発想元・歌詞引用:U-ta/ウタP様 『創世記』



 巫女達が村の広場に現れた時点で、広場は怒号に包まれた。

「どうなっている! 」
「イネの花がおかしいぞ! 」
「秋には神様が降りてくるんだろう? 何とかならないのか!」

 太陽は中天に昇りつつあった。

 照りつける日差しの中で、集落のパイオニア達が地面に色濃くなる影とともに騒ぐ。

 巫女達は、白い制服の下で、じっとりと上がる気温にもかかわらず、だれもが鳥肌を浮かべていた。

「これでは、神様をお迎えすることは出来ない」

 我を忘れて泣き崩れる老婆。
 あたりが、不気味に静まった。

「何か、われらに粗相があったんじゃないのか? 」

 みなの目が、いっせいに最年少のミゼレィに向いた。

        *       *

「ミゼ、大丈夫かな」

 舞台の下で、サナファーラは、ミゼレィが、一歩後ろに引くのを見た。

 それもそのはずだ。

 ミゼレィは、当代最年少の巫女として、集落の人々に神様の声を伝える役割をしていた。
 人々の注目は、巫女頭よりも、自然に、実質的な神の声の代弁者となっていたミゼレィに向く。

 神様の声が途絶えたと、この状況で、言えるはずは無かった。


「ミゼレィ」


 誰かの声が、黒い影の中からミゼレィを呼ぶ。


「神様は、なんと言っている」


 ミゼレィの顔が、明らかにこわばった。
 その表情を、注視していた集落のだれもが見逃すはずは無かった。

「ミゼレィ」

「神はなんといっている! 」

「ミゼレィ!」

 巫女頭がミゼレィを支えようとした瞬間、ミゼレィが叫んだ。


「神の声は途絶えたわ! 今、神様の声を聞く板は、真っ暗よ! 
今朝の日の出から、反応もしない!」


 ……サナファーラは、頭が真っ白になった。

 最悪の対応だった。

 ミゼレィが発言した瞬間、もはや言語ではないどよめきが、ミゼレィをはじめとする巫女たちに叩きつけられた。
 
「なんてことだ」

「なんてことだ! 」

「なんてことをしてくれたんだ! 」


 ……ぞっとしたのはサナファーラだ。

 初めは、境遇を嘆くだけだった人々が、責任を……だれの責任でもないこの事態への責任を、誰かが口走ったたった一言で、巫女たちの物へと転嫁させた。

 サナファーラの目に悪夢が見えた。
 サナファーラが昔、されたように。
 仕事を果たせなかったとき、されたように。
 
 巫女達が、泥の中に突き落とされ、
 言葉で痛めつけられる悪夢が見えた。

 自信と自尊心を奪われ、髪を掴んで地面に引きずり倒されるミゼレィの幻が見えた。
 弱かった自分を優しく守ってくれた、巫女たちが、殴られ、踏まれ、辱められる悪夢が、白昼の光のなかに、蜃気楼になってゆらめいた。

