お兄ちゃんのマフラー

ささき蒼衣(そうえ)


『きょうは、マスターがお仕事で東京にお出かけしているので、ぼくはお兄ちゃんのおうちでおるすばんしています。
 お兄ちゃんは、ぼくたちボーカロイドの試作機だそうです。試作機って言うのは、ためしにつくられたという事で、ぼくたちとせいのうは同じはずなんだそうです。マスターはそう言っていました。
 でも、お兄ちゃんたちは(ぁ、ぼくのおうちの近くにはふたりお兄ちゃんが住んでいます)ぼくたちの誰よりもお歌がじょうずです。
 どうしてなのかこのあいだきいてみたら、「いっぱい歌を練習していっぱい歌ったからだよ」と笑ってくれました。
 ぼくも、はやくお兄ちゃんと同じくらいお歌がじょうずになりたいです。』

 隣のリビングダイニングから、高く爽やかな男の人の歌声が聞こえてきます。お昼寝をしていたちいさいKAITOは、うみゅ~、と目をこすりながらベッドの上に起き上がりました。
「…あ、お兄ちゃん、お歌のれんしゅうしてる。」
そのまま、しばらく歌をきいていると、一度歌い終わった「お兄ちゃん」―大きいKAITOは、また、同じ歌を歌い始めました。今度は女の人の声が一緒です。
「じょうずだなぁ、お兄ちゃん。」
多分、大きいKAITOは、歌が大好きなのでしょう。だって、歌っているときのKAITOは、いつだってとても楽しそうです。…彼のマスターと一緒に歌っているときは、特に。
「ぼくも、いっぱい、いっぱい、お歌のれんしゅうして、いっぱい、お歌おぼえて、そしたら、お兄ちゃんくらいお歌がじょうずになれるかなぁ…?」
 なれるといいな。だって、お兄ちゃんといっしょに歌いたいんだ。
 マスターは、「もっとうまく歌えるようになってからな」というのだけど。
 …また眠くなってきたちいさなKAITOは、ベッドの上に載っていた青い、マフラーを見つけると、ちいさいKAITOのものよりずっと大きなサイズのそれを、くるりと体に巻きつけました。
 お兄ちゃんのマフラーにくるまれていると、お兄ちゃんと一緒にいるときのようなきがします。すっごく、あったかくて、いい気持ちになるんです。
 ちいさいKAITOは、そのまま、また眠ってしまいました。

「…あれ?…ちびちゃん?」
 部屋のドアを開けた大きいKAITOのマスターは、ベッドの上の小さいKAITOを見るなり、くすくすと笑い出しました。
「…マスター、どうしたんです?」
 部屋に入ってきた大きいKAITOが、自分のマスターの指差す先を見て、目を瞬かせました。
「…俺のマフラー…」
「ちびちゃんの毛布がわりにはちょうどいいサイズじゃない?かわいいよねぇ…」
「…そうですね……やっぱり、月島さんがいなくてさみしいのか…練習に加えてやればよかったかな」
 苦笑した大きいKAITOは、ベッドの横までやってくると、かかみこんで小さいKAITOの頭をそっとなでてやりました。…と…
「……お兄ちゃん…」
 ぽつり、と、小さいKAITOの寝言が聞こえました。
 軽く、目を見張った大きいKAITOは、ふわり、と笑うと、やがて小さく歌い始めました。
 …高く、低く、とても優しい声が聞こえてきます。
 小さいKAITOが、ふわりと嬉しそうに笑いました。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

お兄ちゃんのマフラー

イラスト「お兄ちゃんのマフラー」テキスト版。某愛コラボ投稿作品でした。
閉鎖によりこちらに再投稿したします。

註:ボーカロイドが人間形態ロボットとして実用化されているくらいの未来設定です。商品版はちび型(幼児)、試作機が数体いて、これが青年型、と言う設定。
舞台は某工科大学の学生寮、職員寮。ちびKAITO,ちびMEIKO,ちびミクと、各10体ずつくらいいます。
ちびKAITOは、青年型の事を「お兄ちゃん」と呼んでいます。

文中に出てくる二人のマスターですが、大きいKAITOのマスターはロボット工学(主にロボットの心理カウンセリングやプログラミングを担当)の科学者、ちびKAITOのマスターはロボット工学の学生さん(こちらは主にボディ/ハードウェア担当)です。

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投稿日:2008/12/30 17:46:43

文字数:1,362文字

カテゴリ:小説

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