体実験を提案しました。」
「主任が?それは、いつの話ですか?」
「僕がここの開発に携わっていた頃、丁度博貴先輩がクリプトンをお離れになった直後です。」
僕がいなくなった後・・・・・・。
彼女は質問を続けた。平然と。
「その実験・・・・・・もしや、生体実験ですか?」
「ええ。この種のワクチンは生きているものでないと効果が現れません。」
そんな・・・・・・。
僕は、心に突き刺さるような冷たいショックを受けていた。
あのいつも心優しい鈴木君が、僕の知らないところで、生きた人間をワクチンの実験に使っていたなんて・・・・・・。
そして、そのことに何の罪悪感も感じず、むしろ積極的に、かつ快楽を得ている彼は、僕の理解を超えた、怪物に成り果てているのかもしれない。
「その被験者はどのようにして?」
「主に、身寄りの無い死刑囚、ですね。彼らはや交首代や電気椅子の変わりに被験体になることを望みました。死ぬとは限りませんから。」
「実験は、皆失敗なんですか?」
「いいえ。初期の完成度の低いワクチンでも、その力を制御できるものが一人だけおりました。後は皆、ワクチン投与後制御できずに異形に成り果てて一時間も持たずに息絶えました。」
「その、成功された方は、どんな人ですか。今どこに?」
「あれは、三十過ぎの女性囚人でしたよ。彼女も実験を心から望んだほうです。今はクリプトンフューチャーウェポンズのほうで働いていると思います。もっとも、活動内容こそ不明ですが。ちなみに、ワクチン投与後に、なんと外見が異常に若くなりましてね。まるで少女のように。髪の色まで変わりましたよ。当時は副作用までは、全く予測できなかったからなぁ。」
彼は日常的なことのように語った。
僕から見れば、狂人だ。
「・・・・・・。」
一通り質問を終えた彼女は何かを考えているようだ。
僕には、何故彼女がそこまで追求する意味が理解できなかった。
この人も、どこかおかしい・・・・・・。
「まだまだ、お見せしたいものはこれだけではありません。奥にお進みください。サンプルだけでもお見せしましょう。」
「このワクチンですか。」
「ええ。」
僕たち三人は、そのカプセルの間を進むと、ガラスの壁に突き当たった。
ここからは研究室なのだろう。
何人かの研究員達が、電子顕微鏡や試験管の前や、先程のような異形の者の解剖をしている姿が、一望できた。
棚には無数のトレーやシャーレが並べられており、それには何かの臓器や器官らしきものが置かれていた。
「お入りください。」
僕も英田さんも、躊躇することなくその中へ立ち入った。
僕はもう、何も考えない。
中では、僕達が通ると滅菌服のフードで顔が見えない研究員達が軽く会釈をした。どうやら彼に対して向けられているらしい。
「いつからここで、この研究を?」
また彼女が質問した。
この環境でこうべらべら喋れるなんて、どんな神経なんだ。
僕はもう閉口してしまったというのに。
「二、三年前ですね。一時期凍結しましたけど、最近になってやっと再開できました。」
「それまでは、ホームズに?」
「ええ。つまらない仕事でしたけど、日の光を拝めただけましです。」
二人が話しているうちに、僕達は巨大な冷凍庫の前にたどり着いていた。
これは、恐らく薬物保管用だろう。
「さぁ・・・・・・例のワクチンです。」
扉が開けられると同時に、中から白い冷気が漏れ、彼は一つの試験管を取り出した。
その試験管の上には、圧力計が取り付けられており、その中身は、紫に輝いているようだ。
「これが・・・・・・。」
「ええ。人間の潜在能力を活性化させ、状況に応じた適応能力や、基本的な能力の向上などを持たせます。開発初期の段階では、あれらのように失敗が多くありましたが、これは更なる改良を加えられ、かなり安定性が高いです。ちなみに、これは正確にはワクチンではなく、寄生虫なのです。」
「寄生虫?」
「要するに、寄生虫が血管を通し体の各部へ、侵入、寄生をすることによって能力が得られるようになっております。ですがこの寄生虫、身体の成長や進化を異常に早めてしまいましてね。巨大化した寄生虫が体を突き破ったり、人間より大きくなったりと、初期のほうではこの手の失敗が主でしたよ。」
「今では、改良を加えられているそうですが。」
「ええ。ですがまだ、扱える人間は限られているようです。こんなすばらしいものなのにね・・・・・・これからも人体実験と改良を続けていきます。」
その試験管を見つめ続ける彼は、まるで新しい玩具を与えられ、無邪気に喜ぶ子供そのものだ。
だが、僕には・・・・・・。
「このサンプルだけでも、世界のパワーバランスを変える力があるんだ。」
彼の呟きは、狂気に満ち溢れている・・・・・・正気じゃない。
こんなことを平気で行っているなんて・・・・・・。
彼は名残惜しそうにその試験管を冷凍庫に戻すと、僕らに開き直った。
「いかがですか。博貴さん。」
答えられるわけがない・・・・・・こんなものを見せられて、気分が悪い。
そう思うことしかできず、僕は顔を背けた。
「・・・・・・。」
彼はそんな僕をみてつまらなそうに鼻を鳴らす。
地上にいるときとは大違いだ。
いや・・・・・・ここにいるときの彼は人間じゃない。人体実験を愉しむ悪魔なのか。
「すばらしいですね!」
突然、思いもよらぬ声が耳に飛び込んできた。
この声は、英田さんのものだ。
なぜ・・・・・・?!
