駐車場に着いた所で密さんは押し黙ってしまった。眉間に皺を寄せて何か考え込んでいるみたい。と、携帯を取り出し物凄い速さでメールを打ち始めた。何度かメールをやりとりしていた様だけど、溜息を吐いて携帯をしまった。

「大丈夫ですか?お仕事とかなら、私、バスとかで…。」
「朝吹浬音。」
「は、はい!」
「騎士さん…さっきの医師に確認を取った。落下による傷は手足の裂傷と後頭部、
 及び背中に軽い打ち身。」
「はぁ…。」
「なら他の傷は誰が付けた物だ?転んで出来る様な傷じゃない、服に隠れる場所を的確に、
 何度も何度も殴らなければそんな傷は付かないそうだ。」
「…か、階段から落ちちゃって…私、運動とか苦手で!それで、よくぶつかったりとか
 してて、それですよ。」
「誰にやられた?誰が殴った?誰が傷付けた?何故自分を傷つけた人間を庇う?」
「違う…違うの、私のせいなの…私が悪いの、私が汚いの、殴られて当然なの…私…生まれて来ちゃいけなかったの…。」
「違う!」
「痛っ…!」
「お前は何も悪くない…これは明らかに暴力…立派な犯罪なんだぞ?!どうして
 黙ってるんだ?!」
「だ…って…だって…だって!そんな事誰も言ってくれなかった…!」

誰も私が悪くないなんて言ってくれなかった。最初は痛くて辛くて泣いていた。だけど私は泣かなくなった。泣けなくなった。体中痛くて眠れない日もあった。健康診断で無理矢理服を脱がされた時は両親が学校に呼び出された。その後で凄く殴られて転校させられた。それでも私は自分が悪くないとはどうしても思えなかった。義母に毎日毎日呪文の様に言われた言葉、父に少しも似てない私、優しくしてくれたお兄ちゃんも私の事を『家族』だなんて思ってなかった。餌を食べる獣みたいな目でお兄ちゃんに見下ろされたあの時、あの家に居て良い理由が、生きていて良い理由がもう判らなくなった。フラリとバス停に向かおうとした私の手を、密さんが掴んだ。

「放して下さい…。」
「手を放せばまた何処かから飛び降りるんだろう?」
「放して下さい!もうほっといて!もう何もかも嫌なの!お願い…見逃して下さい!
 貴方には関係無い!」

密さんは掴んだ手を強く握るとそのまま引き寄せた。バランスを崩して思わず胸に倒れ込む。軽くぶつかっただけの腕がビリビリ痛んだ。声こそ上げなかったけど痛みで顔が引きつる。

「そんな傷だらけで放り出せない。」
「え…?」
「放せば死ぬと判ってて、手を放す事は出来ない。」
「…あ、あの…!」
「俺はよく判らない、だから教えてくれないか?どうすれば死なない?どうすれば
 お前は傷付かない?どうすれば良い?…どうして欲しい?」
「密…さん…。」

私は吸い込まれそうな紫の瞳に見詰められて石みたいに動けなくなっていた。

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  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

DollsGame-5.杜鵑草-

どうしようか?

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投稿日:2010/07/23 09:53:45

文字数:1,166文字

カテゴリ:小説

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