発想元・歌詞引用:U-ta/ウタP様 『創世記』
唄が、聞こえた気がした。
体に、じわりと当たる熱を感じて、サナファーラは目を開けた。
嵐が、やんでいた。
空が、深く静かな青色に染まっていた。
夜明け前だった。
「うん……」
身じろぎして、気がついた。
あれほど体にきつく食い込んでいた縄はすっかり解けていたが、体は板にしっかりと固定されている。
ティルの、小刀だった。
帯の結び目に食いこんだ刀が、執念のように板にサナファーラを縫いとめていた。
「ティル……」
あたりは、静かである。
サナファーラの帯が解けて、波間に少し流れ出していた。
帯も解ける間一髪で、サナファーラは浮きとなる板に縫いとめられ、助かったのだと思い知る。
帯の布が流れていく方向をぼんやりと見やると、
「ミゼ! 」
なんと。
見間違いようの無い人影が、板の上にぐったりと横になっている。
自分と板を固定する縄と、サナファーラの帯を両方の手に握り締めて。
サナファーラは、両手と両足を動かし、ミゼレィのもとへ近づいていく。
「ミゼ! 」
やっとのことでたどりつき、ミゼレィの腕にふれた。
ぎょっと、サナファーラはすくんだ。
ミゼレィの腕が、固い。
「まさか」
そっと、衣の長袖をめくった。
そこにあったのは、サナファーラの記憶にある、ミゼレィの柔らかく白い肌ではなかった。
いつか、大樹に向かう巫女頭がそっと見せてくれたような、
陽の光に蝕まれた、黒く固くしなびた肌だった。
「ミゼ……」
ミゼレィは、サナファーラの声を聞いて目をさました。
「あ、サナ」
「あ、じゃないよ! 」
サナファーラが、涙をためてミゼレィに叫んだ。
ミゼレィの口元が、ほころんだ。
「サナも無事だったんだね」
「ミゼこそ……ミゼこそ……!」
サナファーラは、ミゼレィの肩を抱くように泣いている。
ああ、知ってしまったんだな。と、ミゼレィは苦笑した。
「ねえ、みて、サナ」
ミゼレィは、指差した。
ゆっくりと、東に向かって、木の葉や枝の道が続いている。
「道が、また、できてる」
サナファーラが、こくりとうなずいた。
東の空が、どんどん明るくなっていく。
空には、雲ひとつ無い。
そして、ここは、さえぎるものの無い、海の上だ。
「こっちが、私たちの来た道」
ミゼレィが、太陽の昇る反対側を指した。
「こっちが、私たちの、行く道」
ミゼレィは、明るくなってゆく東の空を指差した。
「どうする、サナ」
サナファーラが、顔を上げた。
「行こう。ミゼレィ」
……サナファーラは、思った。
ここで、穏やかになった海を引き返すこともできる。
ふたりで、木の葉をかぶりながらでもゆっくりと引き返せば、体勢を立て直して、ミゼレィを休ませて、また海へ出ることも出来るだろう。
しかし、それでミゼレィは喜ぶだろうか。
おそらく、彼女は、知っていたはずだ。
弱い肌を異常な日に焼かれながらも、巫女として、集落の皆を先導して、炎天下の仕事をこなした。
本当は、大樹の下に休みにいくところを、あえて、パイオニアの心のよりどころを選ばず、海に出た。
そんな彼女を、精一杯幸せにするためには。
このまま、進むことだ。
命尽きるまで、前へ、前へと。
そして、サナファーラは、笑ってミゼレィに告げたのだ。
「行こう、ミゼレィ」
……ミゼレィは、サナファーラを、ずっと見てきた。
小さいころは、いつもいじめられて、うつむいていたサナファーラ。
彼女が鮮明に覚えているのは、あの、祭りの日。
いじめっ子から菓子を取り返して得意げに戻ってきたミゼレィが見たものは、黒々と夜空に広がる大樹の下で、骸骨に囲まれて両手両足を土に埋めている彼女の姿だった。
「だめえええ! 行っちゃ、まだ行っちゃだめええええ!」
自分は、巫女となる未来を強制されながらも、生きること、暮らすことが楽しかった。
いつかは死ぬとしても、それまで『生きていくこと』を十分に楽しもうと思っていた。
それなのに。
まさか、自ら死んでしまおうとする子供がいるとは。
自分と同じくらいの年なのに。
自分よりもずっと素敵な強い肌を持っているのに。
自分よりも、ずっとずっと、素敵な声を持っているのに。
いつもじっと押し黙って、一度も唄うことが無かったサナファーラの唄を、ミゼレィはいつか聞いてみたいと思っていた。
うんと優しくしてあげて、仲良くなれば、いつか唄ってくれるかもしれないと、ミゼレィは思っていたのだ。
それなのに。
サナファーラは、死のうとした。
自分がこんなに思っていたのに、勝手に風になろうとしていた。
「だめよ、だめ駄目、絶対駄目! 死んじゃったら、おいしいのも嬉しいのも楽しいのも、全部わかんなくなっちゃうんだよ! 」
私が、うれしくしてあげる。
私が、楽しくしてあげる。
「知らないのなら、教えてあげる! だって私は、巫女だもの!
みんなの幸せを祈る、巫女だもの!
私がちゃんとした巫女になって、今までサナファーラが悲しかった分、全部取り返してあげるから!
私が、取り返してあげるから!! 」
ミゼレィの叫びは、多くの大人たちの心を打った。
そして、サナファーラは、ミゼレィとともに暮らすことになったのだ。
……共に暮らすうちに、ミゼレィは知った。
サナファーラは、やさしい。そして、人の痛みを知る者だ。
だから、太陽に異変が起き、自分の体が蝕まれたことを、極力黙っていようと思った。
そして、嵐がやみ、必死で握り締めていたサナファーラの帯を眺めながら、ミゼレィは思ったのだ。
最後は、サナファーラの決断に任せよう。
おそらく、自分はサナファーラを遺して死ぬ。
だから、残されたサナファーラが、苦しくないように。
本当は、ミゼレィは、先へ先へと進みたかった。
どうせ死ぬのなら、命が尽きるまで、目的へ出来るだけ近づいてみたい。
でも、サナファーラは優しい。
私を、大樹の側で休ませたいと思うかもしれない。
なら、それでもいい。
優しいサナファーラ。
太陽の異常と植物の異常が発覚したとき、ミゼレィは群衆に殺されてもおかしくなかった。
「それを救ってくれたのは、サナだから」
私の命は、あのときから、あなたのものだったのよ。
だから、決めていいよ。
「どうする、サナ」
「……行こう、ミゼレィ」
ぶわっと、ミゼレィの目に、涙があふれた。
そして、振り向いた先、東のほうから、まばゆく白い太陽が昇ってきた。
>次へ
小説 『創世記』 14
発想元・歌詞引用:U-ta/ウタP様 『創世記』
音楽 http://piapro.jp/content/mmzgcv7qti6yupue
歌詞 http://piapro.jp/content/58ik6xlzzaj07euj
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にしだ
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