34.神話

 島の人々と奥の国の兵士が見上げる中、リントの飛行機と奥の国の飛行機は互いを牽制するように旋回しあっていた。
 リントは、慎重にタイミングを測っていた。
「手紙はすでに撒ききった。オレの仕事は終わった。離脱するぞ!」
 しかし、相手の飛行機に後ろを取られれば、撃ち落される可能性もある。
「ドレスズを失ったことを信じてないのかよ……!」
「ドレスズの味方に交信がとれなくなっているはずだから、一応は状況を把握していると思う」
 後部座席からルカの冷静な声が聞こえた。

「でも、今の状況は、郵便飛行機が、勝手に『降伏勧告』を撒いただけ。私の名前もドレスズの町長の名前もあるけど、決定打となる国からの宣言ではない。
 撤退命令も停戦命令も出ていないならば、やることは一つ。
 ……戦い続けるしかない」

 リントは、ぐっと唇をかみ締める。
「まだ、オレは無力のままだったのか……」
 悔しさに思考が焼かれかけた時、ルカの声が水のようにリントの頭を冷やした。
「リント。……帰ろう」

 はっとリントの意識が冴える。

「リント。私たちの役目は終わったよ。
 見て。ほんの一時かもしれないけれど、戦闘は止まった」

 旋回しながら下を覗くと、町の広場が見えた。いつもリントがこの飛行機で荷物を落としていたポイントだ。
 そして、今回も正確に手紙を投下した。リントが計算した風向きと落下方向のとおり、手紙の袋は空中で花開き、白い花びらを地上に降らせた。

 建物が崩れ、石畳がはがれ、それでも戦いつづけた島の人々の上に。
 それを囲んでいた、敵の人々の上に、リントの運んだすべての『手紙』がひらひらと舞い落ちた。

「……ね。帰ろう。私たちに出来ることは、全部やったよ。次を考えるなら、ドレスズに帰ってからにしよう」

 黒の飛行機も進退を考えあぐねているのか、リントたちを攻撃してくることは無い。

「そうだな。一旦戻るか」
 飛行機の燃料も無限ではない。行程の倍は飛べる量を積んでいるにしても、目的を果たした今、これ以上飛ぶのは無駄だ。

 リントが黒の飛行機との牽制合戦を抜ける覚悟を決め、ぐっと高度を調整しようとしたとき、

「!」

 傾いた翼の視界の端に、地上が移った。島の中央広場を取り巻いた奥の国の包囲網が動いたのだ。

「やめ……!」

 とっさにリントは、思い切り操縦幹を押し下げた。
 飛行機の高度が、地上で広場を取り囲む『奥の国』の部隊に向かって急降下した。

「やめろ―――――――――!」
 
 リントの飛行機に、武器はついていない。リントがとっさに考えたことは、急降下の風圧で吹き飛ばすことであった。

 ……『手紙』で奥の国の部隊が困惑に満ちたのは一瞬だった。
 ジャッ、と奥の国の兵士達が、レンカたちに向かって銃を構える。それもそのはず、今、この地上戦で有利なのは、『奥の国』のほうだ。
 ドレスズが取れないならば、せめてこの島を獲る。
 兵士達の気迫がまっすぐにレンカたちに向かう。
 ヴァシリスが呻き、レンカが最後の力を振り絞って武器を構える。両陣の人々がリントの撒いた『手紙』を踏みしだいて、銃を撃ち放とうとしたその瞬間、迫りくる轟音が広場に響き渡った。
 どよめきは、奥の国の側から上がった。

「なんだありゃ!」
「突っ込んでくるぞ!」

 いつもレンカが遠くに見上げていたリントの黄色い飛行機が、レンカの眼前に迫っていた。

「リント……!」

 耳をつんざくエンジン音に、広場を取り巻く奥の国の輪が崩れた。

「やべえ! あれは落ちるぞ!」
「退避!」

 訓練されて慣れていた奥の国の輪があっというまに崩れて遠ざかる。とっさに伏せた島の人々とレンカの頭上を、翼と風が薙いでいった。

「ひゃ……」

 風にあおられて浮きかけたレンカをとっさに押さえた手があった。
 ヴァシリスである。

「目一杯伏せろ!」

 ヴァシリスの腕が力強くレンカを地面に押し付ける。銃が胸の下敷きになって押しつけられた。痛かったが、レンカは耐え抜いた。
 一陣、二陣と風が続き、第三陣は陸から海へと吹きぬけた。
 黄色の飛行機が、風となって三度、広場を薙いだ。

「リント……!」
 レンカがふと視線を上げた先に、間近にコックピットが見えた。

 そこに、リントがいた。帽子と眼鏡、飛行服のいでたちだが、見間違いようのない、リントの背格好であった。そしてその後ろにのっていた、やや細身のナビゲーターは……

「ルカ、ちゃん……!」

 どうしてこうなったのかはわからない。でも、レンカにとってそれは奇跡だった。
 死んだはずのリントが生きていた。リントを殺したはずのルカと共に、黄色の郵便飛行機に乗っていた。
 そして、島が危機にさらされた今、かれらが助けにきてくれた……

 飛行機は島を離脱するようだった。まっすぐに大通りを海に向かって飛びぬけた。
 あれ、とレンカは思った。

「高度が、上がらない……」

         *         *


続く!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

滄海のPygmalion 34.神話

発想元・歌詞引用 U-ta/ウタP様『Pygmalion』
http://piapro.jp/t/n-Fp

空想物語のはじまりはこちら↓
1. 滄海のPygmalion  http://piapro.jp/t/beVT
この物語はファンタジーです。実際の出来事、歴史、人物および科学現象にはほとんど一切関係ありません。

閲覧数:121

投稿日:2011/09/19 19:18:35

文字数:2,101文字

カテゴリ:小説

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