 ダメだ。

 とっさに、サナファーラは、蜃気楼の悪夢に向かって手を伸ばしていた。
 黒い影と汗の霧の中で、炎天下にうごめく群衆に向かって叫んでいた。


「静まれ! 」


 サナファーラのかぶっていたショールが風に払われ、麦わら色の髪が、白い陽の光にさらされた。

 小麦色の肌が、太陽を照り返して輝いた。

 陽の光は、相変わらず強く降り注いでいた。
 その圧力に押さえつけられるように、すべての人々が静まっていた。
 立っているのは、サナファーラだけだった。

「神様は」

 サナファーラの声が、静かに場を満たした。

「私達と共にいるわ」

 サナファーラは、ミゼレィの口調をまねた。
 いつも一緒にいたせいで、思った以上に上手くできた。

 サナファーラは、日除けの長い着物の胸元をそっとひらいた。

 そこに、彼女は、彼女が部屋で育てていた『パイオニアの花』の鉢を抱えていた。

 先ほど水をやったばかりの花びらが、サナファーラの胸の影で輝いた。


「あたしは、ずっと巫女達を見てきた」


 一風変わったいきさつで巫女付となっていたサナファーラは、有名だった。誰もがその言葉にうなずいた。

「私達の生きる象徴『パイオニアの花』は、巫女たちが育てたもの」

 無言のまま、すべての人がうなずく。

「『パイオニアの花』を与えてくれたのは、誰?」

 ざわり、と風が動いた。
 サナファーラはうなずき、無言で天を指した。
 そこは、神のおわす場所。

「では、『パイオニアの花』に現れた異変、神様からのメッセージに最初に気づいたのは、誰?」

 サナファーラが、ミゼレィに視線を向けた。
 立って、と、サナファーラはミゼレィに視線で促す。

「最初に、神様からのしるしに気づいたのは、巫女のミゼレィよ。
 直接の伝言はなくても、花に表れたのは、神様の言葉。
 そのことに、ミゼレィが、真っ先に気づいた。
 
 ……巫女のミゼレィが、誰よりも早く」

 静かに、一歩サナファーラが、座り込んで見上げる群衆に向かって踏み出した。

「この花を見て。

 巫女廟の部屋で育てられていた花は、種もしおれていない。

 ということは。

 太陽の光が今、一時的に未熟な種にとって悪いことになっているという、この花を与えてくれた神様からの、これが、言葉よ。」

 いまや、すべての人々が、サナファーラの言葉に耳を、目を、すべての神経を注いでいた。

 サナファーラはひとつ息を吸う。

「落ち着いて。周りを、よく、見て。

 花を、木を、草を。
 風を、水を、土を。

 ……分かるはず。神様は、私たちを、見捨てたりはしていない」

 中天に達した太陽に、パイオニアたちの歓声が突きあがった。

「神様は! 」

「私達を! 」

「我らを見捨ててはいない! 」

 サナファーラは歓声に応えて叫んだ。


「そう、神様は私達にちゃんと伝えてくれる!
 ……私達が、神様をちゃんと見ている限り! 」


 広場の興奮は大変なものだった。

「巫女頭さま」
 サナファーラが、さっと巫女頭のそばにひざまずいてささやいた。
「全ての作物に、一時的に覆いをかけるように指示してください。
 陽の光が少しでも遮られれば、事態はある程度避けられるはず」

 巫女頭がすぐにうなずいて前に出た。
 指示は、すぐに集落中に浸透した。


「ミゼ」
 ミゼレィが、巫女頭の指示で散ってゆく群衆を見つめて立ち尽くしていた。
「ミゼル」
 サナファーラが、そっと、その肩に手を触れた。

 ミゼレィが。

 振り向きざまに、サナファーラの体にしがみついた。
 その肩が、かたかたと震えている。

「サナ……サナ……! 」

 サナファーラは、震えるミゼレィの背に腕を回し、数瞬の後、力いっぱい抱きしめた。

「ミゼ……! 」

 本当は、サナファーラは、怖かったのだ。

 うごめく群衆が怖かった。ミゼレィを助けられなかったら、という悪夢が、演説中も目の前をちらついていた。

「怖かった……怖かったよぅ……」

 声を上げて泣きじゃくり始めたのはサナファーラの方だった。

「サナ……? 」

 ミゼレィが不思議そうに顔を上げる。
 いつのまにか、サナファーラのほうが、ミゼレィにしがみついて泣いていた。

「もう、サナってば」

 ミゼレィが、サナファーラの、短い金色の髪を、手をのばして撫でる。
 こくこくとうなずくサナファーラを、ミゼレィが改めて抱き返した。

「ありがと」

        *          *

 そしてその夜、巫女たちと集落の長の会議で、重大な決定が下された。

 もし、太陽の異変ならば、連絡の取れなくなったほかの集落に、伝えなければならない。
 太陽の異変は、その星の異変。他の集落が気づかずに被害を受けることを、見過ごすわけにはいかない。

「今回の異変は、サナファーラが部屋で『パイオニアの花』を育てていなかったら、気づかなかったのです。パイオニアの花は外に植えるのが基本ですから、他の集落が気づかない可能性は高いです」

 どんな小さな情報でも共有し、助け合う。
 それが、ひとつの星に暮らすパイオニアたちの結束である。
 パイオニアたちにとって遠い昔、新天地へ旅立った仲間への、義理立てである。

「最寄のほかの集落まで、船で海流に乗ったとして、約十日です。丈夫な船を、早急に作らなくてはなりません」

 造船は、木材がいる。その加工は、昼間しかできない。
 夜、かがり火を焚いて行ってはという案もでたが、その火を焚くために、また木材が余分に必要になる。

 太陽の光が危険とされた今、船をつくる作業は命がけだ。

「やりましょう」

 集落の長と重役たち、巫女頭と、すべての巫女達がうなずいた。
 同席を許されたサナファーラにも、異存は無かった。

 この星に散らばる仲間のために。


 海へ。



……続く!

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

小説 『創世記』 9

発想元・歌詞引用:U-ta/ウタP様 『創世記』
 音楽 http://piapro.jp/content/mmzgcv7qti6yupue
 歌詞 http://piapro.jp/content/58ik6xlzzaj07euj

閲覧数:86

投稿日:2010/04/09 23:13:03

文字数:3,653文字

カテゴリ:小説

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