「そうでしょう?すばらしいでしょう!そうだ。貴方もここに転属させてあげましょう。」
「有難うございます。」
彼女の発言が、僕の理解を超えた。
こんなおぞましい研究を、すばらしいなどと・・・・・・。
一体、彼女は何が目的なんだろうか。
それともただ純粋にすばらしいと思ったのか。
それでは、彼女も狂人だ!
そうだ・・・・・・ここは普通の人間の来るところじゃないんだ。
僕なんかが・・・・・・。
鈴木君と英田さんは苦悩する僕には見向きむせず、研究室を後にした。
僕はただその後ろへ、顔をうつむき、ついていくことしかできなかった。
帰りたい・・・・・・帰りたいよ・・・・・・こんなところにいたくない。
ミク・・・・・・ネルさん・・・・・・。
「ねぇ雑音。」
「どうしたネル。」
「テレビ・・・・・・明日だね。」
「ああ・・・・・・。」
「みんな見たら、どういう反応するかな。」
「大丈夫・・・・・・ネルならきっと人気が出てくる。」
「ほんとに?」
「ああ。」
「そっか・・・・・・博貴さんが見たら、なんて言うかな。」
「絶対にほめてくれる。あと、抱きしめてもらえるかもしれないぞ。」
「えー・・・・・・でも、雑音さ、博貴さんのこと好きなんでしょ。」
「ああ。大好きな人だ。」
「実はさ、この前の朝、雑音と博貴さんが、キスしてるとこ、見ちゃった。」
「・・・・・・そうか。」
「雑音、博貴さんに会えなくて、寂しい?」
「・・・・・・ああ。でもネルがいてくれるから大丈夫。」
「ありがと・・・・・・。」
「明日は、がんばろう。」
「うん!」
博貴・・・・・・。
ネルのことは好き。いつも一緒にいたい。
でも、博貴とも一緒にいたいんだ。
また、ひろきに抱きしめてもらいたくて・・・・・・。
ネルと一緒に、公園のベンチから、星空を見上げながら、そう思うんだ。
博貴・・・・・・今ごろどうしているのかな・・・・・・。
早く・・・・・・会いたい・・・・・・会いたいよ・・・・・・。
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ご意見・ご感想
sukima_neru
ご意見・ご感想
侵入者撃退用レーザーカッターといえば映画版バイオハザードですね。
あれの後片付けって誰がやるんでしょうかね。考えてたら気持ち悪くなってきた…。
2010/04/23 11:26:38
FOX2
こんにちはsukima_neru様。
今回もご感想ありがとうございます。
映画は私も観ました。確かに片付けが大変そうですね。
あの施設では専用の業者もいなさそうですし、職員がするのでしょうか?
バイオハザード! そのお言葉をお聞きする事ができるとは、夢にも思っておりませんでした。
そうなのです。この物語にはPS2ゲーム「バイオハザード4」のネタが多く含まれております。
内容をご存知であれば、ご覧の際に爆笑されること間違いなしです。
2010/04/23 17:15:55