九月の病棟 花の香り
一秒でも長く繋ぎ止めておきたくて
閑静な病室 あなたと二人
夜の向う岸で笑い合う話をしよう。

「乾涸びた幸せも
きっと白昼が照らしてくれる。
例えばそれが
戻らない物だったとしても」
夢から醒めたあなたは
目を細めて笑っていた。

「不器用な世界は
僕等から大切な物を隠すんだ。
例えばそれが
この人生だったとしても」
朧げにあなたは呟いた。
冷えて行く声に花は咲かない。

「どうして笑えるの?」
「それが使命だからだよ」
「どうして泣かないの?」
「受け入れているからだよ」
「どうして歌うの?」
「それが生きるという事だよ」
「どうして願わないの?」
「今はこれでいいからだよ」

私には分からなかった。

育てて、枯らして、奪い合って
それを黙認しているこの世界で
あなたがいればそれだけで良かった。
管に繋がるあなたの事を
未だ見れずに立ち竦んだ。
そんな晴れた日だった。

「忘れ去られる事が
実は一番怖い事なんだよ。
例えばそれが
当たり前の事だとしても」
震えた声で
あなたが呟いた。

「きっとこの世界は
思っていたよりも狭いんだ。
例えばそれが
間違いだったとしても」
途端に呼吸が薄くなった。
掠れ声は何処にも響かない。

「どうして花があるの?」
「そこにあるからだよ。」
「どうして明日を見ないの?」
「明日が来そうにないからだよ」
「どうして震えているの?」
「もう直ぐ分かる時が来るよ」
「どうして辛いんだろう」
「誰よりも君がよく知ってるはずだよ」

言葉が出なかった。

無くして、気付いて、後悔して。
それを繰り返すこの世界で
あなたがいればそれだけで良かった。
目を閉じているあなたの事を
何も言えずに抱き寄せた。
そんな晴れた日だった。

未だ鳴き止まない蜩の声
夏の残り香が残る静けさ
あなたに伝えたい事があるんだ。
あなたを側で感じていたいんだ。
耳を何かが揺らした。
命が止まる音がした。

「どうして目を閉じているの」
「            」
「どうして何も言わないの」
「            」
「まだ言えていない事があるの」
「            」
「ありがとうを伝えられていないの」
「            」

九月の病棟 花も枯れた
今歌う。
閑静な病室 わたしは一人
朝の始まりであなたに会う話をしよう。

沈んで、登って、繰り返して
それが当たり前のこの世界で
あなたがいればそれだけで良かった。
話したい事だけが積もって行く。
伝えられずに積もって行く。

守って、遺して、繋ぎあって
それに意味があるこの世界で
あなたはきっと全てを知っていた。
目を開けないあなたの事
きっと誰よりも愛していた。

そんな晴れた日だった。
そんな九月の日だった。

またね。「ありがとう」

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

九月、想望の病室にて。

ある病室の二人の話。
大切な物はきっと気付かないだけですぐ近くにあるのかもしれませんね。

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投稿日:2023/04/14 08:05:46

文字数:1,190文字

カテゴリ:歌詞

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