巡音先輩の笑顔に負けた私は、このままだと永遠に帰ってきそうにない平和な日々に思いをはせながらも、仕方無く歌う事を了承した。しかし、そこでふと名案が浮かぶ。
(あ、そうだ。なにも本気でやる必要無いか。そうすれば初音さんの思い違いって事にしてそのまま帰れるかもしれないし。)
よし、その手でいこう、私がそう考えていたまさにそんな時
「お、主力がもう全員集まってるじゃない。流石ね! さて、もう少し待って他の人達も揃ったら今日も練習始めますか。」
と、聞き覚えのある声がして開いたままのドアから誰かが部室に入ってきた。
(う! さ、咲音先生だ…。)
声の方に視線を向け、その人物が誰かを理解した瞬間思わず固まる私。演技を見破られて以来、どうも咲音先生に対しては苦手意識が生じてしまっていて、彼女を前にすると自然と緊張してしまうのだ。(もっとも、いかに彼女がすごいとは言え流石に授業の時クラス全員で歌っている状態では見つけ辛いのか、普通に歌っていても見破られて指摘されるといった事はあれ以来無いのだが。)
しかし、今回私が固まったのはその苦手意識だけが原因ではなく、もう一つある。
もう一つの原因、それは今彼女が言った『“今日も”練習始めますか』という言葉だ。なぜなら、“今日も”と言ったからには以前から彼女が指導をしている、という事は即ち彼女がこの部活の顧問なのだろうと予想できる。そして顧問という事は、もちろんこの後もここに居て生徒達の歌を聞いて指導するはずだ。つまり、私の演技を見破った彼女が顧問であるからには先程浮かんだ名案は意味の無いものである、という実に簡単な結論に至るわけだ。
こうして、その言葉の意味する所を理解して私の希望は絶望に変わり、苦手意識と合わさった結果思わず固まってしまったのである。
私がそのまま固まっていると、先生もこちらに気付いたのか声を掛けてきた。
「あら、あなたはあの時の、…確か菊音さんだったわよね? どうしてここに?」
「あ、今日は初音さんに誘われて見」
学に来ただけです、疑問を投げかけた先生に対して私はそう答えを続けようとしたのだが、
「先生、わたしがスカウトしてきたんですよー。 今日から一緒に頑張る仲間です!」
と笑顔でそう言い切る初音さんによって遮られる。どうやら彼女の中で“一回だけ”という最初の約束はすでに抜け落ちて、私が入部する事は決定事項になっているらしい。彼女が粘り強いのはこの一ヶ月で分かっていたが、こんなに押しが強い所もあるとは思わなかった。
「そういえば初音さん、前から『スカウトしたい子が居る』って言ってたわね。あなたがそうだったの。確かに菊音さんは基本が出来てたから、今からでも別に問題無いわね。じゃ、これから宜しく。」
納得したのか、そう言ってあっさりと私が居る事を許可した先生は、最初の言葉通り椅子に座って他の生徒を待つ体勢になる。私はその言葉にただ驚くしかなかった。実は、授業の一件で先生は私に対してあまり良い印象が無いだろうと考えていたため、参加を断られる事もあるかもしれないという期待を多少持っていたのだ。それがまさか、こんな簡単に許可されるとは。なんだか益々逃げ場が無くなっている気がしてきて焦る私。
(まずい、なんとかしないと。このままだとなし崩し的に入部させられそうだ!)
そして焦るあまり、気が付いた時には大声で叫んでしまっていた。
「勝手に話を進めないで! 私は入部を決めた覚えはないからっ! それに、私はそんなにすごくないっ!」
突然大声をあげたので、その場に居た全員が驚いた様子で私の方を見る。周りの注目を浴びているのに気付き、私は慌てていつもの調子に戻して話を続ける。
「とにかく、今日は『見学で一回だけ』という約束で来たんです。さっき歌うのを了解したのもその約束があったからです。だから入部するわけじゃないですし、するつもりもありませんから。」
少し素の自分が出てしまった事に後悔しながらも、この場に居る全員に向けてそう伝えると、もうこれ以上は何も言うつもりは無い、とばかりに私は口を閉ざす。
すると、初音さんが少し遠慮しがちに
「どうしてそこまで部活に入らない様にしてるの? そういえば昼休みとかはいつも一人でどこか行ってたし、誰かと話す事はあっても一緒に遊びに行ってるのは見た事無かったし、なんだかまるで人を避けてるみたいだね。」
と、疑問とともに私の心を見透かすような事を言ってきた。彼女はただ純粋に感じた事を言っただけなのだろうが、正直私にとっては一番触れられたくない話題だった。だからそれに対する私の答え方も自然ときつくなり、
「別にそういうわけじゃない。ただ一人で居る方が好きなだけ。それ以上の理由なんて無い。」
といった感じでただ淡々と答えていくだけになる。私のそんな普段の様子との違いに、彼女も少し驚いているようだったが、それでも尚食い下がって来る。
「でも皆で居た方が絶対楽しいよ? それにここにはせっかく歌が好きな人達が集まってるんだから、一緒に楽しまないと損だって! だからさ…」
「それはあなたじゃなくて私が決める事だから! とにかく、私の事はもう放っといて!」
まだ話し続けようとする彼女の言葉を最後まで聞かずに、私は怒りを隠そうともせずそう叫ぶとそのまま部室を飛び出して走りだす。その後ろ姿を見つめる彼女達を残して。
他人である誰かに対してこんなに感情的になったのは久しぶりだった。それこそ【あの時】が訪れる前の、私がまだ積極的に人との関わりあいを持っていた頃以来かもしれない。どうやら、彼女の言葉に自分でも気付かないうちにイライラが募っていたらしく、思わず制御できずに完全に素の自分が出てしまったようだ。
何故だろう、どうも彼女と居ると調子が狂ってしまって私の予想外の状況になる事が多い。最初に誘いを断った後に最後は追いかけっこまで発展した時もそうだし、ここに来るきっかけになった時とその後の展開もそうだ。
きっと、彼女とはこれ以上関わらない方が良いという事なのだろう、そう結論付けて私はそのまま急いで家路につく。
(ああ、なんか疲れた。早く帰って、すぐに寝よう。それにしても、どうして初音さんはあそこまで私の事気にするんだろ。歌が上手い人なら他にも居るのに。)
今度聞いてみようか、そこまで考えた所でふと、先程『関わらない方が良い』と結論付けたはずなのにいつの間にか彼女に話しかける事を考えている自分に気付く。途端に私はその事実に動揺して頭がパニックに陥り、冷静でいられなくなる。
(なんで、どうして!? 私は他人とはもう二度と必要以上の関わりは持たないって決めたはずなのに!)
そして家に帰った後も、私は自分の気持ちを整理する事も出来ずに、その答えの出る事の無い疑問を抱えてもやもやとしたまま、その日は眠れない夜を過ごしたのだった。
闇を照らす光 5 ~変化~
やったー(>_<)/ …な、なんとかここまで来れた!
やっと主人公の心境に変化が表れてくれて話も佳境に入りそうです。
ここに来るまで何度も行き詰ったので、アドバイスを下さった某氏には感謝してもし足りません!!
なので、この場を借りて改めてお礼を言わせて頂きます。
こんな私に丁寧なアドバイスを下さり、本当にありがとうございました!!
一応この小説はあとちょっとで終わる予定です。良ければもう少しだけこの駄文にお付き合い下さると嬉しいです。
最後までお読み下さり、ありがとうございました!
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ご意見・ご感想
wanita
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はじめまして。wanitaと申します。最初のひとりぼっちシーンのリアルさについ引き込まれ、ここまで読み進めてきました。
まっすぐに希望の見える展開にわくわくしています。では、またこっそりと遊びに来ます☆
2010/06/22 22:24:29
lilum
あわわわわっ!ま、まさか私のこんな駄文にコメントを下さる方がいらっしゃるなんて!
し、しかもまた来て下さるですとっ!?
コレハユメデスカ??(゜ロ?)=(/ロ゜)/
あ、すみませんでした(^-^; はじめましてwanitaさん。嬉しすぎて右往左往中の作者です。
えと、ありがとうございますっ!コメントもの凄く嬉しいです!
まだまだ未熟者な私ですが、頑張って完結させます。
彼女には幸せになって欲しいので…。
コメントどうもありがとうございましたっ!!
2010/06/23 21:14:35